第22話 解決、そして出発

 ラクモが王の所へ行っている間、ワローズとタルブはクレマを連れてリージアの元へ向かっていた。

 クレマには、ワローズの魔法によって見えない手枷てかせがはめられているので、逃げることはできない。

「リージア様」

「ワローズ、クレマ。本当に大丈夫なの? ラクモはあのように言っていたけれど、中へ入ったらまた草が伸びて来た、なんていやよ。災いの石とか言っていたけれど、それは何なの? そんな物がお城の中にあったなんて、本当に恐ろしいこと。一体、誰が持ち込んだのかしら。まさか、砕いたと叫んでいた本人じゃないでしょうね」

「災いの石が城内にあった経緯は、リージア様がよくご存じかと」

 まるでラクモが自作自演したかのような言い方をするリージアに、ワローズは淡々と言い返した。

「何ですって? ワローズ、お前は……この私が災いの石を持ち込んだとでも言うのっ。何という侮辱。私が誰だと思っているの。いくら長年王家に仕えている魔法使いでも、許される言葉ではありませんよ」

 リージアは顔を真っ赤にして、ワローズを怒鳴りつけた。

 周囲に控えている側近が、どうしたものかとお互いに目配せをしているが、誰も動かない。へたに動くと、自分がとばっちりを受けかねないからだ。

「リージア様には、呪いの石と申し上げた方が、おわかりになりやすいでしょうか」

「いい加減になさい。私は呪いのダイヤなど、見たことも聞いたこともありませんっ」

「今日のリージア様は、大変に雄弁でいらっしゃる。私は、ダイヤなどと一言も申し上げてはおりませんが」

 ワローズの言葉に、リージアははっきりわかる程青ざめていった。

 扇で口元を隠し、ワローズから視線をそらす。

「お母様、どうなさったの?」

 何も知らない娘のトレアが、母を気遣う。リージアは震える声で「何でもないわ」と答えるだけで精一杯だ。

 この娘が一番気の毒だ、とワローズは思う。

 彼女は、母親とは違って優しい性格だ。自分の母が父や異母兄を殺そうとしたと知れば、どんなに胸を痛めるだろう。

 自分で権力をふるいたい、という望みがリージア自身にあったとは言え、最終的に母が娘を王位につかせるためにしたことだと知れば、なおさらだ。

 リージアがどんな罰を受けるにしろ、トレアにそのとがが向かないことをワローズは心の中で祈るしかない。

 短い沈黙の時間を断ち切るように、ラクモがこちらへ来た。

 いつも尊大な態度で応じるリージアだが、ラクモから顔をそむけ、さらには扇で隠す。

 普段とはあまりに違う主の素振りを、侍女達はいぶかしげに見ていた。

「義母上。今回の原因については、クレマから聞きました。追って沙汰があるまで、自室での待機をお願いします」

 リージアは、ワローズの隣に立っているクレマを見た。

 自分のお抱え魔法使いはうなだれ、その顔から完全に生気が失われている。

「クレマから何を聞いたと言うの? あなた達、他の人間の目がないのをいいことに、彼女に何かしたのではないでしょうね」

 端から見れば、リージアがクレマをかばっているように思えなくもない。

 本音は、クレマが余計なことをしゃべれば自分の立場が危うくなるので、彼女を自分の手元に取り返したいだけ。

「義母上のおっしゃる何かとは、例えば呪いなどですか」

 ラクモの言葉に、リージアはぎくりとする。

 呪いのダイヤについては、自分とクレマしか知らないことのはず。さっき、ワローズに向かって口走ってしまった「呪いのダイヤ」という言葉が、ラクモまで届いていたとは思えない。

 一体、何が城の中であったのか。

「リージア様、自分はずっとクレマのそばにおりました。しかし、ワローズ様が彼女に魔法をかけているところは見ておりません」

 タルブが証言する。

「その点について義母上がどうしても疑われるのであれば、よその街から別の魔法使いを呼ぶなりしてお確かめください。後ほど、王に城内での経緯を説明します。その際には、クレマにも自分が見たこと、口にしたことを話してもらうつもりでおりますので、必ず義母上も御同席ください」

