第16話 婚約破棄
「では父上。改めてご紹介させて頂きます。彼女はカトリーナ・フランシス。昨日私が求婚し、受け入れてくれた花嫁です」
「?」
ポカンとする国王。どうやらイワンは二人の詳細を、王宮に隠していたようだ。それをあまりにもストレートに報告するものだから、ローブの魔術師もアタフタとしている。
そこに赤髪の美女が足を進めた。さっと腰を落とし、頭を下げる。
「国王陛下、初めてお目に掛かります。キャニック領主の娘、カトリーナと申します」
立ち姿の礼法に適った挨拶を、彼女は完璧に施した。それを見て更に驚愕するイワン。
「そんな器用な事が出来るなら、初めからすれば良いでしょうのに……」
「今まで使う必要を認めなかっただけだ。挨拶は済んだ。引き上げるとするか」
「嫌々、そういう訳には!」
カトリーナをジロジロと見たグレアムは、好色そうな表情でニタリと笑った。
「流石に儂の息子じゃ、女の好みが儂に良う似とる。良い嫁を貰ったなぁ」
「ち、父上、認めて下さるのですか!」
「そりゃあ、そうじゃ。この年まで女の一人も出来ないから、お前はそういう身体なのかと心配しとったくらいじゃからの」
「あ、ありがとうございます。これからも王国の為に、精一杯務めさせていただきます」
フォエフォエと笑う国王。軽く手を振って、クリスの頭を上げさせる。
「さて、王国への務めの方じゃがな、マクレガー家との婚姻は何時にする?」
「へ?」
今までの話を聞いていたのだろうか? 呆然とする王族の青年。
「そちらのお嬢さんには悪いが、お前の正妃はダイアナ嬢に決まりじゃからな。カトリーナとやら、お前さんは妾になれ。ヤレヤレ、これで王室の経営状況も一段落じゃて」
『ちょっと!』
三人の突っ込みが綺麗に揃った。キョトンとするグレアム。
「何か変な事を言ったかの? 王族の男が複数名の女を囲うのは、常識じゃろ。かく言う儂は十九人の女を……」
「閣下!」
「フォエ? 何じゃイワン」
「……正副合わせて二十一名にございます」
「おぉ、そうじゃったかの。ウッカリしておったわい。王族の男が二人や三人の女を囲えんでどうする」
ヘラヘラ笑いながら国王は椅子に攀じ登り、テーブルの紅茶を飲み始めた。ここが正念場と気合を入れ直すクリス。息を整えて、再度口火を切った。
「微力な私には、二人の女性を同時に護る事が出来ません。私は一生を掛けて、カトリーナを護りたいと考えます。ご命令に反している事は重々承知しております。王位継承権から外れても構いません。どうか彼女との婚姻をお許し下さい」
グシッ!
グレアムの手の中で、硬質な陶器で出来た茶器が握り潰された。皴々の外見と異なり、凄い握力である。若い頃から今現在まで続く権力闘争に、勝ち残り続けるには愛嬌だけでなく、相応の腕力も必要だったに違いない。
ヘラヘラ笑っていた表情のまま、クリスを見つめる目だけが笑っていなかった。
「お前の意思なぞ関係無い。愁傷に戻ってきたと思えば、戯言を!」
テーブルから身を乗り出し、王族の青年の首を掴もうと手を伸ばす。その手を払いのけようとカトリーナが一歩前に足を進めた時、ドアがノックされた。
「会議の最中に失礼いたします。火急の手紙をお持ちいたしました!」
王宮の官僚が商業ギルドの蜜蠟封を施した、封筒を会議室に持ち込んだ。宛名はスチュアート国王とある。笑顔を絶やすことなく手紙を受け取るグレアム。しかしその目はクリスから、一時も離れない。
砕けた茶器の破片を器用に片手で使い、ペーパーナイフの代わりに封を開けた。視線で青年に動くなよと指示して、手紙に目を通す。
「この手紙は誰が持って来たのかの?」
「マクレガー家の馬車が王宮に乗り込んできまして」
「フォエフォエ」
国王は苦笑いすると、手紙をテーブルに投げ出した。クリスが受け取り、内容を読み上げる。
( 書面にて早急に失礼。正式な契約書などは後にして、用件のみをお伝えさせて頂きます。この度のクリス氏と我が娘ダイアナの婚約は、当方の事情により解消させて頂きたい。これまでの手間賃および迷惑料として、婚姻後に計画されていた融資の案件は継続させて頂ければ幸いと考えます。 商業ギルド長 ジミー・マクレガー拝 )
それを聞いた瞬間に、カトリーナは会議室を飛び出した。近くを歩いていた官僚に掴みかかる。
「マクレガー家の馬車は何処だ!」
「西門の脇に停まっていました。今いるかどうかは、ちょっと……」
「すまないが、西門へ案内を頼む!」
「あっ、あ。そっちじゃない。反対です……」
赤髪の新婦に胸倉を掴まれた官僚は、手に持っていた書類をまき散らしながら、彼女に引きずられて行くのだった。
昇ったばかりの月明かりに、豪華な馬車が照らされていた。石畳にアップテンポの足音が響き渡る。足音は馬車の前で止まった。馬車の周りには
カトリーナは馬車のドアをノックし、扉を開ける。中ではいつも通り、豪華な美しさを誇るダイアナが一人で座っていた。赤髪の新婦を見て、一つため息を付く。
「ちぇ、クリスじゃなくて貴方か…… 望み薄とは思っていたけど、はっきり分かるとショックね。どうぞお入りなさいな」
豪華な椅子を勧められ、カトリーナは無言で中に入った。しばらくして深々と頭を下げる。
「……すまなかった」
「これは政略結婚なんだから、他に良い条件の話があれば、そちらに移るだけよ。貴方に謝られる筋合いはないわ」
下げていた頭を上げ、ダイアナの顔を見た赤髪の新婦は、再度深く頭を下げた。
「……すまなかった」
豪華な美女は勝気な表情で胸を反らして、カトリーナを睨みつけている。その眼元からは、ボロボロと涙が溢れていた。
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