第19話 冬籠り



 ソーサーから戻り数日後。キャニックでも強い寒気が猛威を増して来た。


 海流の流れが変化したのであろうか? カトリーナ達が恐れていた通り、その年の寒さは厳しい物になった。イワンと別れ農場を視察していた二人は、麦畑で馬を留める。

「厳しいどころではないな。クリス、これを見ろ」

「あれ? 何だかいつもと様子が違うみたいだね」

 足元の冬小麦の苗は、茶色く萎びていた。青年が苗を土ごと掘り起こそうとするが、地面が固く凍てつき土に指が通らない。


「凍土が発生している。これでは通常の植物は、この冬を乗り切る事が出来ない。今から対策が必要だ」

「対策って…… 凍土を溶かす事は出来ないよね?」

「魔法でどうにか出来るなら、とっくにイワンが何かしているだろう。冷害が起きていない地域から、早めに穀物を買い取る事が必要だ」

「アルバより南部だと、隣国のブリテン大王国だけど、兵糧が必要だから農産物は売ってくれないんじゃないかな。通常だって、アルバから農産物を買っているんだから」

 クリスは肩を竦める。すでにブリテン大王国からは、追加の農産物購入の打診が来ているらしい。


「陸路での農産物移送は難しい。海路ではどうだろう?」

「国として持っている大型船舶は、数が少ないんだよね。商業ギルドなどに依頼するしかないかな」

「そちらの方面は、ダイアナに打診してみよう。イワンは何をしているんだ?」

「王都で野暮用を片付けると言っていた。彼も忙しいんだよ」

 例年なら雪が降った段階で冬籠りとなり、暖かい暖炉の前でゆっくり寛げた筈なのにね。と青年はため息をつく。白い吐息が辺りに広がった


「この状況を魔法でどうにか出来ないか、彼の意見を聞きたい所だな」

 余りの寒さに空を飛ぶ鳥も落ちてしまう。周りを見渡したが、青い小鳥は居ない様である。あぁ、それならとクリスは肩掛けカバンから、護符のような紙切れを取り出した。辺りをキョロキョロと見渡し、農作業道具を置く小屋に向かって歩き出した。

「これでいいかな?」

 換気の為に設置されている小さな小窓に護符を張り付け、カバンから小さな鈴を取り出し軽く振った。


 リリーン。


 凍てつく空気の中で、高音の透き通った鈴の音が鳴る。青年の行動を興味津々で眺めているカトリーナ。しばらくすると護符を貼った、小窓がガタガタと動き出した。

「クリス様、お呼びで御座いますか?」

 小窓からローブ姿の魔術師が、頭だけを出して微笑んでいた。


 慌てて小屋の中に入り、小窓の裏側を覗き込む赤髪の美女。室内から見る小窓には、曇り空が映っているだけで小屋の中には人の気配も無い。

「小屋の中に隠れているのかと思った。お前は本当に魔法使いなのだな」

「何をおっしゃいますやら、カトリーナ様。私は王室魔術師兼、クリス様の……」

「あぁ、分かった分かった。忙しい所を済まない。これを見てくれ」

 彼女は凍った土と変色した小麦の苗を、イワンに見せた。

「流石の私も死んだ植物を、生き返らせる事は出来ませんぞ」

「……そうか。魔法で凍土を溶かす事は出来るか?」

「一部の地域を何人かの術師を掛かりきりにすれば何とか。でもその時だけですよ。術を停めれば、溶けた土壌はまた凍り始めます」


「絶妙に役に立たないな。凍土が発生して、あらゆる植物が枯死し始めている。お前が何か出来る事はあるか?」

 赤髪の美女のあんまりな言い草に、傷付いたような表情を浮かべるローブの魔術師。

「急に、そんな事を言われましても…… あぁ、クリス様。丁度良かった。一度エイディーンにお戻りください。国王陛下が御呼びです」

 ヘラヘラ笑う魔術師は、頭を引っ込めると自分で小窓をパタンと閉めた。


「まるで『ど〇でもドア』だな。どういう理屈なのだろう?」

「僕は使い方を教えて貰っただけだから、魔法の理屈は分からないんだ。それより『どこ〇もドア』って何?」

 細かい事は気にするなとカトリーナ。クリスは肩を竦める。

「父上が御呼びだという事だから、エイディーンに戻ろうか」

 二人は寄り添って、馬を進めた。



「おぉ、クリス。戻ったか!」

 王宮に着くと、グレアム国王は複数の官僚に囲まれていた。国王を含め、全員困惑の表情を浮かべている。

「ブリテン大王国とカムリ公国が、戦争状態になっているのは知っておるの」

「はい。先日の婚前パーティの際に、噂だけは」

「この所の異常な寒波と相まって、多数の難民が発生したとの報告じゃ。そして、その難民たちが向かっている先が」

 国王はヤレヤレと肩を竦める。



「我がアルバであるらしい。戦火を逃れているのじゃろうが、十万人規模になるようじゃ」


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