第10話 久しぶりの邂逅



 王室御用達の魔術師でありクリスの教育係を自称している、イワンがヒョッコリと現れた。彼を見た調停係が慌てて立ち上がるが、鷹揚に手を振ってそれをいなす。

「カトリーナ様、裁判所に何の御用で?」

「穀潰しに因縁を付けられて、往生している」

 バカ息子は何か言い返そうとするが、スコットに睨みつけられ口を閉じた。

「おかしいですねぇ。この調停役さんは、かなり有能な方なんですけど」

「訴えが馬鹿馬鹿しすぎて、調子が出ないのだろう」


 ふむ、と腕を組むイワン。しばらくすると廊下が騒がしくなってきた。ドタドタと足音が近づいてくると、乱暴に扉が開かれる。そこにはバカ息子が年を取ったら、そのような外見になるだろう、初老の男が息を切らせて立っていた。

「調停の時間に遅れてしまい申し訳ありません。このバカ息子が嘘の時間を教えたもので……

 自分一人で、どうにかなると考え違いをしておるんです」

 王領代官の見た目は若者そっくりだが、中身は違うようだ。流石に厳しい選抜試験を潜り抜けた能吏なのだろう。


「親父は関係ない。俺一人でどうにでもできる」

 バカ息子はむくれて横を向いた。それを見て、代官は溜息をつく。年を取ってから出来た、待望の子供だったので甘やかせ放題にしたのが祟ったらしい。

「とにかく、俺は謝罪と賠償を要求する」

 息子の言葉を聞いて、彼は頭を抱えた。その時、再度、会議室の扉が開かれた。


「カトリーナが、エイディーンに来ているんだって?」

 今度はクリスが顔を出した。それを見た調停係と代官はその場で直立し、深々と礼を施した。二人の恭しい礼を見て、呆然とするバカ息子。

「こいつ誰だ?」

「お前…… 王領代官の息子のクセに、王族のクリスを知らないのか」

 溜息交じりの赤髪の美女の言葉を聞き、若者は踏ん反り返って座っていた椅子ごと後ろに倒れた。



「何だ。完全な言いがかりじゃ無いか! 今から戻って追加で罰を与えてこようか」


 裁判所を出て歩いて王宮へ向かう道すがら、カトリーナの説明を聞いたクリスはプリプリと腹を立てていた。赤髪の美女は苦笑を浮かべる。

「いや、お前が顔を出してくれて助かった。普通に決着を着けただけなら、あのバカ息子、また絡んで来そうだったからな。奴の強気の根拠は、王領代官の息子であると言うだけのことだ。今後問題があれば、王族であるお前が出て来ると脅せたのが大きい」


 それに。と、赤髪の美女は意地の悪い微笑みを浮かべた。


「あのバカ息子に、農家を馬鹿にしたことを謝罪させたのは痛快だった」

 王族でも最近、勢力を伸ばして来たクリスとである。と、重々しくイワンに説明された時の若者の表情は今、思い出すだけで胸がすく。

「そういえば、しばらくキャニックをお見限りだったな。ウチの領地は、もう飽きたか?」

「飽きるなんてとんでも無い。王位継承順位が上がるたびに、雑用やこなさなければならない義務が増えていくんだ」

 早くケイティーさんの手料理が食べたいと、クリスは肩を竦める。


「そうなんですよ。クリス様は王位継承順位を着々と上げておられます。教育係としても鼻が高いです」

 王室御用達の魔術師は胸を張る。恐らく彼の力も十二分に、使われているに違いない。

「今、継承順位は何位なんだ?」

「現在六位ですが、来月には五位に上がる目算です」

「それは凄いな。ゴールも直近だ」

 カトリーナの感嘆に、クリスは肩を竦める。

「何処をゴールに設定するかだけど、僕にとっては十分満足できる位置にあると思う。そこで君に相談なんだけど。今日逢えて本当に良かった」


 いつになく迫力のある金髪の青年。王宮から裁判所に続く大通りから、路地裏へグイッと赤髪の美女を引き込む。イワンはさり気なく姿を消していた。表通りで見張り役でもしているのだろう。

「もう少し僕の立場が安定したら、伝えようと準備していたんだ。でも王領代官のバカ息子にまで、目をつけられていたら話は別だ」

「お、おう。どうした。様子がおかしいぞ」

「カトリーナ。僕は……」


「あぁ…… ダイアナ様。その先に行かれてはいけません!」

 ローブの魔術師の声が響く。

「何よ、イワン。腰巾着の貴方がいるって事は、クリスも近くにいるのでしょう?」

 路地裏に金髪の美少女が足を踏み入れた。緑色の瞳に勝気な表情。シンプルながら高価な服を、さり気なく着こなしている。歳の頃は十五、六であろうか。

「あら珍しい。クリスが私以外の女と二人きりになっているなんて」

「ダイアナ。こんな所に一人で来たのかい? マクレガー家のご令嬢が一人歩きとは、少し不用心だと思うけど……」

「表通りを馬車で移動していたら、イワンを見つけたのよ。不用心だと思うなら、私を送って行きなさい」


 カトリーナには一瞥もくれずに、身を翻す金髪の美女。呆然とする二人を尻目に、表通りへと歩き始める。誰も付いてこないと分かると、振り返って顔を顰める。

「本当にもう! を一人で歩かせるなんて、マナーがなってないわよ」


『婚約者!』


 クリスとカトリーナのユニゾン。気持ちクリスの音程の方が高かったのは、何か意味があるのであろうか? 驚いた二人の顔を見て、ダイアナはチシャ猫の様にニタリと笑った。

「王宮に帰ったら分かるわよ。もう発表されているんじゃないかしら」

「い、一体何が発表されるんだ!」

「帰ってからのお楽しみね。あぁ、イワン、お見送りは結構よ。うちの馬車は、すぐそこだから」


 それだけ言うと、金髪の美女は風の様に路地裏から姿を消した。 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る