7-6:×××と茶番劇場


 そして最後に向かったのは後舎のところだった。

 相変わらず化学室準備室に居を構えている後舎は、テスト期間中も変わらずそこにいた。


「大きな爆弾を? 終業式の終わりに起動して欲しい? ……熱でもあるのかい、円道君」

「あんたにそう言われるのは心底腹が立ちますけど、間違ってないんで何も言わずにいますね」


 日付は期末試験の最終日。

 全学年の全生徒が試験を終え、部活動のある生徒は早速部活動に励んでいる声が校庭から聞こえてくる。

 明日には球技大会があり、件の終業式は明後日と迫っていた。


「なんでもいんです。いや、何でもはよくないんすけど……こう、サプラ~イズ……みたいな」

「別にそれは構わないけど、目的は何なんだい?」

「学生生活で溜めたストレスや鬱憤を吹っ飛ばす! を胸に! ドカンと!」

「うー……ん、なんだか元気すぎて逆に怪しいよねぇ」

「大丈夫っすよセンセー以上に怪しい人なんてこの学校にいやしませんから」

「そうだよね僕ってやっぱり不審者に見えるっていうか一応教職員なんだけどそんな誇らしい職業に似つかわしくないダメな大人でいつも空気が重いとか言われてしまうんだ僕自身も改善しようと努力はしてるんだけどその努力も空回るばかりでいい年した大人がなんてみっともない……」

「すんませんでした、本当に、オレが悪かったんでその握りしめたボタンを置いてほしいのとオレの頭を机にめり込ませてる寺久保先パイを鎮めるようにしてくださいだだだだだだだ」


 寺久保君、という後舎の一声で円道を押さえつけていた寺久保はその手を離した。

 

