第21話 堆肥作成



 キャニックにあるフレミング家周辺を、怪しげな荷馬車が徘徊するようになった。屋根の付いていない荷台に大型の蓋付木桶が数個積まれている。荷台を引く馬の横にはカトリーナが歩いていた。馬も彼女も吐く息が盛大に白い。これまでに感じた事の無い、異常な寒さの中だった。彼女を見た領地の子供たちが、周りに集まって来る。

「姫様、何しているの」

「何を運んでいるの」

「何か匂わない?」


 極寒の空気の中でも子供は元気だ。それだけ同地における栄養状態が、良好であることを示している。これまでの赤髪の姫様の農業政策が貢献しているのは間違いない。なぜならアルバ以外の地方では、そろそろ食糧不足が囁かれているのだから……

 彼女は苦笑いをして、荷馬車に近づこうとした子供を止める。

「あまり近づくな。汚れるぞ」

「この桶の中は何が入っているの?」

「し尿だ」

「???」

「あー、人間の大小便。ウンチとオシッコの事だな」

「えー、汚いじゃん! コレ、どうするの?」

「堆肥の原料にする」


 堆肥の意味も分からないだろう子供たちは、全員で荷馬車を押し始めた。ちょっと驚いたような表情をするカトリーナ。

「汚れるぞ」

「良く分からないけど、これは大切な事なんでしょう? 姫様がやっているんだから、間違いないよ。手伝ってあげる!」

 奇妙な一行は、畑の真ん中にある大型の掘っ立て小屋に進んだ。中には大量の麦藁が積んであった。


「流石にここから先は、子供に手伝って貰う訳には行かない。そこで見ておけ」

 見れば小屋の中ではクリスが踏み固めた土間に、慣れた手つきで麦藁を敷き詰め始めている。良く見れば床には傾斜が付いており、その終点には深い穴が掘ってあった。

 麦藁が敷き終わると二人で木桶を運び、中身をぶちまけた。その上からさらに麦藁を引き詰める。さらに表の雪を集めてきて上に乗せた。これを何度か繰り返し、二人で藁のサンドイッチを踏み込んだ。

「本来であれば、水を混合した方が効率的だが現在、飲み水は貴重品だからな」

 流れる川も深い井戸も凍るほどの冷気。家畜や人の飲み水は、雪を溶かして利用していた。


「姫様、何を遊んでいるの?」

「遊んではいない。これは堆肥をし尿で作る実験だ」

 カトリーナは壁に掛かっていたフォークを、隣の麦藁の山に突き刺し表面を崩した。麦藁は柔らかく千切れ、黒く変色した内部から白い湯気が湧き出す。その様子を興味津々で覗き込む子供たち。


「うわっ、温かいし臭くないよ!」

「温かいのは微生物が増殖や、有機物分解の際に出す発酵熱だ。し尿の悪臭もゼロにはならないが、多少は軽減される。雪で水分を補ったから温度が低すぎて、初発の発酵速度が遅くなると思ったが問題無さそうだ。後二~三回切り返せば、完熟堆肥になるだろう」

「姫様。これは何に使うの?」

「これは植物の栄養だ。有機質を大量に含んでいるから、土壌改良剤としても効果を期待できる」

「???」

「まぁいい。良い堆肥は出来た。勝負はここからだ」


 カトリーナはクリスに微笑みかけた。

 


 小さな植木鉢を幾つも持った赤髪の新婦が、ジャガイモ官僚のもとを訪れたのは、それからすぐの事だった。

「カトリーナ様。この鉢は何ですかな?」

「同じ麦を播種した物だが、鉢の中の土が違う。農業の専門家に言うのも何だが、温室のような最低気温が高い場所で様子を見て貰えないだろうか?」

「鉢の色が二種類ありますが、土の種類は二種類なんですかね」

「そうだ。一区画に付き五鉢用意した。サンプル的には少ないかもしれないが、これで有意差は出ると思う」


 官僚は赤髪の新婦を宮廷の温室へ案内する。流石に城の中にある温室であり、採光も良く管理が行き届いている。何しろ外気の異常な寒さを、忘れるくらいの暖かさもあった。見た事も無いような豪華な花が咲き乱れている。

「ここなら申し分無いな。播種したのは一週間前だから、すぐに発芽するだろう」

「土の種類は、どう違うのですか?」

「こちらの赤い鉢は一般的な畑土。もう一つには、それに堆肥を混合している。」

「厩堆肥(家畜の糞尿と敷き藁を発酵させたもの)ですか?」

「いや、人間のし尿を使っている」

 それを聞いた瞬間に、官僚はジャガイモ顔を顰めた。


「それは…… 不衛生ではありませんか?」

「専門家である君も、そう思うか。一体、人は羊や馬と何が違うのかな」

「昔から人間のし尿を使うと作物が枯れたり、怪しげな疫病が大流行すると言われてますからねぇ」

「それは使い方だと思うが…… まぁその辺りは、これから説得する。君には鉢の管理と、生長記録を頼みたい」


 何やら言いたげなジャガイモ官僚を残し、カトリーナは風の様に温室を後にした。

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