第6話 二重の囮
ジャンは、自軍五百に出陣を命じました。馬に飛び乗ると
五百の騎馬に押されて二百五十人が、城を包囲する兵にどっと雪崩れ込んでいく。
その光景に敵方の将兵諸侯も慌てたことでしょう。敵兵は反射的に弓を放つ。ですが、逃げ惑う人々の中にブリンケン王がいるのです。打ち方やめい、打ち方やめい、という怒号がそこかしこから聞こえて来ました。ブリンケン王に流れ矢が当たってしまっては取り返しがつかない。
敵の混乱の中、私たちは城の包囲網を誰一人欠けることなく突破出来ました。本当の戦いはこれからです。市街地を駆け抜けていきます。敵の騎兵も追って来ていました。私を討ち取れば栄誉も褒美も思いのままです。
しかも、私は剣も握れない公爵令嬢です。こんな好機、またとない。敵が欲にくらんでいるのが見え見えです。
それは身分の上下なぞ関係ない。私たちを真っ先に追った先頭はいざ知らず、敵は統率が取れない
私たちは王都をあとにしました。陣形を菱型の密集隊形にし、私はその中心にいます。
草原を進み、緩やかな丘を登っていく。すぐ後ろに敵百騎程。それから少し離れて数千騎が追って来ています。さらに後ろはまだまだいるようです。王都から虫が湧いてくるように多くの騎兵が草原に雪崩れ込んで来ました。
私たちが丘の中腹に差し掛かった頃、空に幾つもの風切音がしました。無数の矢です。
「姫様、アルナルディ公のお出ましです」
ジャンの言葉です。ジャンは私から片時も離れていません。
矢の雨が、私たちのすぐ後ろの敵に降り注いでいます。ロングボウの一斉射撃です。敵騎兵がバタバタと馬から落ちていきます。矢が馬にあたり馬ごと転倒していく騎兵もいます。彼らは瞬く間に壊滅してしまいました。
丘の上にはお父様の軍の姿がありました。三万の騎兵が横に展開しています。攻城戦用の
大きな石は出遅れて追って来た騎兵をたちまち押し
私とジャンは丘の上からお父様の軍が王都ラミデスに向けて突き進むのを見ていました。統制が取れていない有象無象の敵がお父様の軍とぶつかると次々と霧散していく。
☆
お父様は空席の玉座を後ろに捕虜となった貴族たちに問い
ブリンケン王の死体が床に転がっていました。頭に矢が刺さっています。ウラール王太子、そして、その弟らも矢が刺さって死んでいました。王族の男子が絶えてしまったのです。
「我々はブリンケン王を解放したのだ。それなのに矢を射かけるとは貴様ら、何たる所業か。ボドワン・ワトー、マリエット親子は王を惑わした罪で絞首刑とするが、
捕虜となった諸侯らは自らの潔白を訴え、跪いて命乞いをしました。何を隠そうブリンケン王は私たちによって手にかけられたのです。使用人を解放する時にジャンの手の者を紛れ込ませていました。当然、お父様もそれを承知の上で捕虜の貴族たちを責め立てているのです。
大勢の
「恐れながら申し上げます。王が亡くなられたのは誠に痛恨の極み。不幸にも王太子も亡くなられて王統が途絶えてしまいました。王が不在で国と言えましょうか。誰かが王にならなくてはなりませぬ」
そうです。潔白を示そうなんて無駄なのです。フンメル卿はここでどうすれば自分たちが助かるのかを理解している。
他の貴族たちも、はっとしました。顔を見合わせ、誰がその言葉を言うのかそれぞれが目で確認し合っております。
やがて王家の分家筋に当たるキューネ公爵に皆の目線が集まりました。キューネ公も自分の役目を分かっているようです。
「ジドも脅威だ。ここは武勇の優れたアルナルディ公が適任と思うが」
誰もがその意見にうなずいて見せた。お父様は、分かった、皆がそこまで言うのならと玉座の前に行き、諸侯を見渡しました。
諸侯は一斉に膝を突き、頭を下げました。お父様はそれを確認すると玉座に腰を下ろしました。
☆
ジド国との
私はというと、王太女となりました。そして、陛下はジャン・バランドを王配として迎え入れると約束して下さいました。ジャンは相変わらず戦場を駆け巡っております。ですが、王都に帰ってくると必ず野山の花を摘んで私に会いに来てくれます。そして、風にあたろうと私を外に連れ出してくれるのです。
私の愛する人。ジャンを心に想い描き、私は昔のように心安らかに本を読んでおります。ですが、この幸せを奪うとする者がもし居たとしたら………。
私はその者を絶対に許しません、それが誰であろうと。
《 了 》
安楽椅子軍師の公爵令嬢、婚約破棄と追放で無双する 悟房 勢 @so6itscd
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