第21話 魔法使いの自白
クレマは自分の身体を抱き締め、うつむいて震えている。
「呪いが……呪いの石が……」
「ん? 何と言った?」
クレマのつぶやきに、ワローズが聞き返す。
「王の寝室に、呪いの石が……」
「呪いの石? 何だ、それは。クレマ、お前は何を知っているんだ」
本当に少々戸惑いながら、ラクモはクレマを問いただす。
作戦では、ダイヤをトーリィがすり替える間、クレマを足止めするようにしておくだけのはずだった。その後、彼女の目の前でダイヤを決定的な形で消滅させるつもりだったのだ。
しかし、こちらが想像した以上にクレマは恐怖にとらわれ、勝手に自白を始めていた。
「王の寝室に呪いのダイヤを……。それがこんなことに」
どうやらクレマは、このツルが城を絡め取ったのは呪いのダイヤの仕業だ、と思ったようだ。
クレマも魔法使いなので、リージアから自慢げに見せられた時にダイヤから漂う魔力は感じた。
普通のダイヤから魔力を感じることはない。
だから、これは噂に聞いたことのある「呪いのダイヤ」だと思い込んだ。実際にそう呼ばれている物で、持ち主が不幸になって転々と変わっているので間違いではない。
クレマはこのダイヤから強い魔力を感じるので、呪いのダイヤと呼ばれる代物だとリージアに告げる。
さらには、うまく利用すれば、リージアの望みがかなえられる、とも。
リージアが以前から「ランカ王が死んでくれれば」と考えるようになっていることを、クレマは知っていた。自然死に見せられるような魔法はないのか、と聞かれたことがあるからだ。
初めは仲の悪いラクモを対象にしているのかと思ったが、あれは私に何かする力はない、と話していたので、それなら夫であるランカ王だろうと考えた。
実際のところ、呪いの内容はクレマが調べた範囲でも「持ち主が体調不良になるか、狂って死ぬ」という程度。
石の近くにいる者から死ぬらしいので、死を願う者の近くに置いておけば近いうちに、と考えたのだ。
本来なら、こんな物はすぐ手放すように進言するのが家臣の務め。だが、クレマはリージアにダイヤの利用を持ちかけることで、成功した時に地位と高い報酬を得ようとしたのだ。
もし何も起きなければ、ダイヤはまたリージアの手元に置けばいいだけのこと。
リージアはクレマの提案を聞き、ランカ王のそばへ置くようにとクレマに命じた。
やはり対象は夫だったかと思いながら、クレマは王の寝室を清掃する使用人に変装して、ダイヤをベッドの下に置く。
やがて、王は本当に体調を崩すようになった。あれは間違いなく、呪いのダイヤだったのだ。
効果が出始めるのが少し遅いようにも思われたが、一度具合が悪くなると王の体調は悪化の一途をたどるようになる。
具合が悪くなる物の上にずっと横たわることになるのだから、悪くなるのも当然だ。
近いうちに王が……とその日を待っていたのだが、これまでとは違う形で呪いの効果が現れた、とクレマは思ったらしい。
彼女にはそれ以外、考えられなかった。
どんな偶然があれば、城がこんなツルに覆われてしまうと言うのだろう。
そばにいたのは王でも、最後にダイヤを触ったのはベッドの下に置いたクレマ自身。
こうしてダイヤがある寝室の隣室に閉じ込められ、さらには三人の会話を横で聞いて、自分が呪い殺されるかも知れない、と恐怖に
図太い女と思っていたが、案外折れやすい。あまりにも想定外すぎる出来事なので、対処の仕様がなかったのだろう。
「呪いのダイヤって……世の中にそんな物があるんですか」
ダイヤがもったいない、と小さくつぶやくタルブは無視しておく。
「なぜそんな物を……。お前の一存ではないな? まさか……リージア様の指示か」
ワローズがクレマに一歩近付いた時、わずかな振動で近くのテーブルに置かれていたティーカップの中にあるスプーンが動いた。わざとではない。
そんな小さな音にさえ、クレマは跳び上がらんばかりに驚く。
「そ、そうですっ。リージア様がトレア様を女王にするために」
