第31話

 父は、金の亡者だと蔑まれることがあった。

 ほとんどは裕福なドリータ伯爵を妬んでいた者の仕業で、だからミラベルもあまり気にしないようにしてきた。

 けれど父は、商売のことばかり考えている仕事人間ではなく、違法な取引や人身売買に手を染めていたというのか。

 しかもこの国ではなく、数年前までは関係が悪化していたロヒ王国での犯行である。

 国交が途絶えていたこともあり、罪を犯したとしても、簡単には発覚しないと思ってそうしたのだろうか。

(そうだとしたら、悪質な……)

 そんな父に嫌悪感を抱くが、何も知らなかったとはいえ、ミラベルもドリータ伯爵家の娘だったのだ。

 家業には関わらせてもらえなかったので、何も知らなかった。

 もう死んだことになっているので、ドリータ伯爵家とは関係がないとは、とても言えない。

 ロヒ王国の子どもたちに、父の被害者にどうやって償えばいいのだろう。

(ドリータ伯爵家に戻って、証拠を探してみる? でも、私は父の仕事には関わらせてもらえない。父の部屋にも入れない。従兄弟もきっと、私の話なんて聞いてはくれないだろうし……)

 その従兄弟も、父が後継者として育てていることを考えると、共犯の可能性もある。

 ならばジアーナの言うように、父の不正を暴くには、リオが適任なのかもしれない。

 そしてロヒ王国の王女ジアーナがロードリアーノ公爵家に嫁ぎ、自国の被害者を救出する。

(きっとそれが一番良い方法だった。私さえ、いなければ……)

 敵対する派閥というだけではなく、違法な闇取引をしているドリータ伯爵家の娘なのだ。

 これ以上、リオやソレーヌと一緒にいると、彼らに迷惑が掛かる。

 今からでも遅くはない。

 メイドとの婚約がなくなったくらいで、リオの評判は落ちたりしない。

 むしろ他国の王女を迎え入れることによって、ますます高まるだろう。

 ララード王国の国王は、ロヒ王国との結びつきが強くなりすぎるのを警戒しているようだが、この国の貴族が他国で違法な闇取引をしているとなれば、話は別だ。事件解決のためにも、その賠償のためにも、ジアーナの降嫁を受け入れたほうが、ララード王国にとっても都合が良い。

 それに、父の悪事が明らかになれば、第二王子派にも多大な影響を及ぼす。

 ソレーヌの婚約者であるロランドが王太子になる日も、そう遠くないに違いない。

 そんなときに、犯罪者の娘が傍にいるわけにはいかない。

「私をこのまま、どこか遠い町に捨て置いてくれませんか?」

 自分がこのまま消えれば、すべて上手くいく。

 どうせ死んだ身である。

 そう思って、ジアーナに頼む。

 思えば、自分を浚った人間に解放してほしいと頼むなど、承知してくれるはずもない。

「そんなこと、できるはずがないでしょう?」

 けれどジアーナは驚き、ひどく動揺した様子で、ミラベルに謝罪した。

「ごめんなさい。私はただ、リオに話を聞いてもらいたいだけ。あなたを人質のように攫ってしまったことは、本当に申し訳ないと思っている。でも危害を加えるつもりはないし、リオに協力を強要するつもりもないの。だから……」

