第20話 食糧危機
王宮の大広間。現在は大規模会議室として使用されている。その室内は陰鬱な空気に包まれていた。官僚たちもそれぞれの職分の調整に、混乱をきたしている。
曰く
「戦火をアルバまで広げないようにしなければ」
「この異常気象で春先の農産物税収が見込めない。どう調整すれば良いか」
「難民のケアが難しすぎる。食糧も住居も手当の目途が付かない。アルバへの入国を防ぐ事はできないか」
どの問題一つ取っても大事である。食糧の備蓄は今のままで春まで持つが、冬小麦の収穫が出来なければ、そこで終わりだとの見通しであった。ジャガイモの等の救荒作物の手配も進めるが、どうにも難民の分まで食料の手配が追い付かない。
「食料の自給率を上げ様にも、我が国は農業立国じゃからな。余分な耕作地など、残っておらん」
国王は官僚たちの見解を聞きながら、ため息をついた。
クリスは商業ギルドへの船を用いた、農作物買付依頼を国王に提案する。更に国庫を開放し、資金を出すように提案してみた。それを聞いたグレアムは眉を顰める。
「食料の買付に関しては、早急に動いてみよう。しかしなぁ。国庫の解放じゃと? 商業ギルドに借金漬けの蔵に、どれほどの金が残っておろうかの」
更に借金を増やすのは、王家としては避けたい所である。しかし無力な難民を自国より追い立てるのも外聞が悪い。国としてどうバランスを取るか、難しい判断になりそうだった。
「国王に質問がある。クリスは現在、王位継承権五位なのだろう?」
いつの間にか普段の話し方になっているカトリーナ。まわりは若干引き気味であるが、グレアムは全く気にしていない。フォエフォエと笑って首を竦めた。
「そうなっておるの。それが不満か」
「そうではない。上席者である四名は、どうしてこの場に居ないのだ。国の一大事だろう?」
赤髪の美女の疑問を聞いて、官僚たちは居心地悪そうに身じろぎし、国王は苦笑を浮かべた。
「クリスより継承権の高い子供たちの取柄は、高貴な血筋と教養だけじゃ」
余りの言い様に、質問した本人のカトリーナがキョトンとした顔をする。その表情を見て、グレアムはニヤリと人の悪い笑いを浮かべた。
「有能な官僚に担がれる
官僚たちは目を逸らし、彼の方を見ようとしない。ワザとらしい咳払いも聞こえる。国王は笑顔を消し、冷えた声を出した。
「しかし今は非常時! 汚れ役も必要になるが、それは儂ら王族の仕事じゃ。 ……皆、励め!」
『ハッ!』
官僚たちは姿勢を正し、自らの持ち場に帰って行った。
「やはり食糧問題が一番、需要かと。十万人の難民といえば、我が国人口の十%に当たります。初めの難関は春の飢餓ですな。これを乗り越えらるかどうか」
カトリーナは食糧問題担当間の話を聞いていた。戦争や難民問題は自分にとって、担当外だ。それならば出来る範囲で力を出すしかない。ジャガイモのような顔をした、見ようによっては味のある風采の官僚は、デコボコな頭を抱える。
「冷害によって冬小麦が全滅と仮定した場合、春小麦の収穫は飢餓を避けられる最低ラインで、どの位必要になる?」
「……通常の三倍は欲しい所ですな。休耕地を全て麦畑にしても、間に合いませんが」
この時代の主たる穀物栽培方法を、三圃式農業と言った。耕作地を冬穀物(冬小麦・ライ麦など)→夏穀物(春小麦・大麦・エン麦など)→休閑(羊や牛などの放牧利用)のローテンションを組んで栽培する手法である。
この方法の良い所は連作障害(例外はあるが、同じ土地で同じ作物ばかりを育てると、作物がまともに育たなくなる)の回避や、養分補給(羊や牛の排泄物を分解したもの)が、計画的に行えることだ。
「つまり耕作地に入れる事の出来る養分が、この国の農地には徹底的に不足しているという事だな」
カトリーナは独り言ちた。作物栽培方法には無数の方法論があり、どれが絶対に正しいかを決める事は出来ない。これは農薬や化学肥料が普及している、現代農業においても言える事である。
有効な農薬や化学肥料が存在しないアルバでは、現代社会でいう有機農業の手法が、基本となるだろう。詳しい話をすると時空を歪める事になってしまうので割愛するが、農地に投入した養分(窒素・リン酸・カリウム)以上の収穫物は望めないという考え方がある。
つまり農産物の収量は、投入した養分に多分に左右されるのであった。
(作者注:ついてこれますか? ちょっとお話が細かくなり過ぎて、面白くないと思います。この辺りは読み飛ばして頂いて結構です。ちなみに重要な栄養素である窒素は、大気中に無限に存在しますが、植物が利用できる形になっていません。これを空中窒素固定細菌が~ アッ、時空に歪みが……)
「やる事は決まったな。候補地は王都であるエイディーン周辺と、キャニックになるか」
カトリーナはジャガイモ官僚から、細かい資料の写しを受け取ると大広間を後にした。
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