王が亡くなれば、自分が女王だ。ラクモは正妃がいないので、王位は継げない。
ラクモが王位を継ぐ前に、娘のトレアをさっさと女王にする。
少しぼんやりしたところのある娘だが、形だけでも女王になってしまえば、あとは自分が後ろから指示すればいい。
まさにラクモ達が考えていたようなことを、リージアは
「何てことを。では、王を亡き者にした後、ラクモ様もまた亡き者にするつもりだったのか。その呪いの石とやらで。これまでにラクモ様の縁談がことごとくつぶれたのは、やはりリージア様の差し金だったのだな」
これまでさんざんシラを切り通してきた魔法使いだが、この場の恐怖には打ち勝てなかった。
すでにお見通しだったことだが、クレマがうなずくのを見ると、やはりいい気はしない。本当に何も知らないタルブも横で話を聞き、ただ呆然としている。
「リージア様がそんなことをなさっていたなんて……。自分達がどれだけ王をお守りしようとしたって、呪いが相手では」
近衛兵は、王を守るのが仕事。だが、彼らはあくまでも、実体を持つ相手でなければ何もできない。
呪いという目に見えない手段を使われては、文字通り手も足も出ないのだ。
「お前が今更ここでそんな白状をしたところで、呪いのダイヤがどう動くかだな」
ラクモは、歯の根が合わない程に震えているクレマに、冷たく言い放つ。
これまでずっと
ふいにしゅるしゅると音がした。クレマはびくっと身体を震わせたが、それは扉を覆い隠していたツルが縮んで消えてゆく音だった。
ツルが消えた途端、扉が開く。外からツキが開けたのだ。
「ご無事ですか、みなさん」
「ああ、無事だ。そちらはどうだ?」
順調にいったからこそツキが扉を開けたと知っているが、ラクモはそれらしく尋ねる。
「それなんですが……こちらへ来てください」
ツキに連れられてラクモが部屋を出てから、クレマを連行するようにしてワローズとタルブも続く。
王の寝室の扉は開かれており、ツキがその中を指す。部屋の中を見て、クレマがひきつった悲鳴をあげた。
そこには、ダイヤを手にした男性が立っている。……とは言っても、その男性は白い装束に着替えたトーリィだ。
しかし、ワローズの孫弟子三人と思われているツキ達はずっとローブをかぶっていたので、クレマとタルブはトーリィの顔をわかっていない。
さらに、クレマは閉じ込められた恐怖で状況を把握できる余裕はなく、タルブは驚きすぎてこの光景を見ている人数が足りないことに気付いていないのだ。
「人間達よ。これがお前達にとって災いの元となることを知りながら、長きにわたり所持しているのか」
声にはかすかにエコーがかり、そこに立つ者が人間ではない雰囲気を漂わせる。
「いや、そんな物がここにあることすらも知らなかった。私はついさっき、それがどういう物であるかを聞いたばかりだ」
当然のように、ラクモが代表して答えた。
クレマは、もしそこに立つ男性(つまり、トーリィ)が自分を見たらどうなるのだろうと思うと、恐怖で足が震えている。ワローズとタルブが支えていなければ、すぐにも座り込んでしまいそうだった。
「これは人間を呪うもの。人間の手元にあっては、あまりにも危険すぎる」
「話を聞いていると、そのようだ。その呪いを解くことはできないのか?」
「お前の手でこれを消すがいい」
「消す? しかし、どうやれば……」
「その手にある、剣で割るのだ」
ラクモは、左手で握る剣に目を落とす。その間に、トーリィは持っていたダイヤを床に置いた。
「む、無理よ……。そのダイヤは硬くて、人間にはどうしようもない……」
クレマはそんなことをつぶやいたが、ラクモはダイヤの前へ行き、おもむろに剣を抜く。
そして、その切っ先をダイヤに向けると、そのまま突き刺すように剣を下ろした。
「わぁ……」
思わず、ツキが声を上げる。フウも同じように「きれい……」とつぶやいた。
剣によって割れたダイヤは、粉々になって宙を舞った。それらが窓から入る光に反射し、光の粒が部屋中に降り注ぐ。
その光景があまりに美しく、つい声が出てしまったのだ。
