第8話

   ☆


 あの日から、さらに1カ月が過ぎた。いつもより早い時間に帰って来て、東口から300メートル歩いたところにある洋菓子屋に寄った。今日はえなちゃんの〇回目の誕生日だった。先週から計画し、俺がケーキを買って帰り、心音が会社の近くのデパ地下で料理を買ってきて、ふたりで去年の生誕祭のDVDを観ようという話になっていた。飲み物はえなちゃんの代表曲と同じ名前のワインを取り寄せてあった。

「ショートケーキはもう売り切れちゃいましたね」

 高校生だろうか。白いシャツに赤チェック柄のスカートを履いた店員の子は、店の奥にも聞いてくれたが、在庫はショーケースの中にあるものがすべてらしい。シュークリームが2個と、モンブランとプリン・ア・ラ・モードが1つずつあるだけだった。

「あ、もし嫌じゃなければですけど、誕生日ケーキが1つキャンセルになっちゃってて。半額でどうですか? もちろんチョコのプレートは書き換えますので」

 「では、Dear.えなで」と伝えると、その子はワントーン高い声で返事をすると、ショーケースの端にあったケーキの箱を持って、店の奥へ消えていた。

 元気いっぱいに笑顔を配る姿がどこかえなちゃんに似ていた。

 数分して戻ってきた彼女は、見せびらかすように真っ白のケーキに乗ったチョコのプレートを見せてきた。そこには、「Dear.えな」の文字と、えなちゃんのイメージカラーであるスカイブルーのハートが2つ並んでいた。

 お金を払っている間も、ケーキを渡す時も彼女はにこにこと微笑んでいた。俺は入口の取っ手に手をかけてから、振り返って彼女に言った。

「あの……、またケーキ、買いに来ていいですか?」

「はい?」

「まだ食べてないけど、わかるんです。きっと、ちゃんと、ていねいに作ってあるってわかるんです。それに、店員さん、恋人と私が好きだった、いや、今はもういない、でも今も好きなアイドルさんにどこか似ているんです。今度は、恋人も連れてきます」

 彼女は微笑んだ。

「そのアイドルさんって、かわいいですか?」

「かわいいです。とても」

「ありがとうございます。またのご来店を心よりお待ちしています」

 扉を閉めた。

 心音はもう家に着いただろうか。ケーキを揺らさないよう、帰路に向かう足を早めた。


 英太が店を出てすぐ、閉店時間を迎えて、彩奈はシャッターを下した。これから、通路の清掃とショーケース磨きと細々とした仕事が待っていた。

 レジ対応も清掃もお店の仕事は大好きだが、閉店後の業務はあまり得意ではなかった。

「ねえ、お姉ちゃん」

 彩奈が2階の居住スペースに向かって叫ぶと、姉がのっそりと動き返事をした。

「お姉ちゃん、私、アイドルみたいにかわいいって言われちゃった。……ちょっとお姉ちゃん、聞いてる? 実家に帰ってきたんだからお店の手伝いしてよ。ねえってば」

 声を大きくしたが、姉は相変わらず気だるそうに、でも、よく通る声でえなは答えた。


「もう。誕生日くらいはゆっくりさせてよ」

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あるアイドルのファンのその後の物語 優たろう @yuu0303

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