「口にしたことですって? お前達、クレマを脅しつけ」

「義母上」

 ラクモがリージアの言葉をさえぎった。

「自室で、静かにお待ちください。……こう申し上げることが、私にできる最後の親孝行です」

 ぐっと詰まったリージアは、ラクモを睨み付けた。

 だが、背中を向け、城へと入って行く。何かよくわからないまま、トレアが母の後を追った。

 侍女達はしばらく呆然と突っ立っていたが、慌てて主とその娘を追う。

 ワローズに言われ、タルブが部下の近衛兵を呼ぶと、クレマを監禁するために連行した。

 その様子を近くで見ていたツキ達は、全てが解決に向かったようでほっとする。

 この様子を見ていた城で働く人達も、順次持ち場へ戻った。

 しばらくあれこれと指示を出していたラクモだが、どうやら一段落ついたようだ。

 中庭で待っているツキ達の方へと来る。ワローズも一緒だ。

「みんな、ご苦労だった。特にハナちゃん、ありがとう」

 いつの間にかハナちゃんは元の大きさに戻り、ツキの隣に立っている。

「ハナちゃんねぇ、ツキが大好きだから、ツキのとう様のお手伝いしたの」

 ラクモに礼を言われ、にっこり笑うハナちゃん。

 ツキの関係者を手伝えば、ツキは喜ぶ。ツキが喜ぶなら何でもする、という図式である。

 ハナちゃんの言い出した「すり替え作戦」にトーリィが乗っかり、風の実を取り戻すだけでなく、王の暗殺まで防いだ。

 おいしいとこ取りはラクモだが、誰がダイヤを割る役をしたとしても、この作戦はハナちゃんの力なしではできなかった。

「しかし、まさか最後にハナちゃんがトーリィに向かって誰と聞くなんて、思ってもいなかった。導け、とまで言われて。あれではまるで」

「国の守護神、か? まぁ、いいじゃないか」

 トーリィが笑う。

 本当はトーリィが「呪いは消えた」という意味のセリフを言って消える、という段取りだったのだ。

「本当なら、クレマにダイヤを壊すところを見せ付けるだけだったが、あの飛び入りも一緒に見たことでちょうどいい証人もできたんだ。使わない手はない」

 タルブが同行することは、もちろん予定に入っていなかった。

 しかし、彼がラクモのダイヤ破壊シーンや、トーリィが守護神のような顔で人々を導けと言ったのを見聞きしたことで、完全に無関係な第三者の証言が得られる。

 リージアがどんな攻撃をしてこようと、タルブが記憶を失いでもしない限り、本人も知らないうちに最強の盾となってくれるはずだ。

「私が戻った後で、そういう細かい計画をたてたのか?」

「ぼ、ぼくは知りません。あそこでハナちゃんが何か言うなんて、聞いてないです」

「私も。横で聞いていて、びっくりしたくらいだわ」

 ハナちゃんのセリフは、作戦に全然入ってなかったはずなのだ。あれにはツキやフウだって驚いている。

「俺が、ハナちゃんにだけ言ったんだ。ずっと芝居をしていると、みんな疲れるだろ? 新鮮な驚きがあって、誰もが自然にふるまえたからよかったじゃないか」

「トーリィ、いつの間に……」

 風の実を取り戻して魔法が使えるようになったからって、いきなり?

 しかも、ハナちゃんはずっとツキの肩にいた。ハナちゃんにささやけば、ツキにも聞こえるはず。それがわからない、ということは竜同士の会話ということか。

「トーリィがこう言ってって言うから、ハナちゃんは言っただけだよ」

「ああ、ハナちゃんは本当にいいタイミングで言ってくれたよ。これまでは呪われた王子、などと噂をたてられていたようだが、呪いを打ち砕いた王子、という新しい噂がたつんじゃないか?」

