第32話

 すべてをリオに任せたほうが、早く解決するのかもしれない。

 彼ならきっとロヒ王国とも連携して、父の不正を隈なく暴いてくれるだろう。

 でも知らなかったとはいえ、ミラベルはドリータ伯爵家の娘なのだ。

 その責任を取らなくては、これから先の人生を、リオと一緒に生きることはできない。

 きちんと自分の手で父の罪を暴き、本当の自分を取り戻してから、リオとソレーヌのところに帰りたい。

「協力してくれるのは、とても有難いわ」

 けれどジアーナはそう言って、ミラベルを見つめる。

「ドリータ伯爵令嬢のあなたが、死んだふりをして身を隠し、父の不正を暴いている。そう言えば、私たちを信用くれる人も多いと思う。でも、ドリータ伯爵を憎んでいる人も多いの。あなたの身が危険かもしれないのよ」

「はい。それはわかっています」

 心配そうなジアーナに、ミラベルは即座にそう答える。

 父の罪をこの手で暴いて、リオとソレーヌのところに帰りたいと思っている。

 でも、もしかしたら父の罪はとても重く、その罪は一族すべてに及ぶ可能性だってある。

 そうなれば、ミラベルも罪人のひとりだ。もうリオのもとには帰れないかもしれない。

 たとえそうなったとしても、父の所業を知ってしまった今、ただのメイドとしてリオの妻になることはできなかった。

「その罪が私に及んだとしても、父をこのままにしてはおけません」

 これから先もドリータ伯爵家の娘であることを隠し、ただリオに守られて、平穏に暮らすことなど考えられない。

 ミラベルは、そこまで覚悟を決めていた。

「……ごめんなさい。あなたのことを、少し見くびっていたわ」

 そんなミラベルの強い意志に、ジアーナはそう謝罪してくれた。

「いいえ」

 彼女がそう思っても仕方がないと、ミラベルは首を横に振る。

 ソレーヌから提案されたとはいえ、婚約者から逃げて失踪した。

 さらにミラベルが死んだのではないかと誤解したことを利用して、別人に成りすましていた。そんな状態でリオのプロポーズを受けて、ロードリアーノ公爵夫人になろうとしていたのだ。

「私の過ちを正す機会を与えていただき、ありがとうございます。必ず、父の不正を暴いてみせます」

 もう逃げたりしない。

 そう強く決意したことは、ジアーナにも伝わったようだ。

「ありがとう。リオにも事情を説明しなければいけないわね。ああ、まずミラベルをこんな形で拉致してしまったことを、謝罪しなければ……」

 きっとリオもソレーヌも怒っているだろうと、ジアーナは不安そうだった。

「それから、ミラベルに協力してもらえることになったと話さなくてはならないわね」

「いえ、リオには会いません」

 一度ロードリアーノ公爵邸に戻ろうと提案するジアーナに、ミラベルはきっぱりとそう言った。

 本当は会いたい。

 今だって、彼の傍を離れたくない。

 でもリオに会ってしまえば、縋りたくなってしまうかもしれない。

 きっと思いがけずに父の罪を知ってしまい、怯えるミラベルを優しく慰め、そして守ってくれるだろう。

 でも、それでは駄目なのだ。

 それにリオもソレーヌを、ミラベルをとても大切に想ってくれている。だからミラベルがジアーナに協力することを、きっと許してくれないだろう。

 ミラベルを騙すような形で連れ出したジアーナに対しても、厳しい目を向けるかもしれない。

「でも……」

 心配そうなジアーナに、ミラベルは安心させるように言った。

「もちろん、もう無断で姿を晦ますつもりはありません。リオにもソレーヌにも、詳しい事情を記した手紙を書こうと思います」

 そこには、ミラベルが自分の意志でジアーナに同行し、父の罪を暴くために協力することになったと書くつもりだ。

 それを伝えると、ジアーナは安堵した様子だった。

「ありがとう。でも、私も自分の罪から逃れるつもりはないわ。すべてが終わったら、脅迫目的であなたを誘拐したことを告白する。必ずそうするから」

 ミラベルはそんなことをする必要はないと言ったが、ジアーナは聞き入れてくれなかった。


 こうして、馬車はロードリアーノ公爵邸には戻らず、そのまま王都に向かった。

 ジアーナは秘密裡に王都に隠れ家を所有し、その場所を拠点として、この国で調査をしていたようだ。

 古びているが、手入れが行き届いた清潔な屋敷で、元は裕福な商人が別荘として使っていたものらしい。

 その屋敷にジアーナはミラベルの部屋を用意し、メイドも付けてくれた。

「何か足りないものがあったら、何でも言って。私は普段、王城に滞在しなければならないけれど、この屋敷の者に言ってくれたら、すぐに私に連絡をしてくれるから」

「はい。ありがとうございます」

 動きやすい部屋着も、何着か用意してくれた。

 とりあえず着替えを済ませたあと、リオとソレーヌに宛てた手紙を書く。

 すべてが解決するまで、リオにもソレーヌにも会わないつもりだ。だからつい、今までの感謝などといった、余計な言葉を書いてしまいたくなる。

 でも、できるだけわかりやすいように簡潔に、父の悪事を知ったこと。それを暴くために、ジアーナに協力するようになったことだけを書き記した。

 封をしようとしたあとに、思い立って、こう書き足す。

『必ず、リオのところに戻ります。だから待っていてください』

 父の罪次第では、果たせない約束かもしれない。

 それでもこれだけは、書かずにはいられなかった。

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婚約者が浮気をしていたので失踪したら、冷酷なはずの公爵様に溺愛されました。 櫻井みこと @sakuraimicoto

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