第7話 ブラッケンの御礼



「淡白な味わいの野菜だったから、ベーコンとガーリックで炒めてみたの」


 ケイティが運んできた白い大皿には、調理されたワラビが乗せられていた。食卓に置くと、三人をニコニコと見つめている。ワラビ本体の味見をしたカトリーナとクリスは、躊躇いなく料理を口にした。

「母上、悪くない。これなら初めて食べる者にも、問題無く受け入れられるだろう」

「ケイティさんは料理上手ですよね。カトリーナが羨ましいです」

「アラアラ、そんなに褒められてどうしましょう?」


 彼ら三人の視線が、部屋の隅で固まっているイワンに集中した。視線に気がづいた彼はキョロキョロと辺りを見渡し、逃げ場が無い事を確認する。ヘラヘラ笑ってやり過ごそうとするが、彼らの視線は全く動かない。

 ため息を付いて、大皿に手を伸ばす。

「王室魔術師であり王族子女の教育係である私が、ブラッケンで食中毒など起こしたら、良い笑い物ですよ」

「何、気にすることは無い」

「おや、カトリーナ様。私がブラッケンを食べなくても良い、何か言い訳でも?」

 赤髪の少女は、金髪の少年の方に首を倒した。

「王族子女様は試食済みだ。本来ならお前が先に食べなければ、いけない立場だろう」


「グヌヌ、仰る通りで。クリス様が食中毒を起こして、私が無事では立つ瀬がありません」

 イワンは目を瞑って、ワラビを口に放り込んだ。しばらくモグモグと咀嚼する。呑み込んで目をパチクリさせると、再度大皿に手を伸ばした。

「驚いた。悪くない…… いや失礼、美味しいです。エールや火酒ウィスキーにも合いそうだ」


 ケイティはニッコリと微笑むと、近くの湖で取れた鱒のフィッシュアンドチップスや、ショートブレッドビスケットパン、スコッチ・ブロス(大麦、人参、玉ねぎ、グリーンピースやジャガイモの入ったコンソメ味のスープ)をキッチンから運んでくる。

「時間が中途半端ですけど、お二人共お食事、まだでしょう? 適当につまんでくださいな」

 クリスとイワンは、ありがたく遅い昼食を楽しんだ。王宮では当然ながら、贅を尽くした料理も出る。しかしクリスにとっては彼女の手料理が、お袋の味になりつつあるのであった。


「さて、赤カビ病の発生地帯を案内しよう」

「アラアラ。折角、クリス様達が遊びに来てくれたのに、そんな色気の無い事で良いのかしら?」

 二人の食事が終わるのを待って、少女は立ち上がる。母親に呼び止められても、まるで気にしない。

「王族が足繫く通って来ても、フレミング家にとっては何のプラスにもならない。それならばプラスに変える方法を編み出すまでだ」


 淡々と答える少女の声を聞いて母親と教育係は、目配せをしながらため息をついた。



「これが被害の大きい冬小麦畑だ」

 カトリーナの案内で三人は北の耕作地へ辿り着く。すでに半分ほどは青田刈りが始まっていた。

「食べられない麦なのに、どうして刈り取りをしているの?」

「赤カビ病の菌糸が増殖しないようにだ。家畜の飼料に回せる部分は回して、後は焼却処分にする」

 美少女は肩を竦める。イワンも手にした麦穂を見て頷いた。

「穂に黒い菌体が見えている。確かに焼却するのが安全ですねぇ」


「他人事の様に言うな。お前、王室魔術師なのだろう? パパッと麦の病気を直してみろ」

 王室魔術師はチッチッチッと指を振った。

「魔法は万能じゃ無いんですよ。こんなに大量の菌を魔法で殺したら、物凄い魔力の無駄使いになってしまいます。これだけ症状が出る前なら、何とかなったかもしれませんがねぇ」

 カトリーナは肩を落とす。

「そうか。病気の発生を見落とした私が悪かったな」

「いやいや、カトリーナ様が悪いわけじゃないですよ。それより早めの対処で、他地区に赤カビ病を巻き散らさなかっただけで、十分健闘されました」


「凄い面積の小麦が駄目になるね……」

 金髪の青年の溜息に、少女は肩を竦めて答える。

「ザッと百エーカー(およそ東京ドーム八.五個分)が被害にあった。一エーカーで一ショートトン(約九百七キログラム)として、百ショートトン(約九十一トン)の損害だ」

「それは…… キャニックとしては大打撃なのだろうね」

「その通りだ。栽培しているのは小麦だけでは無いから、農民が飢え死ぬ事は、辛うじて回避できる。しかし租税を納める事は不可能だ」


「僕に何が出来るだろう?」

 クリスの質問にカトリーナは、微笑みを浮かべる。

「ありのままの被害状況の報告を王宮へ。その為の三日間の遠乗りおよび領土視察なんだろう?」

「ありゃ、バレてましたか」

 イワンが苦笑する。租税の徴収は各領主の権限だ。各領主は徴収した税の何割かをアルバ王宮へ納める事になる。不作や凶作の際の状況報告は王宮の官僚も行うが、減収を嫌う為どうしても軽微な報告になってしまう。


「キャニックより南では、冬小麦の収穫は例年通りだそうだ。もし小麦が足りなくなれば、そちらに回そうか?」

「助かる。春小麦の収穫で返済させてもらう」

 少女は姿勢を正し、深々と頭を下げた。王族の青年は慌てて、彼女の頭を上げさせる。


「気にすることはないよ。美味しいブラッケンを、ご馳走になった礼だと思って」

「それなら、ワラビの見分け方とアク抜きの方法を、イワンに教えよう。救荒植物として皆に教えてやってくれ。人手が足りなければ、私が教えに行ってもいい」

「いや、それはちょっと……」

「何か問題があるのか?」


 言い辛そうにしながら、クリスは苦笑する。

(……できればカトリーナを知らない人の前に、出したくないんだよなぁ。可愛いから他の男に、目を付けられちゃうかもしれないし)

「ん? 何か言ったか」

「いや別に。ワラビの食べ方はイワンに教えて上げて。アルバ国内の人を助けられる日が、来るかもしれない」

「そんな日は来ないに越したことはないがな」

「それもそうだね」


 柔らかな風の吹く小麦畑で、三人はそれぞれの思いで苦笑した。


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