「申し訳ありません。先生を侮辱するような言葉が聞こえましたので」

「だからって問答無用の実力行使はどうかと思うんすけど……」

「口を慎め、言葉の刃を向けていい者は、同じく刃を向けられる覚悟をすべきだ」

「同じ刃じゃないじゃないすか、言葉の刃を向けたら物理的な刃が返ってくるのは話が違いますって、ねえ」


 いつの間にかまぁまぁと二人を宥めるのは後舎の役目となっており、話を戻そうと二人を落ち着ける。


「まぁ、僕は円道君をよく知っているから、何を企んでいるのかは大方予想がついているけど」

「それはそれで複雑ですけど……?」

「何をするかくらいは聞かせて欲しいよね。大人として、見逃せないこともあるし」

「……まぁ、一言で言うなら」


 行田センセーを、嵌める為に。

 円道ははっきりとそう口にした。

 後舎は目を丸くするが、寺久保は相変わらず気配を消し素知らぬ顔でいる。


「い、行田先生を? あの、こんな根暗な僕にも優しい先生を? どうして!?」

「しょうもない先生だと発覚したので、懲らしめるために」

「懲らしめるたって……そんな、悪者みたいに」

「悪者なんですよ。いいですか、寺久保先パイ」

「?」


 突然話の振り先が寺久保に移動して、彼は迷惑そうな顔をして円道を睨む。

 しかし円道はそれにひるむことなく、力説した。

 確証があったからだ。


「行田センセー、今後舎センセーの隣の席なんすよ」

「そうですね、先日目にしたので知っていますが」

「その行田センセーってのが悪い奴なんです。ぶっちゃけ、犯罪に手を染めてるようなやばい奴です」

「はぁ……それが」

「そんなやばい奴が、後舎センセーと仲良くしてるんですよ」

「!」


 この話をすれば寺久保に火が付くという、確証があった。

 ガタンと椅子を鳴らして寺久保は立ち上がると、歯を食いしばり、後舎の方へと振り返る。


「先生、それは本当のことですか?」

「え、ええと……行田先生が犯罪者だなんてことは聞いたことないけど……」

「ではなく、仲が良いとは、本当ですか?」

「えー……、ま、まあ……僕にも優しい、いい先生だな~……とは思うけ」


 後舎の言葉を遮る大きな音は、寺久保が机に拳を叩きつける音だった。

 彼の手に握られていたハサミが金属製の机に深々と刺さっている。


「先生を誑かす不届き者は、排除せねば」


 寺久保の口からもれた恨み言に、円道はよしよしと内心ガッツポーズする。

 これで揃えたい手札は全て揃った。

 三重野から相談を受けている伊富貴にも声をかけるべきかと考えてはいたが、面倒ごとを持ち掛けるなと番犬ばりにこちらを威嚇してくる大神のせいでそれは叶わなかった。

 とはいえ、彼女は被害者である三重野のフォローを必ず最後までしてくれるはずだ。

 そうでなければ三重野からの感謝の言葉を聞くことは出来ない。

 聖母・伊富貴は必ず彼女を助ける。これは絶対揺るがない確定事項。

 ならば円道たちが仕掛けるべきは加害者である行田教師のみに絞ればいい。

 校内にいる人間が一か所に揃うのは終業式だけなので、その日に必ず捕まえなければいけない。

 そう円道が考えていると、何やら嫌な視線を感じて顔を上げた。

 するとまた、いつもの嫌な笑みを浮かべた後舎がこちらをじっと見つめている。


「……なんすか」

「いやね、君も相変わらずだなぁ……と思って。でも、どうしてそこまでするのかなぁとも思うんだ」

「というと?」

「だって君」


 自ら面倒ごとに首を突っ込んで、それで疫病神なんて呼ばれるんじゃあ。

 自業自得じゃないか。


「君には何の得もないだろうに、ってね」


 後舎からすれば、子供が自ら不幸に首を突っ込むなんて見ていられない光景だ。

 それでも、当人がどれだけ否定しようとも、円道を止めることは出来ない。

 仲良くもない先輩のミスをフォローするために奔走し、親友を助けてくれという他人の依頼の為に動き、死に急ごうとする親友をお節介で助け、下心で接触してくる上級生にも付き合ってやり、冤罪をかけられた教師の嫌疑を晴らすために暗躍した。

 他者からの評価は変わらない。

 得をすることなんて何一つとしてなかった。

 なのに、どうして?

 するとその不幸少年は、まるで自分のことのように答えた。


「だって、夏休みくらい楽しく迎えたいじゃないすか」


 だから一学期が終わるのと同時に、嫌なことは全て清算してしまおう。

 その為にも力を尽くそう、そう円道は何やら手紙を書きながら答える。

 それを聞いた後舎は呆れて肩を竦め、それじゃあどんな爆弾でお祝いしようかと話を進めた。


 

 ◇ ◇ ◇



「にしても春休みのボヤ騒ぎといい、今回の終業式といい、大きな事件を起こしてうやむやにするのが好きだねぇ……円道君は」

「え~~? 春休みぃ? 何のことかオレにはさっぱり……」

「春休み最終日、つまり入学式の前夜だね。ほら、ここからも見えるあそこのコンビニで強盗事件があったらしいんだよ」


 屋上から望める位置にある学校最寄りの小さなコンビニ。

 後舎のいう通り、入学式前夜にコンビニ強盗が起こった。

 しかし警察への通報が上手くいき、サイレンを聞いた犯人は金銭を持ったまま逃走。

 近場にあったこの舞函高校の正門を乗り越えて敷地内に侵入し、警察が去るのを待つことにしたらしい。

 だがちょうどその時タイミング悪く、校内に無断で侵入していた生徒らが花火で遊んでいた。

 もちろん花火で遊んでいた生徒達はコンビニ強盗があった等つゆ知らず、逃げ込んだ強盗もまさか子供が何人もいるとは思ってもおらず。

 直接対峙することはなかったが、強盗はしばらく敷地内から動きたくても動けなくなってしまった。

 コンビニへ駆けつけた警察も犯人の行方を捜すが足跡がわからなくなり、どうしようかと考えていた時である。

 今度は消防車のサイレンが遠くから聞こえてきたのだ。

 どこか火事にでも? と慌てて周辺を見渡すと、近くの学校から煙が上がっていた。

 生徒たちが遊んでいた花火が、学校敷地内にあった可燃ごみに引火してしまったらしく、近隣住民が通報したとのこと。

 学校に逃げ込んでいた強盗犯も消防車のサイレンに反応し、慌てて先程見かけた生徒達がいた場所を確認すると、小さな火が上がっていた。

 火事だ。ここにいてはいけない。

 本能に突き動かされ強盗犯は慌てて正門を乗り越えて学校敷地外に出たところ、彼を待っていたのはもちろん警察であった。


「そして無事に強盗犯は捕まり、火事の通報もほんの少しの火を消すだけで済んだ……というのが春先にあったことの顛末だね」

「あぁ~そういえばそんなこともありましたねぇ」

「でも不思議なことに、火事の通報があった頃にはもう遊んでいた生徒たちはさっさとその場から離れて、既に駅に着いていたんだよね。じゃあ一体誰が、わざわざ山積みになった古紙に火をつけて、消防車を呼んで、強盗犯をあぶり出したんだろうね」

