『ペット探偵、三毛猫を探す』
小田舵木
『ペット探偵、三毛猫を探す』
台風一過。空は晴れやかだ。
その下で
蝉の声が
僕の仕事はペットの探偵。意外とこれが儲かる。元野良の猫なんかはよく脱走するからね。
今日の依頼は、近所の老婆の飼い猫、三毛猫のミケ氏。野良出身のこの子は
台風を挟んでの捜索だ。コイツは骨が折れそうだ。
僕は近所の公園に来ている。川原の土手にある公園。ここはミケ氏のかつての縄張りだったようだ。
しかし。このタイミングで縄張りのチェックに来るだろうか?今は台風が過ぎて川の増水は止まっているが、昨日の夜なんかはすごかった。思いっきり水没していた。
僕はドロドロにになった公園をそぞろ歩く。ミケ氏が隠れてそうな茂みなんかに目を凝らしながら。
流石に猫っ子一人居ない。台風が過ぎた後だもんな。普通の猫は来ないよなあ。
コンクリートで出来た山に空けられた穴を覗き込む。ここに隠れてたら楽なんだけど。
「やあ。人間。今日も捜し猫かい?」その中に居た黒猫氏…くろベエが話しかけてくる。
「やあ。くろベエ。そうだよ仕事でね。君はここで台風の雨宿りをしていたのかい?」僕は尋ねる。
「ああ。昨日は酷いもんだったぜ。この山のこの穴の辺りまで水に沈んでな」
「そいつは災難…いい加減。何処かの愛猫家の家に転がりこめよ」僕は心配する。いい加減、くろベエもいい歳なのだ。まだ5歳だが、野良としてはいい歳だ。
「俺は飼われる性じゃないんだよ。まっぴらゴメンだぜ」彼は鼻をならしながら言う。
「でも飼われたらエサには困んない。その上オヤツ付きだ。ちゅるちゅるしたアレ、もらえるかもしれんぜ?」
「それは魅力。だが。俺は今のこの自由な生活が気にいってんだ。生きるも死ぬも自らの手の内…このスリルに変えられるモノはないね」くろベエはなかなかハードボイルドな猫なのだ。
「…ま。それならしょうがないやね。さて。仕事の話だ」
「ちゅるちゅる寄越せよ。情報はそれからだぜ?」
「へいへい」僕は鞄に常備しているちゅるちゅるを開けて彼の鼻先に差し出す。
「ふがふが…」くろベエは先程までのハードボイルド具合を何処かにやって、がっつきだす。
「今日もミケ氏なんだよね。くろベエ、見かけなかった?」
「ふがふが…またミケかよ。あのアマ落ち着かねえなあ。飼われたクセによ」
「どうも。家が詰まらないらしくてね。外にスリルを求めて散歩に行っちまうんだよ…困ったものさ」
「でも、そのおかげでお前は仕事にありつけるよな?」
「そいつは否定出来ないね」
「なら、放っとけば?」
「いや、探すのが仕事だから。思い出してくれよ。昨日の事」
「つってもな。俺も昨日は必死だった訳よ。大雨だったろ?風邪ひかねえよう雨宿りできるトコ探していろんな所走り回ってた」
「その間にミケ見なかった?」
「うーん。よく見てた訳じゃないからな」
「おい。ちゅるちゅる返せよ、くろベエ」
「もう俺の腹の中だ。残念だったな」
「ったく…なら。せめて誰か紹介してくれ。ミケの行き先知ってそうなヤツ」
「…うぅむ。若い衆なら何か知ってるかもな」顔を洗いながら
「ん?あれかい?ミケのケツ追っかけてる猫が居るのかい?」
「そりゃ。あのアマ避妊してねえだろ?発情期は酷いもんだぜ」
「ああ。こりゃトメさんに言っとかなきゃな」トメさんはミケの飼い主。ゆるい性格の持ち主だ。
「だな。いい加減子猫を増やして欲しくないもんだ」
「君たち野良のパイの奪い合いも大変だもんな」僕はくろベエに同情する。
「おうよ。餌場の奪いあいなんて
「くろベエ…長生きしろよ。じゃ僕は若い衆探しに行ってくるよ」
「おう。ちゅるちゅるごっそさん」
◆
台風が一過した街。この街は川の近くということもあって、被害はそれなりに出ているらしい。
僕は雑居ビルが立ち並ぶ街をそぞろ歩く。そしてビルの間の通りに目を凝らす。この辺りは人間の往来が激しい。だから猫は居ないかと言えばそうでもない。エサをくれる人を求めて彼らは寄ってくる。そこに若い衆は居るはずで。
「あー暑っちい」僕は
あるビルとビルの間の通りに猫が集まっていた。猫集会。この時間帯の開催は珍しい。
「よ。猫ども」僕はその猫集団の方に歩いて行って話かける。
「うげ…人間だ」トラ縞の
「アイツは大丈夫だ」キジトラの少し貫禄のある猫が若猫をいなす。
「さばりん。久しぶりじゃないか」僕はキジトラの猫に話しかける。この辺の実力者だ。
