7-5:×××と茶番劇場


 雲一つない、青い空。快晴。

 その青に向かって、赤、黄、緑、オレンジといったカラフルな風船がふわふわと飛び立っていく。

 この風船はやがて見えなくなるところまで飛んで行って、そして破裂するか、中の空気が抜けてしまうかしてどこかに落ちていくのだろう。

 とはいっても今回打ち上げた風船は全て自然に戻る天然素材で出来ているものを使用したので、環境破壊だ何だと怒られることはない。

 後舎は誰もいない屋上の手すりにもたれかかり、空へ吸い込まれていく風船をスイッチ片手にぼんやりと眺めていた。

 一しきり騒ぎ終えた生徒たちが次々と校舎へ戻って行くのが眼下に見える。

 さっさと下校して遊びに行く生徒や、部活を思う存分やるぞと意気込んでいる輝かしい姿を見て、後舎は静かに微笑んでいた。

 そうしていると、背後からドアを開く音が聞こえる。


「やあ、お疲れ様。これで君のお望みはかなったかな?」


――疫病神君。


 そう呼ばれた少年、円道花之は屋上のドアの前に立っていた。

 にたりと笑う後舎の顔を見て、はははと苦笑しながら目をそらす。


「そんな望みだなんて……って言いたいとこすけど、ご協力ありがとうございました」

「いいえどういたしまして。それにしても今回は随分と大掛かりなことをしたもんだね、君も」

「そ~っすか? というか、オレは今回何もしてないっすよーセンセー」

「まぁ君がそう言うならそれでいいけど、でも種明かしくらいしてくれてもいいんじゃないかい? 僕だって突然『終業式のサプライズに大型の爆弾を用意して欲しい』とだけ言われて付き合ったんだから」


