第5話 無名の軍師


テベのジド軍をほふったお父様の軍は取って返すと遅れて河をさかのぼって来た漁船二百にそれぞれ乗船、河を下って北上しました。


山岳地に防衛陣地を築いていた我がリア軍三万も即座に移動。リマ河岸に陣を張りました。河口シオからお父様を追ってきたジド軍三万を牽制するためです。当然ジドは動けない。


お父様の軍は河の流れに乗って短期間でシオに到達しました。そして、ジド国側に着岸するとシオに残っていたジド軍二万を側面から攻撃し、撃破したのです。


ジドのディルク王はその報を山岳地テベに向かう行軍中に聞いたそうです。軍を反転し、河口のシオに向かわせることも考えたようですが、結局は休戦を決意した。


我がリア国と敵国ジドは交渉の末、双方とも休戦協定に調印致しました。それによってリア国はシオ周辺の肥沃な土地一帯と水源であるテベ周辺の山岳地帯を得ることになったのです。


一つ付け加えるならボドワン・ワトー伯爵はお父様と共にシオ方面軍に加わっていたそうです。軍を一切動かさず、ずっと敵軍と対峙していた。戦ったのはお父様の軍が引き返してからです。ですが、その褒美としてジド側の肥沃な土地の一部と都市を手に入れていました。


策を考えたのは私です。ですが、実際にそれをやるとなると話は違います。私は本を読んで空想ばかりしている。


他人事のように思っていたから策を立てられた、と言えば語弊ごへいがあるかもしれません。


敵が油断しているとはいえその数十万。剣も握ったことが無い女がその中を突破する。私にそれが出来るかどうか。


「ご心配なさらぬよう。我らが命に代えても姫様をお守りいたします」


「ジャン。頼みます」


ジャンは返事をすると味方に向けて手で合図を送った。角笛が響き渡る。城を囲む敵将兵諸侯らがざわつき、その誰もが城壁の上の私たちを見上げていた。


ジャンは彼らを見渡し、静まる頃合いを計って大音声だいおんじょうを発しました。


「皆の者、聞けい! アナ・アルナルディ令嬢の御厚意でブリンケン王を解放する! 今から城門を開けるので手出し御無用として頂きたい!」


城を囲う敵兵に目立った動きは見えませんでした。呆気に取られているのです。このタイミングで私たちがブリンケン王を解放すると夢にも思ってなかったでしょう。彼らが考えているのはおそらくこうです。


籠城はアナ・アルナルディの優位に働いている。十万におよぶ将兵の食糧だけが問題ではない。この二か月の騒動を、ジド国ディルク王が見逃すはずはない。実際、旧領回復に兵を動かし、マイ河河口の一部を奪還している。


もしかして、籠城している者たちとディルク王が通じているのではないか。玉砕覚悟の籠城ではなく、後詰めがあり、それがディルク王。


だとしたら、城方が虎の子のブリンケン王を手放すはずがない。籠城が長引けば長引くほど城方が有利となるはず。それがなぜ。


青天の霹靂へきれきだった。日々囲む兵らを観察していてもよく分かります。持ち場から離れている者が大勢いる。案の定、このに及んで指揮官が軍の態勢を整えられない。


私は跳ね橋を下ろさせました。そして、兵士にブリンケン王の喉元に短刀を突き付けさせ、その兵士と共にブリンケン王に跳ね橋を歩かせます。


ブリンケン王には、味方の者に手を出すなと命じろ、と言ってあります。ご自身も流れ矢に当たりたくはないでしょう。


王冠などはなく、城の使用人と同じ出で立ちをさせていることもあります。声を上げなければ誰も王と見分けられない。特に下級の兵士などには。


当然、ブリンケン王は己をアピールします。攻撃も許さない。


わめき散らすブリンケン王が跳ね橋の中央に差し掛かかります。私はとりこにしていた他の者たち、城の使用人合わせて二百五十も一斉に解放しました。


もちろん、ウラール王太子、マリエット・ワトーらもです。跳ね橋に多くの人が殺到しました。貴賤なぞ関係ありません。我先に逃げようとするのは人の心情というもの。その機を見計らい私はジャンに命じました。


「今です」


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