「その呼び方は止めろ人間」
「あだ名つけないと識別し辛いだろうが」
「選りに選ってさばりんってのが気に食わねえ」
「そう言うな。可愛いぞ?」
「可愛さなんぞ人に媚売る時しか役に立たねえよ」
「なんだ。使ってるのか可愛さ」
「そりゃな。生きていくためには必死よ」
「ご苦労さん。んでさ。今日は仕事で来たんだけど」
「んじゃ。情報料寄越しな。さっきからするんだよ。ちゅるちゅるの匂いがよお」
「鋭いねえ。しょうがない。みんな、おいで」僕はその場に居た猫たち全員分のちゅるちゅるを取り出す。
「ひゃっほう。ちゅるちゅるだあ!!」若猫たちは喜んでいる。
彼らにひとしきりちゅるちゅるをご馳走すると僕は尋ねる。
「はーい、この中で三毛猫のミケを見た猫ー?居ない?」
「見てねえな…昨日は必死に雨宿りするとこ探してたからよお」
「知らね」
「あの美猫かあ。一度しっぽりやりてえなあ」
「そういや、最近アイツ見てねえわ」
「…らしいが?」若猫たちが言い終わると、さばりんは言う。
「えぇ。奢り損じゃん。なんでも良いから教えてくれよー教えてくれたヤツには干しカマもあげるぞ?」僕はエサを増やしてみる。
「干しカマ…」若い衆はヨダレを垂らして僕を見てくる。
「嘘は駄目だぜ?だが良い情報には正当な謝礼をあげよう」
「そういや…」さばりんは何か思い出したようだ。
「うん」さあ。早くミケに繋がる情報をおくれ。じゃないとこの炎天下の中でかけずり回らなきゃならなくなる。
「最近。ミケのケツを追い回してる猫が居るな」
「ミケ人気なんでしょ?」
「まあね。あのアマ
「美猫ねえ」まあ、可愛げがある顔をしているよな。
「3丁目の辺りを縄張りにしてるアメショーのヤツだ」
「アメショーか。野良にしては珍しい」
「人に飼われてたが捨てられたんだよ。それからは野良。珍しい経歴だな」
「そうだよね」野良猫界は厳しい。元から野良の産まれじゃなきゃやっていけないくらいに。
「ま。そいつが一番熱心にミケを追ってる。だからそいつに聞いてみろ。知ってるかも知れんぜ?」
「サンキューさばりん、ほれ干しカマ」僕は彼の鼻先に干しカマを差し出して。
「ふがふが…だからさばりんは止めろって言ってんだろうが!」
「いいからいいから」
◆
3丁目の辺り。この辺は住宅街で。この時間帯に若い男が一人そぞろ歩くのはあまり具合がよろしくない。下手したら不審者として通報されてしまう。
立ち並ぶ住宅は少し豪華だ。この街の中でも裕福な人たちが住んでいる。
「僕もカネ欲しいな」なんて呟きながら歩く。
するとゴミ捨て場にその場に似つかわしくないアメショーの猫が居た。
「おーい」僕は話かける。
「あ?」彼は振り向く。怪訝そうな顔で。
「初めまして。僕はペットの探偵をしてる
「何、猫に話しかけてんだ?人間?」彼は小馬鹿にしたような鳴き声を出す。
「ん?君らの話が聞けるから話かけてんだよ?」僕はアメショー氏に視線を合わせながら言う。
「冗談はよせよ」彼は半ば歩き去ろうとしていて。
「冗談じゃないさ。こうやって会話が続いているだろ?」
「珍しい人間も居たもんだ…この近所に二人も」彼はニヒルな顔でそう言う。
「ちょっと待った。二人?この辺じゃ僕一人のつもりだったけど?」
「お前知らねえのか?」
「何を?」
「この辺じゃな。最近、猫を虐めてるヤツが居てな」
「そりゃ初耳だな」一応その手の情報には気をつけているんだが。
「そいつが猫の言葉を解せるんだ…虐め抜いた猫の断末魔を聞くのが何よりの楽しみらしいぜ?」
「そいつは趣味悪いな」
「まったくだ。その上、虐めた猫を―犯すんだ」
「犯す?」おいおい。話が
「文字通りだよ。犯す。猫と性交しようとしやがる」
「変態だな」
「ああ。変態だ。最近は生きた心地がしねえよ」
「苦労するね…っと。本題を忘れる所だったな」僕は鞄からちゅるちゅるを取り出しながら言う。
「あんだあ。ちゅるちゅるなんか出しやがって…毒とか盛ってねえだろうな?」アメショー氏は疑り深くなっている。
「僕には猫を虐める趣味はない…と言うか仕事相手だからね」
「…それもそうか。ありがたく受け取るぜ」彼は僕の手元でふがふが言い出す。
「三毛猫のミケ氏…君も知ってるよね?彼女を探しているんだ。僕は」
「…ミケか。俺の女だ。アイツは」
「他の猫はケツを追いかけてるって表現してたけど」
「他のもんからはそう見えるかも知れんが。俺達は将来を約束してんだ」
