6

 生きる必要性を考える間もなく、生かされている。

 一体ここまで、どうやって生きてきたのだろう。よく覚えていない。男臭い高校を出た俺は、特にやりたいこともなかったので、なんとなく大学に行った。講義はひたすら退屈で、アルバイトはどれも長続きしない。友人がいなかったわけではなかったが、毎日顔を合わせる気分にはならなかった。

 おそらく人生で最も輝かしい現在を力いっぱい生きれないのは、過去から俺を引く煩わしい糸が伸びているからだろう。それを振り切ることも、もう随分前に根気が尽きてやめた。



 隣では名も知らぬ女が寝息をかいている。彼女とはきっと同じ夜へ潜ったはずなのに、狭いベッドで気づけば別々の朝を迎えている。ざわめく本能に任せた快楽はベッドの軋みとともに夜に吸い込まれ、明けてしまえばそこには虚しさと絶望だけが横たわっている。それは俺を震撼させ、俺は膝から崩れ落ち、争えない血を嘆く。吐きそうになりながら、またあの夏の記憶をちらつかせる。


 スリーはなぜ飛び立つことができたのか。なぜ、俺にはそれができないのか。暗く冷たい要塞の中で、俺は独りだ。足は鈍色の鉄球と鎖で繋がれている。ここから抜け出した先駆者の幻影を探し惑う、その道のりは果てしない。そこに終わりが見えてこなければ、俺はきっとこのまま、成れの果てで死んでいくのだろう。


「どうしたの、そんな青ざめて」


 肘枕した女との距離はかなり遠く感じる。しかしかえって都合がいいので、それ以上近づかないでほしい。加えて俺はその女と話したくなかったのだが、女はお構いなしに続けた。


「さっきまで見てた夢の話、聞きたい?」


 どのみち聞かされることは明白だったので、俺は黙っておくことにした。


「昔の夢。ずっと昔のね。数えてみると、意外と五年前だけどね。あたしが十六のとき」


 俺は彼女の歳をそこで初めて知り、それが俺とさほど変わらないことが判明し、俺は落胆した。


「高校に入るってなって、すっごくウキウキしてたの。あ、高校は地元の進学校。これでも中学までは真面目に勉強してたの」


 そういうものだ。人は変わっていくし、過去の輝きを取り戻せない。そのせいで今を見失っているということに、俺は気づいているのだろうか。


「でもね、すぐ学校の進度についていけなくなっちゃった。そっからは不良の仲間入り」


 女は話しながら咥えた煙草に火をつけた。それを見た俺は嫌な過去を思い出し、思わず顔をしかめた。女の口からはかつての優等生としての人格が、煙となって溶けていくように見えた。


「でもあたし、後悔してない。昔のことは今と切り離すの。仲の悪かった親も、うるさい教師も、あの何もない街も、付き合ってきたオトコも。今のあたしには、なーんにも関係ない」


 その後も女は語り続けたが、俺の視線はとうの昔に、レースカーテンの隙間から見える家の群れに寄せられていた。今さらこの女に反論する気はなかった。俺なんてそれこそ、この女には何の関係もない。しかし、それ以上聞きたくはなかった。俺はこの女に対し畏敬の念を抱くことはないのだから。それなのに、俺がこの世で最も気にしているようなことに触れられると、俺は否でも応でもあの少女と重ね合わせてしまう。それでは、俺の理想が台無しにされてしまう。



 さっさと女を部屋から追い出すと、驚いたことに、俺は閑散とした殺風景な部屋に、その少女の姿を認めた。ソファの上で、片足を両手にくるんで。あの夏よりも、かなり近い。重なることすらできそうなくらいに。

 しかしやはり、俺は悩む。俺はスリーになるべきではないのか。少女は顔をもたげる。前髪に隠れた目が見えそうになったその瞬間、少女は立ち上がった。俺の前を駆け抜け、部屋を飛び出す。俺は急いであとを追う。

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