――この大きな舞台裏で、君が懸命に走り回っていたことを聞かせてほしいな。


 そう優しい声で後舎はお願いをした。

 しかし、それを聞く円道は眉をぴくぴくと動かして何とも気まずそうな顔をしている。

 それもそのはず。後舎からされるお願いはお願いではない、ただの命令である。

 テロリストと人質という彼らの関係性は決して崩れることはないのだ。


「……種明かし、なんてそんな仰々しいもんでもないでしょうよ。今回あったことといえば」


 ある女子生徒がストーカー被害に遭っていた。

 聖母・伊富貴は彼女の悩み相談を聞き、無事ストーカーから守ることが出来た。

 人殺し・氷樫は犯人である教師を確保し、学校想いの生徒会長として生徒達へサプライズを振舞った。

 大神、寺久保はそれぞれ成すべきことをして、テロリスト・後舎はいつもと変わらず爆弾を起爆させた。

 ただそれだけの話だ。


「オレは何もしてないですよ。……まぁ、しいて言えばオレは疫病神ですから」


 こういう騒ぎには必ず関わってしまうということだけです。

 そう言う円道は空へと飛んでいく風船を仰いで、笑った。



 ◇ ◇ ◇



 ことの発端は望永の様子に気付いたことだった。

 いつもの通り無気力で適当で神出鬼没で、目を離した隙に本当に幽霊にでもなっていたらどうしようと心配のやまない友人を、円道はその日も探していた。

 その日の授業は終わっており、あとは望永を見つけて回収し、無事に家へ送り付ける仕事だけが残っていた。

 今日はどこにいるのやらと探し回っていると、空き教室に彼の姿を見つけた。

 開いた窓に身を乗り出して、その両手はスマホをしっかりと握っている。


「おーい未来~もう帰る時間だぞー……って、何見てんだ?」

「……あの人」


 望永の後ろから歩み寄ると彼は手元の画面ではなく、学校正門の方へと顔を上げていた。

 しかしあの人と言われても、もう多くの生徒が正門をくぐっている。


「どの人?」

「あの髪の短い女の人、やけに後ろを気にしてる」

「……ホントだ。なんだ? 誰かから逃げてんのかな?」

「それは知らないけど……今にも死にそうな顔してるよね」

「……」


 じとりと円道が睨んでも、望永に効きはしない。

 他人に興味をまず持たない彼が突然何をと思ったが、そういうことかと円道は大きなため息を吐く。


「ん~~~~~まぁ、……お前のお眼鏡にかなってしまったということは、そういうことなのか」

「まだ俺の誘いには乗ってくれそうにないけどね。期待大だけど」

「期待大じゃあ困るんだよな~~~???」


 期待大ということはつまり、このまま放っておけばあの女子生徒は死の道を歩むということだ。

 その道に連れ立って歩きたがるのが、この死にたがりの望永未来。

 そうはさせてたまるかと、円道はよしと腹をくくった。




 件の女子生徒は三重野と言い、これといって問題の聞かない生徒だった。

 クラスが違うため直接の面識はなかったが、顔の広い円道の手にかかれば気になった人物のある程度の情報は集められるものだ。

 バスケ部所属、男兄弟が多い、成績は平凡、口数は少なく読書が好きらしいという情報は得られたが、やはり特筆すべきことのない、いたって平和な学生だった。

 しかし平和に学校生活を送っているのなら、あのような顔や何かに怯える素振りは見せないはずだ。

 なので、円道は一度だけ彼女の後をついていくことにした。

 部活を終えたら寄り道もせずにまっすぐ家へ帰る。

 最寄り駅は学校から4駅先で、通学時間も大して長くはない。

 無事に家へ着くと家の中からは明かりが見えるので、帰宅後も一人になることは無さそうだった。

 だが、ここで問題に気付いた。

 途中まで自然すぎて気付くことはなかったが、ある男が円道と同じように彼女の後を追っていた、尾行していたのである。

 しかもその人物は、2年生を受け持つ行田教師だった。


(教師が生徒を尾行? 何で??)


 面と向かって本人に聞くわけにはいかないが、温厚なムードメーカーとして人気と噂のあの行田教師が、三重野を見る目だけには敵意に満ちていると見て取れた。

 しかし、彼は生徒を尾行しているだけ。

 いや尾行をする時点でそれはおかしなことであるし好ましいことでもないのだが、直接的に害を成していないのでどう諫めようかと困ってしまう。

 学校側に尾行の証拠を提出してもいいが、それで火がついて三重野に手を出されては困る。

 しかしこのまま野放しにしておくことも、他人とはいえ気が引ける。

 せっかくあと少ししたら楽しい夏休みが始まるのだ。

 それにもう数日で期末試験が始まるのに、こんなストーカーに怯えていては試験勉強にも集中出来ないだろう。

 三重野自身、ストーカーの正体が行田教師だと気付いているかもわからない。

 というかそもそも、円道のしているこれはただのおせっかいである。

 彼女が誰かに相談しているか、警察にでも相談しに行ってくれていればいいのだが……と考え、円道は「相談といえば、悩める人の話なら何でも知っている人がいるな」ということに気付いた。




 案の定、伊富貴に確認をとると三重野から相談を受けていたことが発覚する。

 そしてやはり彼女は犯人に心当たりがなく、誰にも心配をかけたくないという自己犠牲精神まで持ち合わせていた。

 ならばこれ以上彼女が傷付く前に、行田教師を何とかしなければならない。

 誰も自分をストーカーしている人間と面と向かいたくないだろう。

 それになにより生徒が教師に怯えるなんて、そんな辛い学校生活を選ぶ必要なんてない。

 そこでまずは、手を打った。


「頼む未来!」

「やだ」

「そこをなんとか! 即答しないで!」

「いや」

「一考の余地を! お慈悲を!」

「ハルが自分で何とかしなよ……」

「未来に向いてるから頼んでんじゃん! あ~~そうだな、じゃあ……そうだ!」

「……」

「期末試験のヤマ教えてやるよ!」


 そう提案すると望永のスマホを握る指がピクリと動き、円道はしめたとまくしたてる。


「どうせ今回も全く勉強してないんだろ? 今回赤点とったら補習は夏休み中だぜ!? 暑い中学校なんて来たくないだろ? でも補習までバックレたらお前進学出来ないんだぞ、未来! オレも別にそこまで勉強出来る方じゃねぇけど、張ったヤマのおかげで平均点は毎回取れてんだ、つまり言いたいことわかるよな!?」


