第12話 ダイアナ再登場



 農家の孫娘の来訪から暫くして、カトリーナは復調を果たした。愛馬に跨り春小麦の収穫状況を確認する。その傍ら、領地の工房に入り浸るようになった。オークのような頑丈な身体付きの職人の肩に、赤髪の美女は手を置いた。

 彼女は提出されたノコギリ状の金属板を受け取ると、持ってきた同じような金属板を職人に渡す。職人はため息を付いて、板を受け取った。


「歯の間隔が重要なんだ。悪いがもう一度試作して貰えないか?」

「そりゃ、工賃貰ってるんすから、何度でもやりますけどね。この試作品と前回の奴の差なんて、ほとんど無いんじゃないすかね」

「ミリ単位の調整が必要なんだ。手間だとは思うが宜しく頼む」

 カトリーナは深々と頭を下げた。職人は慌てて手を振る。

「チョット姫さん、止めて下さいよ。大体、このヘンテコな板だって、農民の為の試作品なんでしょう? どうして姫さんが自腹で作るんすか」


 職人の問いには答えず、真剣な表情で依頼を繰り返すカトリーナ。

「一番初めに披露する時が、一番大切なんだ。そこで良い結果を見せれば、皆が納得して使ってくれる。始めに失敗すると、誰も興味を持ってくれなくなる。その為にも完成度の高い板が必要なんだ」

「……分かりました。ほとんど同じ形ですから、新しい板は明日までに仕上げておくっす」

「頼んだ。私は、この板を試して来る」

 新しい試作板を手に取ると、赤髪の美女は愛馬に跨り、風の様に姿を消した。



 春小麦の収穫は順調に進んでいる。初めに刈り取った麦穂は束にされ、添え木に掛けられて乾燥させられていた。その束を一つ手に取ると、試作品の金属板を取り付けた台座に乗せ、手前にグイッと引いた。


 ザラザラザラ……


 束から麦粒だけが下に落ちた。麦藁の具合を見て、カトリーナは頷く。

「ほぼ完成だな。早速、お披露目と行くか」

 農家の軒先にいた赤髪の美女は孫娘に声を掛け、付近の農民を集めて貰った。興味深げに集まった彼らは、台座に取り付けられたノコギリ状の金属を見て首を傾げている。

「忙しい所を済まない。そろそろ麦の脱穀の時期になる。新しい脱穀方法を見て欲しい」

 そう言って、先ほどと同じ作業を繰り返す。それを見た農民たちは感嘆の声を上げた。麦藁をまじまじと見つめて、ため息を付いた。


「これは驚いた。ほとんど完全に麦粒が取れている。脱穀板トリビュラムでやるより効率が良さそうだ」

 この時代、麦の脱穀は重労働だった。乾いた麦束を地面に並べて、その上に巨大で重量のある脱穀板を乗せ、牛や馬に牽かせて擂り潰していた。こうすることで粒と藁を分離していたのだが、何しろ効率が悪い。粉々になった麦藁や、地面に落ちている小石などが混ざり込んでしまう。こうなると麦粒と分離するのに、幾つもの余計な工程が入る事になり、手間がかかり過ぎるのだ。


「台座の周りに大きな布を引いておけば、麦粒が地面に触れることも無い。土が付いて汚れる事も無くなるから、衛生的でもある」

 その後は農民が取っかえ引っかえ、新しい脱穀を試すため大賑わいとなった。

「姫様、これは使えます。牛や馬を使う必要が無いのも素晴らしい。この脱穀器の名前は何ですか?」

「あぁ、これは……」


 カタリーナが口を開いた、その時、農家の庭先に豪勢な馬車が横付けされる。

「ここに居ましたのね。散々探しましたわ!」

 馬車からゴージャスな金髪の美少女が現れた。本日も華美では無いが、金のかかっていそうな衣服を見事に着こなしている。

「ダイアナだったか。何をしに来たんだ」

「ちょっと貴方とお話が…… その人だかりは何ですの?」

「新しい脱穀器の試運転だ」


 商業ギルドの御令嬢だけあって、ダイアナは新しい道具に興味津々だ。勧められる前から、藁束を手にして脱穀の具合を試し始める。その性能に頻りと感心していた。

「ちょっと、これ売れるわよ! なんていう名前なの」

「元の世界では千歯せんばと呼んでいたな」

「元の世界って何よ? この千歯、ウチと販売契約を結ばない? って、それ所じゃなかった」

 金髪の美少女は辺りをキョロキョロと見渡し、人気が多すぎる事が気になるようだった。カタリーナの手を取ると、馬車の中へ彼女を押し込んだ。外装に引けを取らない、豪華な内装。フレミング家の馬車とは掛けている金額が、明らかに異なる。


「一体どうしたというんだ?」

「貴方、クリスの居場所を知らない?」

 キョトンとした表情を浮かべる、赤髪の美女。金髪の美少女の視線は、カトリーナの表情を読み取り嘘を見抜こうと爛々と輝いていた。

「残念だがクリスは、ここ数年キャニックを訪れていない。先日会ったのが、本当に久しぶりだった」

「これまで長い間、貴方達は逢瀬を重ねていたのでしょう? 何があったかとか、考えなかった?」

 赤髪の美女は小さく首を振った。


「逢瀬などトンデモない。これまで家に来たのも、アルバ領内の視察の一環だろう? 本人も、そう言っていたぞ」

 その言葉を聞いて、ダイアナは深いため息をついた。

「良い事。私はここに来るまでに、貴方の事を徹底的に調べ上げたの。その調査結果が今、分かった。立場は違うけど、クリスに同情してしまうわよ」

「何を言っているんだ。君は彼の婚約者なんだろう?」

 金髪の美少女は舌打ちをして、カトリーナを睨みつけた。



「クリスは王宮から逃げ出したの。私との正式な婚約が固まる前日にね」


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