「ん?じゃアレ?ミケが度々脱走するのって?」
「俺に会いに来てる」
「おお。これで仕事が終わりそうだよ」炎天下の中の捜索よ。さらば。
「そうは問屋が
「ええ?なんだよ。君、早速逃げられてるじゃないか」将来を約束したんじゃなかったのかよ。
「逃げられてねえ…あの猫犯し野郎に捕まっちまったんだよ…」
「キャット・ファッカーに?」早速あだ名をつけちまった。
「ああ。俺が居たってのによ。情けねえぜ」
「まあ、人間相手だ。仕方ない」
「とは言え。愛した猫も守れねえ俺は…」彼は尻尾を垂れ下げながら言う。
「んで。不貞腐れてこの辺をうろついてた訳か」
「まあな」
◆
「なあ。アメ吉」僕は目の前の猫にもあだ名をつけてしまう。
「アメ吉って…安直な。俺はトムってんだ」
「んじゃ。トム。僕はミケをトメさんの家に連れ帰さなきゃいけない」
「それがお前の仕事なんだろ?探偵くん?」
「ああ。だから。キャット・ファッカーについて何か知らないか?居場所とか」
「それが分かってたら俺がヤツのトコに行くさ」
「…うまくはいかないか」
「まったくだ」
「ようし。猫相手の捜索はここで終了だな。人間相手にしにゃな」
「なあ。人間」
「なんだい?トム。悪いけどミケは僕が見つけるよ」
「俺も連れて行ってくれよ」
「…ミケが心配なんだな?」
「そりゃな。俺の大事な猫だ」
「…しょうがない。僕について来なよ」
「おう。役立てる事があったら言え」
それから。僕は歩きまわる羽目になった。この炎天下の街を。ま、しょうがないけどね。情報は足で稼ぐものだ。
とりあえず。僕は3丁目で聞き込みを始める。適当な家のインターフォンを鳴らしまくる。そして出てきた人に、キャット・ファッカーの事を尋ねる。
「そうねえ。最近、ここらで猫を追いかけ回してる高校生が居るかしら」出てきた一人はそう言った。
「それって。この近所の子ですか?」僕は尋ねる。
「ええ。南高校の制服着ていたから」南高校はこの隣の4丁目だ。予想外に近くに居るかもしれない。
「見かけた時間帯、教えてもらえます?」
「夜遅くよお。22時くらいかしら。だから目立っててねえ。あの時通報したけど警察は取り合ってくれなくてねえ」
「はは。この辺の警察は動物なんてなんとも思ってないですからねえ」動物を相手にする前に人間を相手にしなきゃいけないからだ。
「ところで。あなたは何をしている人?」
「僕ですか?ペットの探偵をしてまして」
「あの猫追っかける子。注意しといて」
「はいはい。ご協力ありがとうございました…」猫を犯していることまでは知らないらしい。
◆
僕はトムを連れて事務所に戻る。
事務所…といっても新幹線の高架下にあるプレハブ小屋だけどね。
「狭いけど上がってよ」
「マジで猫の額ほどの狭さだな。探偵って儲からないのか?」
「自分一人食っていくのでいっぱいいっぱいだよ」
「世知辛いなあ」
「まま、猫エサくらいは馳走してやるから文句言うな」僕は戸棚にストックしてあるカリカリを彼にあげる。
「…お前さん。何か企んでねえか?」案外鋭い子だな。彼は。
「バレたかい?」
「早く言え。おちおち食えねえ」彼は急かす。
「いやあ。キャット・ファッカーをおびき寄せるエサになってもらおうかと」
「マジかよ?俺は金玉は付いてないがオスだぜ?」
「でもケツの穴はあるだろ?」
「お前、案外酷いヤツだな」
「ミケ。取り返したくない訳?」
「そりゃそうだ…心配だが…ケツの穴かあ」
「そうこうしている内にミケは犯されているのかも」
「だあ。分かった。やりゃいいんだろ?」彼は目の前のカリカリをコリコリ食べ始める。
「契約成立だ。ま、うまくやるから心配はするなよ。キャット・ファッカーには痛い目にあってもらうさ」
◆
夜。僕とトムは近所の空き地に来ている。
「良いかい。君に今着けてる首輪にはGPSが付いてるからさ。適当に歩き回ってカット・ファッカーを探してくれ。んで媚売って犯されろ」
「クソみたいな作戦立てやがって。それで引っかかるのかよ?」トムは怪訝そうに聞いてくる。
「分からんけど。僕が闇雲に探すよりはいいだろ?」
「まあ…そうかもしれんな?」
「うん。理解してくれてなにより。さ、作戦開始だ」
トムは空き地を去って街をうろつき始める。僕はスマホで位置情報をモニタリング。
トムはこの辺の街をウロウロとする。
しかしまあ。夜だってのに暑いよなあ。キャット・ファッカー出てくるだろうか?