ワローズやタルブも「おお……」と感嘆の声をもらしている。
一方で、割れないはずのダイヤが割れたのを見たクレマは、別の意味で呆然としていた。
人間が扱えない物を、ラクモは目の前で消し去ったのだ。割れないはずのダイヤを割り、その結果として「呪い」が消える。
彼の中には、そんなことをやってのけるだけの、ただならぬ力がある。
同時に、そんな男を王の次に亡き者にしようとしていた、自分の浅はかさに絶望した。自分達が何をどうやろうと、ラクモは王になる男だ、と思い知らされたのだ。
……というのは、クレマの勝手な思い込みである。
本物のダイヤもとい風の実は、すでにトーリィが取り込んでいる。彼が床に置いたのはトーリィが魔法で出したニセモノだ。もちろん、割れやすいようになっている。
ラクモがダイヤを割ることによって、呪いの石による暗殺はできない、とクレマに思い知らせられたらよかったのだ。
これが、ツキ達の立てた作戦である。
トーリィが風の実を取り返し、
「これでもう、人間が呪いに
ダイヤが割れたことを確認したトーリィが、静かに告げる。
「あなたはだれ?」
ツキの肩にいるハナちゃんが尋ねた。
「お前はその力で、人々を導くがいい」
ハナちゃんの問いには答えず、それだけ言うとトーリィの姿はその場から消えた。
ツキがふと振り返れば、さっきまで前にいたトーリィが、またフードをかぶって後ろに立っている。
風の実を取り込むことで、魔法が自在に使えるようになったトーリィには何でもないことだとわかっているのだが、
そんなツキの顔を見て、トーリィはフードの中で笑う。
顔を出していたトーリィが消えたと同時に、壁や天井を覆っていたツルが撤退を始めた。ツルは見ている間に縮み、消えてゆく。
ハナちゃんが、その力を引き上げているのだ。
そのタイミングは、何も知らないクレマやタルブから見れば、呪いの石が消えたおかげで城が元に戻りつつある、となる。
「これは……呪いが解けたということでしょうか」
タルブがせわしくなく周囲を見回す。
「そうだろう。ツル以外に何も出なかったのは、不幸中の幸いだ」
言いながら、ラクモは剣を鞘に収めた。
「さっき話したこと、まさか城を出た途端に知らない、などとは言わないだろうな」
「……はい」
ワローズに言われ、クレマはうなだれたまま答える。
窓からは、城の外で人々があげている歓声が飛び込んできた。
☆☆☆
城外へ出たラクモは、この事件は誤って災いの石が城内へ入ったために起きた、と説明した。その石は砕いたので安心していい、ということも人々に伝える。
自分達の持ち場へ戻りながら、誰もが事態を収拾させたラクモ達を賞賛していた。
人々を安心させた後、ラクモは王の元へ向かう。
「よくやってくれた、ラクモ。ご苦労だった」
顔色のよくない王が、迅速に事件を解決してきた息子を誉める。あのダイヤがなくなったことで、これから王の具合も快方へ向かうはずだ。
「父上、子細は後で説明いたします。今は安心して、部屋でゆっくりお休みください」
「わかった、そうさせてもらおう」
あの人が、ぼくのおじいさん……。
ツキ達は、遠くでラクモ達の様子を見ていた。
王は高齢なので髪はほとんど白く、顔には深いしわが刻まれている。だが、その顔立ちは、ラクモによく似ていた。
ということは、自分にも似てるということになるのか、とツキは妙な気分になる。
もし王に、あなたの孫です、と申し出たら。
彼はどんな顔をするのだろう。ラクモのように喜んでくれるだろうか。……いや、ただ困惑するだけだ。
ツキは王を困らせるつもりはない。言ったところで、話が面倒なことになるだけだ。ワローズの屋敷で話していたように、色々と問題が出て来る。
父だけでなく、祖父の姿まで見られた。存在を知ることができた。
表現しようのない気持ちが、ツキの心を暖かく満たす。今回の旅は、ツキにとって忘れられないものとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます