9.とにかく夢中(1/3)




……ミーン、ミンミンミンミンミン……


じっとりとした日差しの中、やかましく聞こえる蝉の大合唱に、ウチと亜梨沙は心底ウンザリしとった。


「暑いね~真由……もう暑くて暑くて嫌んなる~」


「止めとき、暑い暑い言うから暑くなるんやって……。ほれ、涼しい涼しい言うてみい」


「涼しい、涼しい、涼しい……。うん、暑い」


「ちぇー、早く夏終わらんかな~」


なーんの意味もないやり取りを過ごしながら、ウチらはある喫茶店へとたどり着いた。


「はーっ!ようやっと涼しいわ!やっぱ文明最高やわ~!」


「あ、真由。あそこに佳奈が」


亜梨沙が指を指した四人がけの席に、確かに佳奈が座っていた。あの子はウチらのことに気がつくと、肘をテーブルにつけて、手を小さく振った。


「いえーい!佳奈、久々やん!」


「うん、久しぶり。真由」


ウチと亜梨沙は、佳奈と机を挟んで対面の席に座った。佳奈はもう早々とアイスコーヒーを頼んどって、もうそれが半分くらい無くなっとった。


「亜梨沙、ウチらも何か頼もうや。なあ店員さん!ウチ、いつもので」


「真由ってば!ここ来るの初めてじゃん!」


亜梨沙が笑いながら、ウチの肩をバシッとはたいた。佳奈もクスクスと口許を緩ませとる。


とりあえずウチはカフェラテで、亜梨沙はスペシャルチョコレートパフェを頼んだ。亜梨沙ん前にそのパフェが置かれた時、ウチも佳奈も目ぇまん丸にしてもうた。人の中指の先から肘くらいまではある、特大山盛りパフェ。


「いただきまーす♡」


亜梨沙はそれを、にっこにこしながら満足そうに食べとる。呑気なやっちゃなあ。


「あ、なあなあ、佳奈も亜梨沙もこの前のニュース見た?」


「この前のって?」


「あれやんか佳奈ー!砂嵐が来月解散するやんか!?」


「え!?ほ、ほんと?」


「なんや知らんのかいな!砂嵐の三ノ宮くんが一番好きやって言うてた癖にー!」


「マジ悲しいよね~。私も佳奈ほどじゃないけど、結構推してたし」


「YuuTubeのアカウントも消してしまうんかな~。あー辛いわー!」


「そうなんだ……アタシ、全然知らなかった」


「嘘つけー!あの佳奈が知らんわけないやろー!いの一番に砂嵐の情報を仕入れる佳奈が!だいたい佳奈んとこに言ったら砂嵐の近況分かるってレベルやったやんー!」


そうしてウチらは、女子会に花を咲かせていた。こうして気軽に駄弁れる友人がおるっていうのんは、やっぱり楽しいもんやで。


「……ねえ。真由、亜梨沙、ちょっと聞いてくんない?」


そんな時、ふいに佳奈がウチらに声をかけてきよった。「どしたん?」と返すと、「ちょっと愚痴りたい話があるんだけど」と言ってため息をついとった。


「愚痴りたい話?なんやなんや?また佳奈ママがなんかやらかしたん?」


「いや、その……ケンジのことなんだけどさ」


「ケンジ?ケンジって誰?」


「あ……えーと、ほら、斉藤だよ。アタシが夏休み入る前に付き合った……」


「斉藤……?あ!もしかして、佳奈が嘘コクした陰キャくんか?」


「う、うん……そう」


「なんやー止めてーや!名前で言われても全然誰かわからんかったわー!なになに?どんな愚痴?やっぱ陰キャは全然あかんか?まあ、大した度胸もなさそうやもんなー!手ぇ繋ぐのも一苦労なんちゃう?」


「……………………」


「真由、何言ってんのー。佳奈がそんな奴と手を繋ぐわけないじゃん」


「そっか!ホンマやな、亜梨沙の言う通りや!佳奈やったらもうあれやろ?触られたところはお風呂で念入りに洗うやろ!?」


「きゃはははっ!ちょっ!陰キャくん、バイ菌扱いじゃん!」


「……………………」


そうしてアタシと亜梨沙が笑いかけたんやけど、なーんか佳奈は……あんまし冴えない感じの顔をしとった。なんとなく罰の悪そうな……イタズラして叱られた後の子どもみたいな表情やった。