「さあ~~~~? ただの偶然が重なっただけじゃないっすか~?」

「しかも消防車が呼ばれたことにより火事の方が印象強く皆の記憶に残った。コンビニ強盗は確かにあったけど、誰も怪我をしなかった上に一時間とせず犯人は逮捕された。だからこの学校に通う子たちは皆『春にボヤ騒ぎがあったらしいね』程度の認識しかない」

「……」


 学校に半ば住み着いている後舎は、その騒動の日も宿直室にいた為一部始終を知っている。

 そんな彼は、円道のある〝秘密〟を握っている。

 学校中に監視カメラを設置して学校を自分の庭だと呼称する氷樫は、もちろん翌朝に騒動の一部始終を確認した。

 彼女は、円道のある〝弱み〟を握っている。


「いくら事態を最小限に抑えるためとはいっても、ボヤ騒ぎを起こすのはハイリスクすぎないかい? 疫病神君」


 たまたま近くを通りがかった円道は、コンビニ強盗が起こった場面も、強盗が校舎内に逃げ込んだ瞬間も、学校敷地内で生徒らが花火で遊んでいるのも、偶然見てしまった。

 彼がその場にいたからこのようなことが起こったのか、はたまた度重なる不幸な出来事が起きる場面に彼が吸い寄せられたのか。

 鶏が先か卵が先か、それは誰にもわからない。

 しばし沈黙していた円道だったが、突如「あ!」と何かを思い出したかのような声を上げた。


「そうそう、すっかりオレのことを疫病神だと呼んでくれますけどね。センセーだって相変わらずのテロリストっぷりじゃないっすか~」

「えぇ!? い、いや、今回の爆弾は君からのオーダーだったじゃないか。それが何で……」

「いやいや、行田センセーの話っすよ」

「?」

「いや、哀れかな。やっぱセンセーのことを好きになったり懐いたり、仲良くなる人って、結局そういう人らだって改めてわからされちゃいましたねぇ」

「っ――――」


 よよよと悲しむ演技をする円道だが、後舎はすっかり頭から抜け落ちていたことを指摘されたのか途端に凍り付いた。

 テロリストの持つ魅力は相変わらずであり、まさかそれが教師という大人にも影響を及ぼすとは新たな発見である。


「ほ~らやっぱり、センセーに普通の友人が出来るはずないんですって。何が『こんな根暗な僕にも優しい先生』だか」

「……そ、それは」

「これからは近寄ってくる人間は片っ端から怪しまなきゃダメっすよ。つってもセンセーにゃ無理かな~~変なお人よしだしな~」

「じ、じゃあ、君はどうだって言うんだい。円道君、君だって僕にこうして仲良くしてくれるじゃないか! でも君は違うだろう!? まさか自分が犯罪に手を染める危険性を持つという自覚でも!?」

「いや、オレはセンセーに脅されて付き合わされてるだけなんで。センセーのこと崇拝もしてませんし」


 それに関しては会長サマとかの方がわかりやすいっすよね~。

 と呑気に答える円道の横で、後舎は膝からその場に崩れ落ちた。

 あまりにも不幸なその体質は、果たして変えられることが出来るのか……。

 それは誰にもわからないし、それを解決してあげようという気にもならないのが円道の結論だ。

 

 せっかくの一度きりの人生、楽しまなきゃ損。

 そんな人生を悲しみに浸すなど、彼には考えられない。

 だから誰かが悲劇に見舞われているのなら、それを喜劇に変えましょう。

 そのために自分が労さなければならないのなら、それもまた致し方なし。

 とはいえテロリストの歩む悲劇ばかりはどうにもしようがないが、それならば表面だけでも喜劇っぽく、悲喜劇に出来るなら上出来。

 そう説く彼は、さながら疫病神という仮面を被った×××である。


 拍手さながらの風船は天高く飛んでいき、もう目に見えないところまで行ってしまった。

 今回も無事、一件落着。

 ハッピーエンドを迎えることが出来た。

 円道はさあ帰ろうとうずくまる後舎の肩を叩き、屋上のドアを開いてどうぞと促す。

 これにて閉幕、これにておしまい。

 泣いても笑っても、もうお開きの時間だ。


「以上、茶番劇でした」


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