 ジアーナは、ミラベルがリオの足手まといになるくらいなら、姿を消すことを選んだと思っている。

 それは間違っていないが、理由は攫われたからではなく、ミラベルがあの父の娘だからだ。

 ジアーナは、ミラベルの申し出を承知してくれない。

「いくら子どもたちを助けたいとはいえ、あなたを浚ってリオに協力してもらおうなんて、卑怯だったわ。リオの屋敷に戻りましょう」

 それどころか、このままロードリアーノ公爵邸に戻ろうとする。

 孤児院の子どもたちを思って少し暴走しただけで、本当は心優しい王女なのだろう。

「いいえ、戻れません」

 だからミラベルは、彼女に自分の素性を打ち明けることにした。

「今のお話を聞いて、私は彼の傍にいてはいけないと悟りました。……私は、メイドではありません。本当の名は、ミラベル。ドリータ伯爵の娘です」

 さすがにそれを知れば、ミラベルをリオのもとに送り届けようとは思わないだろう。

 ジアーナは驚いたように目を見開き、あらためてミラベルを見つめる。

「……っ」

 具体的な名前は出さなかったが、事件の黒幕がドリータ伯爵家だということを、彼女も知っていたのだろう。

「ドリータ伯爵の? でも、彼の娘は死んでしまったと聞いたわ」

「実は、ソレーヌとは学生時代からの友人で……」

 ミラベルはこうなった経緯を説明した。

 婚約者が王城の夜会で、浮気相手と密会していたこと。それを見て、失踪を提案してくれたソレーヌと、王城から逃げ出したこと。

 そして元婚約者の勘違いを使用して、死んだことにしてあの家から逃げたことも。

「そうだったの。そんな不誠実な男性との結婚から逃げられて、良かったわ」

 ミラベルの正体を知っても、ジアーナはそう言ってくれた。

「でも、ただでさえ政敵の娘を匿っていることで、リオとソレーヌには迷惑を掛けてしまうかもしれないと心配していました。その上、父がそんなことをしていると知ったからには、もうふたりの傍にはいられません」

「でも、あなたは何も知らなかったのでしょう? 私は、親の罪を子がそのまま背負わなくてはならないとは、思わないわ」

 ミラベルの正体を知れば、罵倒されても仕方がないとさえ考えていたのに、ジアーナの声は優しい。

 その優しさに流されてしまわないように、首を横に振った。

「いいえ。たしかに父は、私を家業に関わらせず、必要以上に勉強することも嫌っていました。ですがあの家に生まれた私が、何も知らなかったので関係がないとは言えません」

 リオとソレーヌと一緒に生きることができる。そう思うと、しあわせだった。

 でも父の悪行を聞いてしまったら、もう何事もなくふたりの傍にいることはできない。

 リオを愛している。

 ソレーヌのことが好きだった。

 だからこそ、離れなくては。

「……でも」

 そう決意したミラベルに、ジアーナは悲しそうに言う。

「ふたりのことを大切にしているから、一緒に居られないと思うあなたの気持ちもわかるわ。たしかに何も知らなかったとはいえ、あなたを利用してリオたちを蹴落とそうとする者はいるでしょう。でも、リオの気持ちはどうなるの?」

「リオの?」

 その言葉に、愛を告げてくれたときの彼の顔が浮かんだ。

 死んだ身では彼の足手まといになってしまうと思い、断ろうとしたミラベルに、領地運営の手伝いをしてほしいと言ってくれた。

 リオならば、どんなに忙しくても自分で何とかできるだろう。

 それなのにミラベルのために、リオのために役立てる道を示してくれた。

 一緒に生きたいと願ってくれたのだ。

「花を選んでいるときのリオは、本当にしあわせそうだった。傍から見ていても、贈る相手のことを、心から愛しているのだとわかるくらい。それを利用しようとした私が言って良いことではないけれど、リオの気持ちも考えてあげて」

「……リオ」

 彼のことを思うと、胸が痛くなる。

 涙が頬を伝って流れ落ちた。

 愛している。

 だからこそ、傍にいられないと思うけれど、その選択はリオを傷つけてしまうのか。

 たしかにミラベルがこのまま帰らなかったら、リオもソレーヌも、父や元婚約者とは比べものにならないくらい、必死に捜してくれるだろう。

 失踪に関わったジアーナとの関係も、悪化してしまうに違いない。

(これからもふたりと一緒にいるためには……)

 自分さえ立ち去ればすべて上手くいくと考えていたのは、逃げなのか。

 本当に大切ならば、愛しているのならば、守るために戦わなくてはならない。

(きっと私にも、できることはあるはず)

 ミラベルは涙を流したまま、まっすぐにジアーナを見た。

「私に、ジアーナ殿下の手伝いをさせていただけませんか。父の罪を、この手で暴きたいのです」

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