第20話 風の実に向かって

 作戦の重要な役目としてハナちゃんの力を借りたのだが、そのすさまじさには目をみはるものがある。

 ハナちゃんは、自分だけで勝手に結界を出るな、と言われる程にまだ小さな子どもだ。その子どもが、城一つをわずかな時間で緑のかたまりにしてしまったのである。素直に驚くしかない。

「全員手分けしてそれぞれの場所を調査しろ、と言いたいところだが……単独で行動するのはまだ危険かも知れない。もう少し状況を見極めた上で、分担を決めた方がよさそうだな」

 ラクモがそれらしく言い、ワローズも同調する。

「はい。邪悪な気配は今のところ感じられませんが、こうして見渡す限り、魔物などが隠れる場所はいくらでもあるようです。おかしな動きをすると、命を落としかねません。お前達も、気を引き締めて進め」

 絶対に危険がないと知っているが、クレマを騙すためにワローズは後ろを振り返ってツキ達に注意をうながした。

 言われたツキ達も神妙に「はい」と返事をする。目の前の光景がすごいので、自然に緊張感のある口調になった。

「ワローズ、どこから調査する?」

「どこまで上がれるか行ってみようかと。あちらの階段は使えそうです」

 本来ラクモ達が使う大階段は、踊り場の辺りがツルの壁によって通行止めになっている。

 ワローズが言う階段は、側近達が使う裏階段だ。大人二人が並んでどうにか通れる幅しかない。しかし、この階段もちゃんと最上階まで続いている。

「罠ではありませんか?」

 進みかけたワローズを、クレマの声が止めた。

「この事態は、少なくとも自然発生ではありません。これが誰の仕業にしろ、行ける道があるということは、獲物を引き込むための罠だと考えられませんか」

「なるほど、その可能性はある」

 クレマの発言に、ワローズがそれらしくうなずいた。

「だからと言って、ここで一本ずつツルを焼いていても事態は好転しないだろう。さっきも話したが、私の力でツルが焼き切れることはなかった。全員で一点集中すれば何とかなるかも知れないが、一階の半分も除去することはできないだろう」

 城を覆う全てのツルを焼き切るには、何百何千の魔法使いが必要になる。いや、それでも城を元に戻せるかどうか。

「我々は見物に来たのではない、調査に来たのだ。残りたければ残れ、と言いたいが……。何が起きるかわからない場所に、一人残った方が私は危険だと思うがね。外へ出ようとした途端、出口をふさがれることもある。ツルの壁に巻き込まれる、ということも」

 ワローズは軽い脅しをかけた。普段のクレマであれば、軽く聞き流していただろう。

 しかし、こんな事態は初めての体験であろうクレマは、置いて行かれる恐怖の方が勝ったようだ。

「俺が先に行きます」

 ワローズが行こうとすると、トーリィが先頭を志願した。

「もしあなたに何かあれば、残された者が困ります」

「……わかった。では、きみに頼もう」

「いえ、ここは城内を知る自分が行く方がいいかと思います」

 トーリィが行こうとすると、タルブが手を上げた。

 こんな状況で先頭を行こうとするのは、近衛兵として頼もしい、と言うべきだろう。

 でも、今はタルブに行ってもらっては困るのだ。

「お言葉はありがたいのですが、今の場合は魔法が使える者の方が恐らく対処できるでしょう。相手が盗賊や暗殺者である、とは考えられませんから」

 トーリィはそれらしく言っているが、何のことはない、風の実の気配に向かって進むつもりだ。

 ある場所は、おおよそわかっている。ワローズの話では、王の寝室方向だ。

 そのままワローズが進んでもよかったのだが、もしわずかな感覚のズレが生じたりした時のことを考え、一番しっかり把握できるトーリィが先頭を行くように、あらかじめて決めていたのである。

