11.とにかく夢中(3/3)
……その日からアタシたちは、弾けるように毎日遊んだ。
東に大きな祭りがあれば、行って屋台のおやつを食べつくし。西にイベントやってる博物館があれば、行って1日中ふらふらし。
北にインサタ映えするカフェが開けば、行って二人で写真を撮り。南に綺麗な海があれば、夜に行って花火をする。
そういう者に、アタシたちはなった。
「佳奈さん!ろうそくに火がついたよ!」
「やった!じゃあ花火やってもいい?」
「うん、もちろん!」
アタシはケンジが砂浜に置いてくれたろうそくの火へ、手持ちの花火の先を当てた。
じりじりと火が移って、ある瞬間からシュー!と音を立てて花火がついた。
「わあ!ついたついた!」
あたしは火のついた花火を、魔法の杖のようにしてたくさん振り回した。さっきまで真っ暗だった夜の海が、海のさざ波がはっきり見えるほど、一気にパッと明るくなった。
花火は赤から黄色、そして黄緑と色が変化していく。それに合わせて、海に映る光も鮮やかに変わる。
シューーーーッ!!
ふと見ると、ケンジも自分用に花火をつけて、アタシの隣に立っていた。
ケンジのは青の光だけだったけど、火がアタシのよりも大きくて、それはそれで見応え抜群だった。
「ねーケンジ!見てみて!」
アタシはビーチサンダルを脱いで、海の中へと入った。夜の海が、くるぶしくらいまでをひんやりと襲った。
「ほら!海が光ってるよ!アタシの花火で光ってる!」
「やあ本当だ!水平線の向こう側まで見えるね!」
「めっちゃすごくない!?花火って超明るいんだね!ねえ、ケンジもこっち来てよ!一緒に海光らせよう!?」
「うん!ちょっと待ってて!」
ケンジもサンダルを脱いで、長いズボンの裾を折ってから海へとやって来た。
アタシたちの花火が、海を遠くまで光らせてる。それはなんだか、すっごく偉いことというか、二人で一緒に大きなことを成し遂げたような気持ちになって、嬉しかった。
海の奥から吹く潮風が、アタシとケンジの髪をなびかせる。ごうごうと耳ともで風の音が過ぎ去っていく。
ケンジの笑ってる顔も、アタシのはしゃいでる顔も、花火が照らしてくれている。
その時の花火が、今まで17年間生きてきた中で、一番楽しい花火だった。
……8月23日、午後2時30分。しとしとと小雨が振るその日、アタシたちは美術館に来ていた。
しんと静かな館内を、アタシとケンジが並んで歩いて、壁にかけられた絵を眺めていく。
「ねえねえケンジ、この絵エッチじゃない?」
アタシはこそこそと、ケンジの耳へそう囁いた。そこにある絵は、裸の女の人がゲージュツ的なポーズを決めている絵だった。
両手を頭の後ろにやって、肘を上にあげ、腰をくねらせている。なんかよくわからないけど、とりあえずゲージュツ的だった。
「エ……んん、そうだね、とてもセクシーなポーズだね」
ケンジはいつも、「エロい」とか「エッチ」とかいう言葉を使うのが苦手らしく、毎回「セクシー」という言葉に置き換えていた。
それがいつも楽しくて、つい意地悪したくなっちゃうのがアタシだった。
「ねーねーケンジ」
アタシは絵の隣に立って、絵の女の人と同じポーズを取った。
「アタシと絵と、どっちがエロい?」
「ちょ、ちょっと佳奈さん!そ、そういうのは……えっと……」
「ねーねー、どっち~?」
「そ、そんなの……も、もち、もちろん……か、佳奈さん、だよ……」
トマトのように真っ赤になって、汗だらだらにかいたケンジが、アタシはもう可愛くて仕方なかった。
……夕方になり、館内も全部見終えたアタシたちは、帰り道を並んで歩いていた。
「はー!面白かったー!」