それからしばらく経った。トムは相変わらず街を徘徊している―と思ったら。ある位置で位置情報がストップした。
僕はしばらく注視する。アイツ、トイレでもしてるんじゃなかろうか?
五分ほど待ってみたが動く気配はない。これはもしかするかも知れん。
僕は走り出す。現場へと。
◆
現場に急いで行ってみると―そこにはキャット・ファッカーらしき男とトムが居た。
早速もみ合いになってやがる。トムのヤツ独断で先行したみたいだ。猫の癖に無理しやがる。
「あの三毛猫の彼氏ィ!!犯されに来たかあぁぁ」キャット・ファッカーの少年はすっかり興奮してしまっていて。僕が目に入ってないらしい。
「こんのクソ餓鬼ぃ、ぶっ殺す!!」トムはキャット・ファッカーの脛に
僕は隙を伺う。もみ合いになっている彼らの脇から入って、キャット・ファッカーに軽くお見舞いしようと思っているのだ。
幸い。お互い興奮してて僕の事なんか気にもしていない。
彼とトムは距離を取りつつグルグル動き回っている。その中でキャット・ファッカーはトムに拳を入れようとしている。
トムはそれを
僕はそのグルグル回る彼らの外縁をこっそり動いて、キャット・ファッカーの後ろに回り込む。
そして。トムが彼に齧りついた瞬間。後ろから近づいて行ってキャット・ファッカーの腰の辺りにスタンガンを押し付けて。放電。
「ぐああ」と間抜けな声を出して彼はその場に崩れ落ちる。
「ぐみゃあ」ついでにトムも感電してしまう。済まん。ヘマこいちまった。
◆
そうしてそれから。
「さて?」僕は目の前で崩れていたキャット・ファッカーに話かける。
「うぅ…」彼は目を覚ます。ま、スタンガンのパワーはセーブしといたからね。
「君がさらった三毛猫…ミケ。まだ生きてるんだろうね?」僕は尋ねる。
「ひぃ、殺してなんか!あの子可愛いから…いつでも犯せるように…家に連れ帰っただけ」
「その子飼い猫なんだよね…返してもらうよ」
「それはもう!!」彼は怯えきっている。
「後さ…一応、猫の虐待は犯罪だ。警察、呼ばせてもらうぜ」
「それはご勘弁を」
「そうもいかない。さっきじっくり現場見せてもらったし」
「ああ…」彼はうなだれる。そこに気絶していたトムが出てきて。
「なんて事しやがる。俺ごとスタンガン撃ちやがって」
「しゃあないだろ?それくらいしか思いつかなかったんだ」僕は頭を掻きながら言う。
「お前はやっぱクソ野郎だなあ。ったく。でもよ。一矢報いれた」
「なんの」
この後、僕が呼んだ警察にキャット・ファッカーは連れて行かれた。
ミケは近日中にトメさんの所に連れ帰してくれるらしい。
◆
こうして。僕のミケの捜索は終わった…ま。今回の分は、だけど。
ミケは相変わらず外に行きたがるらしい。よっぽどトムに惚れているんだな。
そのトムはと言えば。
何故か僕の事務所に住み着いてしまった。
「お前には恩がある」彼はそういう。
「スタンガンで撃ったのに甲斐甲斐しいヤツだよ君は」僕は呆れながら言う。
◆
『ペット探偵、三毛猫を探す』 小田舵木 @odakajiki
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