 タルブが出て面倒なことになるかと思われたが、トーリィはあっさり彼を退けてしまった。魔法と言われては、剣しか扱えないタルブは引くしかない。

 トーリィ、ワローズ、フウと続き、さらにその後をクレマ、ラクモ、ツキが行く。タルブは最後尾だ。

 クレマをど真ん中にしたのは、彼女が恐怖にかられていきなり逃げ出したりしないように、である。

 トーリィははやる気持ちを抑え、さも周囲を確認しながら進んでいるかのようなスピードで階段を上がって行った。

 やがて、とある階まで来ると、上へ向かう階段がツルの壁にふさがれて行けなくなってしまう。

「この階段で上がれるのは、ここまでのようですね」

 そこは、王の寝室がある階だ。ハナちゃんの力の使い方に、トーリィは舌を巻く。

 この辺りへ導くようにツルを伸ばしてくれ、とは頼んでおいたが、見事に風の実の近くへ向かうようになっていた。

 花竜かりゅうには一生頭が上がらないな、と思いながら、トーリィは「行ける」方向へと進む。

「今、何か音が……」

 トーリィは、王の寝室の隣にある部屋の扉を向いた。

 しかし、実際はことりとも音はしていない。そこは、王の側近達が待機するための部屋だ。

「よし、確かめてみよう。クレマ、一緒に来てくれ」

 ワローズに言われ、クレマはびくっとする。

「わ、私が?」

「弟子達よりは、きみの方が経験もあるだろう。こういう時は経験がものを言うから、きみの方が頼りになる」

 そう言われては、クレマも「イヤです」と言って逃げる訳にはいかなかった。

 ワローズが、そっと扉を開ける。何の気配もなく、扉は静かに部屋の内側へと開いた。隙間から少し様子を窺ってから、ワローズが中へ入る。クレマはほとんど逃げ腰の体勢で、それでも続いて中へ入った。

「ラクモ様、お待ちください」

 魔法使い達の後をラクモが入ろうとしてタルブが止め、先に自分が入る。中に誰もいないことを確認してタルブが呼び、改めてラクモが中へ入った。

 その途端、突然扉が勝手に閉じてしまう。いや、ツルが伸びて扉を閉めたのだ。

 さらには扉の内側がツルで覆われ、ノブが緑で隠されてしまい、手が届かなくなる。部屋の中から、クレマの悲鳴が聞えた。

 その悲鳴を背に、ツキ達は急いで隣にある王の寝室へ飛び込む。トーリィが部屋を見回し、すぐにベッドの下を見た。

「これだ」

 手を伸ばし、ベッドの下にある箱を取り出す。

 重厚そうな黒い木の箱は、リンゴが一つ余裕で入りそうなサイズだった。こうして箱に入っていたおかげで、波動の影響が小さくなったのだろう。

 さらには、王の立派なベッドのおかげだ。庶民が使うような、薄い木の板に薄いマットレスやシーツがかかったものとは違い、全てが見事に分厚い。

 それらが波動をさらに弱め、王の具合が悪くなったとは言っても、ゆるやかで済んだのだ。

 トーリィが箱のフタを開けると、中には見事なダイヤが入っている。

 大人の拳程もある、きらめくダイヤ。

 その大きさと美しさに、ツキとフウは思わず息を飲んだ。強欲な人間が欲しがるはずである。

「これが……そうなんだ」

「やっと見付けた。俺の風の実だ」

 風の実がふわりと箱から浮かび出す。風の実は宙をゆっくりと移動し、トーリィの胸元まで来ると、そのまま彼の身体の中へ入った。

 その途端、トーリィの身体が銀色に光る。思わず腕で目を隠したツキとフウだが、次に見た時はいつものトーリィに戻っていた。

「トーリィ、おかえり」

 ハナちゃんが、そう声をかける。

 本来の姿に戻ったトーリィへの、いわば祝福の言葉。

「ああ、ただいま。これでやっと自由だ」

 見た目は変わらない。

 だが、トーリィの表情がこれまでよりずっと生き生きしているのが、ツキとフウにはわかった。顔色もずっといい。

「よかった。さぁ、急いでお父さん達を隣の部屋から出してあげなきゃ」

 ツキ達は急いで王の寝室から飛び出ると、隣の扉の前へと走った。

☆☆☆

 寝室の隣では、突然ツルが出入口の扉をふさいでしまい、クレマが悲鳴を上げてしゃがみこんでいた。

 ラクモ、ワローズ、タルブ、そしてクレマは、待機部屋に閉じ込められてしまったのだ。

「ノブがある所もわからない。これでは、扉を開くことは無理だな。ワローズ、やってみてくれ」

 ラクモに言われてワローズが進み出てると、ツルに向けて火を放つ。だが、表面がかすかに焦げただけで、太いツルの一本すらも焼き切ることはできない。

 クレマには、何度かツルを焼き切ろうとした、と話していたが、実際にワローズがしたのはこれが初めて。

 一応、ワローズは本気でやったのだが、本当に全く歯が立たなかった。ツキ以外は人間でない、と悟っていたワローズだが、では正体は何なのかということを聞いていない。

 ツキがラクモに生い立ちを話していた時、フウが白翼はくよく人だというのはわかった。しかし、残りの二人はわからないまま。

 このツルは、一番小さな少女がやっていることだと知ってはいる。だが、彼らは何者なんだ、とこの状況を見て、改めて疑問が大きくふくらんだ。

「クレマ、きみも手伝ってくれ」

 彼女が手伝ったところで、絶対に焼き切れないのは今の魔法で十分わかった。

 しかし、隣でトーリィが風の実を捜し出すまでは、それなりの演技を続けなければならない。

「大丈夫か?」

 ラクモがクレマを立たせ、言われるままにクレマは魔法を使った。しかし、ツルには何の変化も生じない。

 通用しないことはワローズもわかっていたが、これがもう少しヤワなツルだったとしても、彼女の今の魔法では絶対に焼き切ることは無理だっただろう。

 動揺しすぎて、まともな魔法になっていないのだ。せいぜい、ロウソクの火が点る程度。いや、それさえもできるかどうかの火力。

「自分がやってみます」

 タルブが剣で斬りつけるが、かすり傷すらつかない。鉄のような固さではないのに、全く刃が入っていかないのだ。

「完全に閉じ込められたようだな。外の彼らは無事だろうか。ここで二手になった……いや、分断されたのは、これをしでかした者の仕業か。ワローズ、どう思う?」

「こうもうまく分かれたのは、何らかの意志が働いていると思われます。その意志は我々に用があるのか、もしくは彼らの方か」

「ですが、あのお三方はワローズ様の孫弟子で、この城とは関係のない方です。その意志とやらに用件があるとしても、わざわざ分断するでしょうか? ここにいる誰もが、ツルに傷一つ付けられない。戦力をぐのが目的とも思えませんが」

「ああ、タルブの言うとおりだ。用があるにしても、それなら何の用だ? 城をツルでここまで覆われてしまう程、我々が何かした覚えはないぞ……」

「私達の知らない間に、誰かが気に入らないことをしてしまったのでは? しかし、それならそれで、誰が何をしたのかを言ってもらわないと、こちらとしても対応に困ります」

 ラクモとワローズは、それらしい会話で時間をつなぐ。たまにタルブが入って来るので、間が保てるからありがたい。

「ワローズ、相手がこの先、問答無用で私達に何か仕掛けてくる……ということは考えられるか?」

「相手に分別があれば、何らかの呼びかけがあるとは思うのですが……今のところ、それらしい気配は何も感じられません。あるいは」

「いきなりこのツルが伸びて締め上げられる、というのもありか」

「ないとは……今、この状況では申し上げられません」

 わざとらしくならない程度に、最悪の事態を迎える可能性を出す。

「窓にはあまり伸びてないようですね。逃げるとすれば、ここからしかありません。しかし、この高さでは……」

 タルブが窓を開け、身を乗り出す。

 ここはかなり高い位置だが、タルブのように身体能力が高いと、窓の外に伸びているツルを伝って地上へ降りて行くことも可能だろう。

 もっとも、そんなことができるのはラクモとタルブくらいだろうし、タルブがここを出てしまっても作戦に問題はない。

 だが、もし途中で落ちたりしては大変だ。この作戦で誰かが傷付くことは、絶対に避けたい。

 もちろん、ラクモとワローズは逃げるつもりなどないので、ツルに巻き付かれないうちに中へ入れ、と軽くタルブを脅した。

 言われたタルブも、こんな正体不明のツルに巻き付かれては気持ち悪いと思ったのか、素直に部屋の中へ戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る