第15話 王族子女の教育係退任



『ク、ク、クリス様! 王宮の財政事情は、お分かりですよね! ダイアナ様との婚約と同時に、借財のかなりの部分が軽減されるとの約定が……』

「すまない。皆に迷惑をかける」

『あのアクの強い商業ギルド長に、何と申し開きされるつもりですか?』

 王族の青年は小首を傾げて、しばらく考え口を開く。

「正直に本当の事を話す。下手に嘘を付いたら、王室と商業ギルドの間がおかしくなる」

『とっくに、おかしくなってますよ! ピー!!!』


 青い小鳥はカトリーナに両手で、と握り締められていた。興味津々の表情を浮かべ、小鳥の身体を弄くり回している。

「この鳥、凄いな。どういう理屈で動いているんだ?」

『駄目! ちょっとソコを触ったら…… アッアッ、ピー!』


 ポウン!


 小さな白い煙が小鳥から上がった。青い小鳥は目をパチクリとして、キョトンとしている。ピーピー鳴くばかりで、もう人語を話さない。

「何だ、これ? 壊れたのか」

「憑依の魔法が切れたみたいだね。しかし王宮に、僕の居場所が知れてしまった。一度、急いで戻らなければならない」

「良し分かった。家の馬を二頭出そう。今から出れば日暮れ前には、エイディーンに着くだろう」


 カトリーナは窓を開けて、小鳥を外に逃がした。クリスは小首を傾げる。

「僕が乗って来た馬は休ませる必要があるから、ありがたくお借りするよ。でも二頭って、替え馬が必要な距離じゃないよね」

「一頭には私が乗るんだ。夫婦は、どんな時でも一心同体。そうだろう? ハネムーンがエイディーン王宮とは、キャニックでは大人気の場所だしな」

 赤髪の新婦はニヤリと笑った。



 すぐさま準備を整えた二人だったが、出発には少しゴタゴタが発生した。スコットとケイティも王宮へ行くと言い出したからだ。

「クリスちゃんをフレミング家へ迎えるのでしょう? 先方にもご挨拶しなくちゃ」

「まだ前途多難で和やかに、挨拶できるような状態ではない。そういう形になったら、二人を呼ぶから、家で待っていてくれ」

 母親の言葉に肩を竦める赤髪の新婦。


「そんな厄介な場所に二人だけで、行かせるのは心許ない。私なら盾の代わりになると思うが?」

 赤髪の新婦に父親が、分厚い二の腕を見せつける。本当に丸太のような腕で、盾として十分頼りがいがありそうだ。

「父上が出てくると、正式なフレミング家の意思表示になってしまう。私一人なら後で何とでもいい訳が立つから。じゃあ、行ってくる」

 カトリーナは言い募る両親を置いて、クリスと共に王宮へ向かった。移動は順調に進み、見込み通りに日暮れ前に王宮へ到着する。王宮の正門の前に、ローブ姿の魔術師が待ち構えていた。


 彼と共に二人は王城へ入るが、官僚や宮廷人は誰も近づいてこない。これから起こるであろう大ごとに、巻き込まれない為の用心なのだろう。王族の青年は肩を竦めた。

「僕は今まで、結構チヤホヤされていたんだな。誰も挨拶どころか、視線を合わそうともしない」

「本当に付き合える人物を見分ける、良い機会じゃないか。少なくともイワンはお前を出迎えたぞ」

 カトリーナの言葉に、それもそうかと頷くクリス。その時、ローブの魔術師が足を止め、慇懃に頭を下げる。


「その件でございますが私め、イワン。王室魔術師であり王族子女の教育係の肩書きの内、教育係のお役目をおいとまさせて頂きます」

 王族の青年は唇を噛みしめて、ため息を付く。下がりそうになる視線を無理やり上げると、何とか笑顔を振り絞った。

「巻き添えを喰わないうちに、君も僕達から離れた方がいい。今で本当に世話になった」

 イワンは頭を上げると、ニコリと微笑む。それからピエロのように、大袈裟な一礼をした。

「これから私は王室魔術師兼、クリス様の懐刀兼、参謀としてお仕えさせて頂きます」

 私は結婚した事がありませんので、その方面の教育はできませんからと、ローブの魔術師は呟く。呆然とする王族の青年。イワンは肩を竦める。


「しかし城を一人で出られるとは、私の事を信頼されていなかったのですかねぇ。傷ついてしまいますなぁ」

 慌てたクリスは両手を胸の前に、揃えて細かく振った。

「僕は王命に背いた男だ。どんな処遇になるかも分からない僕の為に、君を引き込む訳には行かなかった」

「見損なって頂いては困ります。私は貴方様の懐刀ですぞ。クリス様がどの位、カトリーナ様を大事に思われていたか、分からない私ではありませんし」


 じゃれ合う二人を見て、目を細める赤髪の新婦。本当に信頼できる人間がいる人生というのは、素晴らしい物なのだなと感じていた。王族ともなれば庶民や地方の下級貴族などとは異なり、交際範囲が桁違いに広がる。

 信頼できない人間とも、それなりに付き合って行かなければならない人生は、ストレスが多そうだ。と、カトリーナは考える。

「まぁ、そんな心配は必要ないか」


 賑やかな三人組は、王城の最深部へと足を進めた。



 通された部屋は、四方に窓の無い閉塞感の強い部屋だった。壁も厚く盗聴除けの、魔力を込めた護符などが埋め込まれているらしい。機密保持が必要な際に使用される会議室であるとの事である。重厚な会議机と複数の椅子が用意されているだけの、殺風景な部屋だった。

「おぉ、クリス! 戻ってくれたのか」

 何か萎びた猿のような老人が、会議室の扉を開けた瞬間にクリスに飛びついて来た。後から入ってきた、カトリーナを不思議そうな目で見つめている。


「おぉ、可愛えぇ小娘じゃ。儂の妾候補か何かかな?」

「いいえ、違います。スチュアート国王」

 クリスは小男を身体から引き剥がし、そっと床に降ろした。男はギョロリとした目を瞬かせて、歯並びの悪い口元を突き出した。


「プライベートな時くらい、父さんとか、父上と呼んでくれんかな」


 この六十代を超えていそうな、小男こそグレアム・スチュアート。アルバ王国の現国王、その人なのであった。


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