「あ、そうだね。これでお父さんの名誉挽回になるんだ。じゃあ、あの会話は必要不可欠だったってことだよね」

「おいおい。ダイヤの件はともかく、私はそこまで求めては……」

 あまり欲がないところは、ツキと似ている。

「いいえ、いつまでも悪い噂がつきまとうのは困ります。これまでの不吉に思われることが、全て吹き飛んでもらわなくては」

 ラクモのことを親身に考えているワローズにすれば、明るい噂がたってくれることは願ってもないこと。計画的だろうとアドリブだろうと、そんなことは構わない。

「これで新しい縁談がまとまれば、晴れて王位を継ぐこともおできになります」

「……そうだな」

 ツキの前で、あまり縁談の話などしたくない。

 しかし、ラクモにとって、この国にとっては必要なことなのだ。

「なぁ、ツキ」

「はい」

「フールはどこで眠っているんだ? モザの村か」

「はい。フウのお父さんや村の人達が、埋葬してくれたそうです」

「一度でいい。その墓へ行くことは……できるだろうか」

 ラクモの言葉を聞き、ツキがフウを見た。

 これまでずっとモザの村で育って来たのだから、ツキにとってもあそこが「自分の村」と言える。

 しかし、厳密に言えば白翼はくよく人の村。人間のツキが勝手に了承してもいいのか、迷ってしまう。

「ローバーの山頂付近にあります。人間の足じゃ、ちょっと無理かも」

 ツキの気持ちがわかったフウが、代わりに答えた。

「山頂……そうか、きみ達には翼があるから、山の上でも関係ないんだな」

「あまりお披露目するような村じゃありませんけど」

「たとえ新しい地図を作らせることがあっても、名前を書き込むことはしないよ。きみ達が望むなら別だが」

「よその人達に知られることは、誰も望まないんじゃないかしら。でも、悪意のない来訪者を追い返すようなことはしませんから」

「わかっているよ。そんなことをされたら、私は今頃ツキに会うことはできなかっただろうからね」

 よそ者を排除するような村なら、フールはもっと早くに亡くなっていただろうし、ツキも助かっていない。ラクモにとっても、モザは恩人の村だ。

「さて、俺はここを出るつもりだが、ツキ達はどうする?」

「あ、ぼく達も帰るよ。ネマジやみんなが心配してるし」

 ツキにくっついて来ただけのフウやハナちゃんも、ツキが帰るならもちろん一緒だ。

「そうか。帰るか」

 せっかく会えた息子が、もう行ってしまう。

 それを知って、ラクモの表情は少し淋しげになった。

「いつになるかわからないけど……また来てもいいですか?」

「当たり前だ。いつでも来い。私がモザの村へ行く方が、ずっと早いかも知れんぞ」

 ラクモは本気でフールの墓参りをするつもりのようだ。

 再び会う約束をし、息子が城を後にするところをラクモは見送った。

「よろしいのですか、ラクモ様。今なら、まだ引き止めることもできますが」

「いや、いい。あの子が王家に縛られたくないと言うなら、私はその望みをかなえてやりたいんだ」

 会えなくなるのではない。しばしの別れ、というだけだ。

「さぁ、義母上がどんな言い訳をするか、聞きに行くとするか」

 リージアが別荘という名の牢獄に幽閉となったり、クレマが魔法を封印されて短い生涯を牢ですごした、というのは後日談である。

☆☆☆

 ラクモ達と別れの言葉を交わし、ツキ達は城を後にした。

 街を出て人気のない場所まで来ると、トーリィがその姿を変える。

「うわ……すごい」

「トーリィ、きれいね」

 昨日までは、変身しても大きな鳥の姿だった。

 風の実を取り戻した今、トーリィは真っ白で巨大な竜の姿になる。

 花竜かりゅうと似ているが、違うのはその背に大きな翼があること。その翼も見事なまでに白い。これが本来の風竜の姿なのだ。

「村まで送ろう。今なら全員乗せたところで、大した重量には感じないからな」

 ツキ達は喜んでその背に乗った。トーリィは浮かび上がると、ローバーの山を目指す。

「こうして自由に飛び回れるのも、お前達のおかげだな。感謝する」

「えー、いいよ、感謝なんてさ。ぼくだって、お父さんが見付かって感謝してるんだから。話はできなかったけど、おじいさんまでわかったんだしさ」

「私は面白い体験ができて、楽しかったわ」

「ハナちゃんはツキとずーっと一緒」

 一緒で楽しかった、ということのようだ。

「それにしても、こうもすぐに見付かるとはな」

 ずっと捜し続けて、だがまともな手掛かりさえなかったのに。ツキ達が関わった途端に見付かった。これまでの時間は何だったのだろう。

「すぐじゃないよ、トーリィ」

「え?」

「今までトーリィがずっと捜していて、だからやっと見付かったんだ。ぼく達はたまたまその直前にトーリィと会って、一緒にいたら見付かったってだけだよ」

「……そうだな」

 一緒にいたら。もし一緒にいなかったら、まだ捜し続けているだろうか。

 いや、そんなことはもういい。

 風の実は見付かり、こうして羽ばたいている。自由に飛んでいる。今まで以上に風を感じる。

「トーリィは、これからどうするの?」

「ようやく翼を取り戻せたんだ。思う存分、世界を飛び回るさ」

「あ、いいなぁ、それ。ぼくも色々な世界を見てみたい」

「そうね。小さな村の中だけじゃなく、たくさんの山や森や街を見たいわ」

「ハナちゃんはツキが行くところ、みーんな行きたい。ね、これから行こ」

 時々出る、ハナちゃんの無茶。

「ええっ? ダメだよ、一度は帰らないと。みんな心配してるんだからさ」

「だって、かえったらもう出ちゃダメって言われちゃうもん」

 以前に聞いたことがあるようなセリフだが、確かにありえそうな気はする。ちょっと出掛けるつもりだったのに、何日経っているのやら。

「だからって、このままはまずいよ。ね、トーリィ?」

「それはそうだが……お前達、本当に一緒に来るつもりなのか?」

「え? あ、ぼく達が一緒じゃ、自由に飛び回れないかな」

 くすりと笑ったように聞えたのは、風のせいだろうか。

「いや、構わないぞ。それじゃあ、まずは花竜かりゅうの説得からだな。一番の功労者であるハナちゃんを置いて行ったら、呪われるどころじゃ済まなくなるぞ」

「きっと、私達全員が緑の糸巻きにされちゃうわね」

 ツキ達が笑い、ハナちゃんは不思議そうな顔をしている。

「もうすぐ着くぞ」

「え、もう?」

 竜の翼は魔鳥のそれとは比べものにならない、と聞いていたが、ツキは実感した。

 住み慣れたローバーの山が、近付いて来る。この山を再び飛び出した後、次はどんな世界が待っているのか。

 そう考えると、ツキはこれまでない程に胸が高鳴るのだった。

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風の行方 碧衣 奈美 @aoinami

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