それに気がついたウチと亜梨沙は、怪訝な顔でお互いに見合わせた。


「どしたん?佳奈、なんかあったんか?」


「え?いや別に……」


「愚痴って、なんや?まあまあ重たい話なんか?」


「……………………」


佳奈はふいっと視線を切って、窓の外に目をやった。


しばらくなーんも言わんと、じっと黙ったまんまやった。


「えー?なんや佳奈、もったいぶらんと話してーや」


「……ん、いいや、そんな大した話じゃなかったし」


「ホンマか?」


「うん」


「ふーん、ほなええけど……」


「ねーねー佳奈、その陰キャくんとさ、どういうとこでデートすんの?」


「え?ああ……この前、博物館に行ったかな」


「博物館!?何それー!修学旅行じゃないんだから!」


「きゃははは!それおもろいな亜梨沙!あれか佳奈?ちゃんと“しおり”は作ったんか?」


「しおりっ!!止めてよ真由ー!おな、お腹痛いってー!」


「いや亜梨沙、しおりは修学旅行には必須やろー!なあ佳奈!?」


「し、しおり……。うん、そうね、作ったら面白かったかもね」


「絶対おもろいやろー!はー!博物館はすごいわあ!」


「他は他は!?他はないの佳奈!?」


「こ、今度……図書館で勉強する約束してる」


「図書館で勉強っ!!すごすぎって!!」


「ガリ勉すぎやろー!しかもファミレスとかじゃかくて図書館って!ひーーーっ!あかん!笑いすぎて涙が出てきた!」


「……………………」



ガタンッ



その時、突然佳奈は席を立った。小さなポーチを肩にかけ、なんかやけに不機嫌な感じで、眉間にしわを寄せとった。


「用事思い出したから、そろそろアタシ帰る」


「え……?か、佳奈?もう帰るんか?」


「じゃあ、また」


そう言って、ウチらにくるりと背ぇ向けて、そのままホンマにスタスタ帰ってしもうた。


ウチも亜梨沙も、さすがにちょっと呆然として、またお互いに顔を見合わせた。


「え?何あれ?」


「わからん、なんかいきなり不機嫌になったわ」


「なんで?私らなんかした?」


「さあ……」


ウチも亜梨沙も、妙にノリの悪い佳奈に首を傾げるしかできんかった。


この時の佳奈の気持ちは、今のウチらにはまだわからんかった。

















「……はあ」


アタシは街中をつかつかと歩きながら、ため息をついてた。


ケンジのことを相談しようと思ってたけど、完全に人選ミスった……。まさかあんなに言われるとは思わなかった。


「……………………」


いや……でも、私もケンジと付き合う前は、ああいう話を一緒になって笑ってた。だからあんまり……あの二人のことを悪く言うことは、アタシにはできない。


(あーあ、弱ったなあ……)


肩を落として、家へとトボトボ向かう。シャクだけど、深雪にでも相談しようかなと思っていたその時。



ピリリリ ピリリリ



スマホが突然、鳴り始めた。アタシはポーチからスマホを取り出し、その電話に出た。


「はい、もしもし」


『佳奈さん。今、電話大丈夫?』


「ケンジ!うん、どうしたの?」


道路際に樹がなん本か並んで生えているので、その根本に立ち、木陰に隠れながらケンジと話した。


『明日のことなんだけど、場所は飯塚市立図書館でいいかな?』


「それどこー?アタシわかんないかも」


『あ、ならLimeで場所を送っておくね』


「うん!」


『じゃあ、10時頃に図書館前で』


「……ねえケンジ」


『ん?』


「帰りは、何時くらいにする?」


『んーと、まあいつもとおり、17時くらいには解散でいいんじゃないかな?』


「…………あ、あのさあ」


『なに?』


「もうちょっと長くいない?夜ご飯とかもさ、一緒に食べに行きたいかも」


『うーん、でも遅くなりすぎると、佳奈さんのお母さんにまたどやされちゃうかも知れないでしょ?』


「それは……そうなんだけど」


『僕も夜遅くまで佳奈さんを連れ回しちゃうのは、やっぱり申し訳ないからさ。日が落ちる前には帰ろう?』


「………………うん、わかった」


『ごめんね佳奈さん』


「んーん」


『それじゃあ、また明日ね』


「うん、また明日……」


そうして、ケンジとの電話が切れた。


「あーあ……もう、ケンジってば」


膨れっ面になりながら、アタシはまた歩き始めた。


真由と亜梨沙にも愚痴ろうと思ってたんだけど……ケンジってば、ちょっと真面目すぎるんだよね。


もっとアタシはさ、夜遅くまで一緒にいたいし、遊びたいのにさ。夕方の5時にはおしまいって……なんか全然足りないじゃん。


……もちろんそれは、ケンジならではの優しさっていうか、気遣いだから、アタシもあんまり悪く言えないし……ちょっと嬉しいって思っちゃってるところもある。


夏休みの間に、できるだけたくさんデートをしたい。そんな風に思うアタシだった。



……ミーン、ミンミンミンミンミン……



蝉の鳴き声が街中に響いてる。


「まだまだ夏、終わんないでほしーな……」

















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