第14話 両親への挨拶
チュンチュン
と、鳴く雀の声を背に、足音を忍ばせて屋敷の門を潜るカトリーナ。
「あちゃー」
玄関を覗いた所で頭を抱えた。入り口には赤髪の大男が、両腕を組んで仁王立ちしていたのである。
スコットの目は寝不足気味なのか、疲労の為か充血している。更に普段はしない貧乏ゆすりが、彼の苛立ちを表していた。父親の様子を観察して彼女は、しらばっくれて何事もなく、家族で朝食を摂る想定を諦める。
「父上、おはよう」
ギロンという音と共に、視線を娘へ向けるスコット。無事で帰宅した娘を見て、ホッとしたのか表情を和らげる。
「年頃の娘が連絡もなく一晩、家を空けるのは如何なものかな?」
「すまない、緊急事態だったんだ」
「王領代官のバカ息子にでも
「あぁ、それなんだが……」
カトリーナが言い淀んでいるうちに、馬を牽いたクリスが玄関にやってきた。それを見てキョトンとする父親。出会い頭に彼を見て、一瞬驚く青年。しかし一度首を振るとクリスは深々と頭を下げ、腹の底から気合の入った声を出した。
「ご挨拶が遅れました! 本日はカトリーナとの結婚の、お許しを頂きに参りました。私は王命に背き、後ろ盾を無くした男です。それでも全力を持って、お嬢さんを幸せにします!」
呆然とするスコット。暫くして自分を取り戻したように娘へ、ニヤリと笑いかける。
「何だ、本当に拐かされたのか」
「……まぁ、そんな所だ」
「詳しい話は、中で朝食を食べながら聞こう。お二人とも、さぁどうぞ。私はケイティに一人分、料理を増やすように頼んでくるよ」
肩を竦めて厨房へ向かう父親。途中両手で顔をゴシゴシと拭いていたのは、幸せな二人の視覚には入らなかったようだ。
「王命に背いたって、そういう訳だったのね」
ケイティは、ホゥとため息を付いた。彼女の手には特製のフル・スコティッシュ・ブレックファストの追加大皿が乗せられている。本日の煮豆料理には、件の乾燥ワラビを水戻しした物が混ぜてあり、非常に味わい深いと好評だった。
「
ウットリとする妻を横目に、スコットは顔を顰める。
「それで済むのか? 王位継承レースから脱落したのは良いとして、別なペナルティが付いたりしたら、フレミング家としては目も当てられないな」
「大丈夫だ、問題ない」
カトリーナは香辛料の効いたブラック・プティングを、嚙み千切りながら答える。父親は眉を上げて娘を見た。
「何か保証でもあるのかね?」
「問題があれば、私たちが全力で解決すれば良いだけだ。彼はもう、私たちの家族なのだからな」
あまりに淡々と答える赤髪の新婦。当事者であるクリスでさえ、ポカンと口を開けて返答することができなかった。
「アラアラ。 ……本当よねぇ」
両手を上げて驚いたようなポーズをとる母親。父親は凄みのある苦笑いを浮かべた。
「全くその通りだ。婿殿、これから宜しく頼むぞ」
その言葉を聞くとクリスは下を向き、歯を喰いしばる。そして暫く顔を上げる事が出来なかった。
様々な情報が交錯し、水分過多の朝食が終わる。二人は客間のリビングで、今後の流れについて検討を始めていた。
「恐らく以前に僕が住んでいたソーサーは、引き続き僕の領土としては認められないだろう」
「別にキャニックに住むのだから、飛び地の管理を考えなくても良いだろう。それよりは商業ギルドから王宮に向けて、どんなペナルティーが出てくるかが問題だ」
「それについては……」
チチチッ
中庭の窓でも空いていたのであろうか、何処からともなく青い小鳥が客間に入り込んできた。しばらく部屋の中を飛び回ると、クリスが座るソファーの背にフワリと留まった。
『やれやれ、やっと見つけましたよ』
小鳥の声に凍り付くカトリーナ。金髪の青年の方は慣れた表情だった。
「イワン、随分早いね」
『何を呑気な事を。クリス様が急に姿を消して、王宮は上から下まで大騒ぎですよ』
赤髪の美女は周りを見渡し間違いなく、小鳥が人語を発している事を確認する。
「……驚いた。初めて魔法使いらしいところを見た」
『カトリーナ様、何というお言葉を! 仮にも私はアルバ王室御用達の魔術師であり、クリス様の教育係ですぞ』
「イワン、君に報告をしなければならない事があるんだ」
クリスは小鳥に対して、深々と頭を下げた。
「僕はダイアナと婚約しない。ここにいるカトリーナと結婚したんだ」
ピィー!!!
余りの驚きからだろうか。青い小鳥は甲高い鳴き声を上げて、凄いスピードで客間を飛び回る。そのうち窓に掛かっているカーテンに、羽を引っかけて敢え無く墜落した。
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