「うん、いろんな絵がたくさんあって、面白かったね」
「あ、ごめんケンジ。絵はあんま覚えてないかも」
「えー?そんなあ……」
「きゃはは!そんな落ち込まないでよ~!アタシはとりあえず、ケンジと一緒にいられたから楽しかったの!」
「も、もう……!また佳奈さんはそんなこと言って」
そう言いつつも、ケンジは満更でもない感じで、ちょっぴり頬が緩んでた。
「ね、ケンジ」
「うん?」
「明日は何の日かわかる?」
「何の日って……」
「これわかんなかったら、アタシ悲しいな~」
「ええ?うーんと……あ、もしかして、僕らが付き合ってから1ヶ月記念日?」
「そー!ピンポンピンポーン!さすがケンジ!ご褒美になでなでしてあげましょー」
アタシがそう言ってケンジの髪をくしゃくしゃっと乱す。ケンジはその間、ずっと恥ずかしそうに苦笑してた。
「アタシらも1ヶ月記念日ってことでさ、ちょっと良い感じのところのご飯とか食べにいきたいなって思って!」
「いいね!贅沢したい!」
「でも実は、アタシ明日は学校に行かなきゃなんだよね」
「そっか、確か補修があるんだっけ?」
「そー!赤点補修~!それが午前中にあってさ~!ごめんけど、会うのは午後からになるけどいい?」
「うん、全然大丈夫だよ。なんなら、僕も学校へ行くよ」
「え?」
「補修が終わる頃くらいに、学校に行く。それから一緒に街に行こう」
「ほんと!?ありがとケンジ!お礼にもっとなでなでしましょー!」
「わあっ、もうなでなではいいよ~」
髪がくしゃくしゃにされるケンジは、弱々しく悲鳴を叫んでいた。
ツクツクオーシ、ツクツクオーシ、ツクツクオーシ……
虫の鳴き声が、夕暮れの景色に染みていく。二人で並ぶ影が、さっきよりも長く伸びていた。
「それにしても、あれだね佳奈さん」
「なにー?」
「補修、ちゃんと受けるんだね。とてもよいことだと思うよ」
「へへ、留年したくないしね。ケンジと一緒に卒業したいし、アタシ頑張る」
「そ、そっか……な、なんだか照れ臭いや」
「ふふふ」
「……あ、僕この丁字路、右に行かなきゃ」
「うん」
「佳奈さんは左だよね」
「……うん」
「じゃあ、ここでお別れだ」
「……………………」
「また明日、一緒に遊ぼうよ。明日は特別な日だ、僕お金たくさん下ろしてくるから、佳奈さんはお金持ってこなくて大丈夫だよ」
「んーん、アタシも持ってくる。割り勘にしよ?」
「いいの?」
「うん、ケンジの家の事情知ってるから、あんまり負担かけたくないし、それに……二人の記念日だもん。二人でお祝いしたいの」
「そっか、ありがとう佳奈さん」
ケンジはいつもみたいに、優しくアタシに微笑んでくれた。
「……それじゃ佳奈さん、またね」
そうして、少しだけ悲しそうに、名残惜しくもケンジはアタシに手を振った。
アタシも手を振り返すと、ケンジは嬉しそうに笑ってくれた。
そして、静かに背を向けて、そのまま去っていった。
「……………………」
その背中を、アタシはずっと見つめていた。
本当は、その背中に抱きついてしまいたくなるほど、今すごく寂しくなってる。
でも、また明日会える。明日は記念日だから、もっと楽しい日になれる。
「……また明日ね、ケンジ」
彼は気づいていないけれど、アタシはその背中に手を振った。
「……ううん、違うよねケンジ。明日の先も、これからも、ずっとよろしくね」
そう、その日のアタシは、信じていた。
今後もケンジと笑いながら会えることを、信じて疑わなかった。
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