 そう望永を壁まで追い詰めると、ハァー……という長いため息を吐いてから、やっと彼の視線が円道の目と合った。


「あの人が死なないように、見張ってるだけ?」

「そう! 見てるだけ! あでも出来ればピンチそうだったら教えてほしい!」

「…………せっかく一緒に死んでくれそうな人なのに」

「それはオレに止められるってわかってんだろ? 諦めろって! な!」

「……さっさとヤマ教えて」

「喜んで!」


 バシバシと肩を叩かれる度に望永の頭は揺れたが、円道はこれでまずひとつと拳を握った。

 そうして次へと移行する。


「ほう、もう使ってしまうのか。私に作った貸しを」

「えぇ、そんな長くとっといても使うかわかんないですし、何より使うなら今でしょうと!」

「ふむ……終業式に何か催し物。一体どんな風の吹き回しだ? 円道花之」


 生徒会室へ乗り込んだ円道は、伊富貴を助けた件で発生した貸しを使うために氷樫へ面会していた。

 そしてもちろん、氷樫にはある女子生徒が教師にストーカー被害を受けていると伝えてある。

 ストーカー等といった俗物が学校にいるなんて、彼女にとって決して許されないことだ。


「どんなもなにも、オレは別に何も企んでませんよ。ただせっかくの夏休みなんですから、嫌なこと忘れて迎えたいじゃないっすか~」

「それがどうして私に相談するのかと聞いているんだ。サプライズやレクリエーションならもっと適任がいるだろう?」

「いえ! 会長サマじゃなきゃと思ってるんです!」


 力説する円道に「どうして?」と氷樫は尋ねたが、彼からは「なんとなく…?」という答えしか返ってこなかった。

 それを聞いて氷樫はため息を吐き、コーヒーの入ったカップを口にした。

 彼女の反応を見て、やっぱり駄目か……と円道は肩を落としたが、カップが置かれる音とともに聞こえたのは予想外の言葉だった。


「いいだろう。余興をしろと強要されて答える筋合いはないが、こればかりは貸しだから仕方がない」

「……え!? いいんすか!?」

「お前がそう望んだのだろう? 何を驚く」


 だって絶対断られると思って……という顔をすると、氷樫はそれを鼻で笑った。


「こういう下らない茶番をするのは相変わらずといったところだな。十中八九、私がその害虫を排除することを利用しようという魂胆だろう?」

「い、いえ、そんな大それたことは考えてなくて……あの」

「どちらにしろ私が知りえない害虫の報告をしてくれたこともあるんだ、喜んでお前の茶番に乗っかろうじゃないか」


 すっかり上機嫌になった氷樫はニコニコと笑っているが、円道は体の震えを止めるので精いっぱいだった。

 もしかしたら、この提案はミスだったのかもしれない。

 比喩表現を超えて、本当にこの人は人殺しになるのかもしれない……。

 そんな恐怖に覚えながら、円道は氷樫との約束を取り付けた。

 しかしその別れ際、氷樫の口から妙な言葉が飛び出る。


「そういえば、あの幽霊は何だ」

「……ユーレイすか?」

「いつもお前が連れているだろう、あの陰気臭い奴だ」

「あぁ、未来っすね。アイツがなにか?」

「何、面白そうな奴だと思ってな。お前も今回の茶番にあの幽霊を巻き込んだのだろう? つまり、使える奴ということじゃないか」


 にやりと口角を上げる氷樫を見て、円道の血の気は一気に引いていやいやいやと身を乗り出して否定した。


「ダメです、あいつはダメです! 会長サマの期待もとい無茶ぶりに応えられるような奴じゃないんで! やめといたほうがいいです!」

「ほう、それは私の身を案じてか?」

「未来の身を案じてに決まってんでしょう!!!」


 円道の必死さに満足してか、氷樫はじゃあいいかと諦める姿勢を見せる。

 よかった、これで親友が被害者になることはなくなった……と円道は胸を撫でおろした。

 だが、


「ではまずは、友達になるところから始めるか」


 という氷樫の声が聞こえた気がしたが、ただの幻聴だろうと円道は頭を振って生徒会室から逃げ去った。


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