5
いよいよ本格的に、母の葬儀に関する物事を決めていくとなったとき、俺と叔父は揉めた。揉める必要もないくらい、正当性は一辺倒だったのだと思う。だが俺は譲れなかった。
「俺には関係ねえ」
俺は立ち上がり、叔父を見下ろす。叔父の平生と違う目つきに、今日は穏やかには終わらないと覚悟した。
「俺一人出なくたって変わらないさ」
俺はキッと叔父を睨み返す。叔父は持っていた湯呑みを置き、立ち上がった。叔父は俺より三十センチは高い。思わず俺は怯みそうになったが、手をグッと握りしめた。叔父は陰のかかったその表情とは正反対の穏やかな、しかし重厚な声で言った。
「これはおまえだけの問題じゃない。親族が一堂に会する日になるんだ」
「今まで一度だって顔を見せなかったくせにか」
叔父がもう一歩詰め寄ってくる。一触即発の事態に、俺は息を凝らした。
「親の死に立ち会うことなんぞ、子として当然のことだ」
「何だそれ、しょうもねえ」
この期に及んで親子を引き合いに出してくる叔父に、俺は思わず反発した。言った瞬間、俺は反射的に目を瞑った。そこで一発目の平手が飛んできた。頭に閃光が走ったような感覚だった。
「憎しみを下らない主張に隠すな。おまえも葬儀に出るんだ」
一線を越えた叔父としては、もうあとには引けない様子だった。かくいう俺も、感情に任せた訳のわからない論理をこねくりまわすのに精一杯だった。
俺は右手で頬を拭い、また虚勢で意地を張ってみせた。
「憎しみ?それを俺に植えつけたのは、誰なんだかなあ」
言っているうちに、十五年分の感情がふつふつと込み上げる。虚勢のはずが、俺の言葉は俺の本心と絡み合って、今俺の手は叔父の胸ぐらに伸びようとしていた。叔父が食い下がろうもんなら、間違いなく手が出ていたと思う。
だがその瞬間、叔父は何とも哀しそうな顔を見せた。随分と長い沈黙のあと、叔父はようやく口を開いた。
「悪かったな」
それまでの威勢に反して、叔父の声は弱々しかった。俺はひどい気分になった。きっと二発目が飛んでくるとばかり思っていたのに。この口論には完全に負けたと思った。
叔父はそれっきり葬儀の話どころか、母の話すら持ち出さなくなった。
加えていつの間にか、スリーが姿を消した。立つ蛙跡を濁さず、俺は果たしてスリーの存在が幻覚だったのかとすら錯覚した。あの足で、スリーはどうやって部屋を抜け出したのか、俺を置いて、どこに消えたのか。未だに分からない。
結局その後、俺が全寮制の男子校に進学を決め、跡を濁して家を出る頃になっても、スリーが俺の前に現れることはなかった。
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