第19話 風の実奪還作戦
「ツキ、もうあさだよっ」
ゆさゆさと身体を揺さぶられ、ツキはゆっくり目を開けた。自分の顔を覗き込んでいるハナちゃんと目が合う。
「あ……ハナちゃん、おはよう」
ツキはまだ半分以上、寝ぼけた状態だ。昨夜は遅くまで話をしていたせいで、寝たのは日付が変わってずいぶん経ってから。
あちこちの街や村へ移動したり、二日続けて野宿をしたりで疲れもたまっているから、まだ眠い。
「トーリィはワローズとでかけたよ。もどって来たら、ハナちゃん達も行くんでしょ」
「うん……えっ、もう出掛けたんだ」
ハナちゃんの言葉で、ツキの目が覚めた。
「ツキ、早く顔を洗って来て。すぐ出られるようにしておかないと」
タオルを投げられたことで、フウもそばにいたことに気付く。慌ててツキは顔を洗った。
ラクモは作戦会議終了後、城へ戻っている。こっそり抜け出して来たので、こっそり戻らなければならないのだ。
そして、今朝。
ワローズが、トーリィを連れて城へ向かった。風の実がある位置をおおよそ把握するためと、リージア付の魔法使いクレマが城にいるかの確認だ。
いなければ、作戦は延期になる。この魔法使いの存在が、この作戦の鍵だからだ。
ツキ達が朝食を摂ってしばらくすると、トーリィ達が戻って来た。
「トーリィ、どうだった?」
「近付くには限度があったが、ダイヤの位置はほとんどわかった」
城へ勤めている者達が使う通用門からワローズがトーリィを中へ入れ、今近付けるぎりぎりまで行ってダイヤの波動を確認した。
トーリィがその気になれば、強引に押し入って風の実をその場で取り戻すことはできるかも知れない。
だが、今のトーリィは人間の魔法使い程度の力しかないのだ。小さなミス一つで、大きな騒ぎになりかねない。後々の作戦のために、もう少し我慢しているのだ。
「そのダイヤってさ、トーリィの……」
「ああ。間違いなく、俺の風の実だ」
今度こそ、しっかり確認できた。そこにあるのは、自分の力の源になる風の実だ、と。
「よかった!」
それを聞いて、ツキは心底ほっとした。
ここまでややこしい話になっておきながら、これも違った、というなら泣くに泣けない。
しかし、トーリィが自分の物だと断定したのなら安心だ。
「
つまり、今日中に作戦遂行、ということだ。
「用意はいいかね? 出掛けるよ」
ワローズが用意した馬車へ乗り込み、ツキ達は昼前にイゲツの城へ向かう。
朝にトーリィが使った職員用の通用門から入るので、昨日の門番と顔を合わせることはない。休憩時間になって彼らが城内をうろうろしていたら見付かるかも知れないが、そうなる前に行動開始だ。
それに、今のツキとフウ、そしてトーリィは暗い灰色のフードをかぶっているので、顔も見えにくい。ハナちゃんは身体を小さくして小人のようになり、ツキの肩に座っている。
一見すると、小人を連れた魔法使い、という図だ。
城内へ入ると、ワローズの顔を知る者達が挨拶や
しかし、ワローズが連れているなら怪しい人物ではないのだろうと思ったのか、同じように軽く会釈をしてみんなが通り過ぎて行く。
偉い身分だと、こういう時にとても有利だ。こいつらは誰だ、と問うのは、ランカ王かリージアくらいだろう。
何でもない顔で歩いていたワローズは人気のない廊下へ向かい、すっと柱の陰へ入る。ツキ達も、それにならった。
ワローズがうなずくと、ツキは肩にいるハナちゃんに言った。
「ハナちゃん、頼むよ」
「はーい」
小さくなっても元気なハナちゃんは、その力を城に巡らせた。
その途端、城に仕える者達の悲鳴があちこちで響く。
「きゃあっ、何なの、これっ」
「うわっ。は、早く逃げろ!」
悲鳴の後に、ばたばたと人々の逃げる足音が続いた。城は大きく、勤めている人数も多いので、外へ逃げるのは大変だろう。
ワローズ達も何食わぬ顔で、同じように避難したかのように城の外へ走り出た。
「わぁ、壮観だなぁ……」
振り返って城を見たツキは、ハナちゃんの力に改めて感心する。
イゲツの城は、見事なまでに緑だった。ハナちゃんの力でツルが伸び、それが城の中と言わず外と言わず、全てを覆っているのだ。
緑の糸巻き・城バージョンである。
人々は、突然周囲にツルが伸びてきたのを見て驚き、慌てて外へ出て来たのだ。中庭に集まり、誰もが呆然とツルに巻き付かれた城を見上げている。
「何てことだ……。みな、無事かっ。長の者は下の者が全員避難したか、すぐに確認をしろ。負傷した者はいないか」
ラクモが声を張り上げ、城に仕える者達の安否を気遣い、次々と指示を出す。
「お父さん、すごくてきぱきしてるなぁ」
一緒に計画を立てたラクモは、こうなることを当然知っている。
しかし、実際に城がものすごいことになっているのを見て、話をしていた時の想像とあまりにも差がありすぎてやはり動揺していた。
ツキやトーリィは、同じことをされた経験があるので知っている。そんな彼らも、スケールの大きさに驚いているくらいなのだ。実際に見たことがないラクモの驚きは、相当なものだろう。
それでも、自分達が立てた計画によって混乱が起きたり負傷者が出ないよう、懸命に動いている。
「あそこにいるのが、リージア様とトレア様。隣にいるのが、クレマだ」
ワローズがこそっと言い、そちらを見ると赤い髪を高く結い上げた女性がいた。
他の女性とは違い、華美なドレスを身に着けている中年の女性がリージアだ。
その隣に、同じ色の髪を腰近くまで伸ばした少女。リージアの娘で、ラクモとは腹違いの妹にあたるトレアだ。父の妹だから、ツキにとっては叔母になる。
と言っても、ツキやフウとほとんど変わらない年頃に見えた。むしろ、年下に見える。
ワローズに聞くと、トレアは十三歳だと言う。ラクモの娘でも通じる年齢差だ。富裕層ではこういうこともざら……らしい。
ややこしい関係だなぁ、とツキは思わずにはいられなかった。
城内から逃げ出して来たその二人の横にいる、魔法使い特有のローブをまとった暗い茶色の髪の女性。他の者達と同じように、城を見上げながら立っている。
彼女がリージアより問題の、魔法使いクレマだ。
三十前後、といったところか。美人だが、その目つきはどこかずる賢そうに見えた。先入観があるからだろうが、それでも油断できない雰囲気を感じる。
「ラクモ様と話をして来る」
ワローズはそう言って、ラクモの方へと向かった。二人はすぐに合流し、何やら話しながらリージア達の方へ向かう。
ご無事でしたか、とか何とかを言うためだろう。どんなに仲が悪くても、一応家族だ。従者にだけ声をかけて、義母や妹を無視できない。
なぜこんなことが起きたのか調べなければ、という話がされているはずだ。どう見たって、普通に起きることではない。賊が侵入したのとは訳が違う。
ここは魔法使いの出番だ。ワローズとクレマが城の中へ入ることになる。ラクモも真相を確かめるために同行する……ことになるはずだ。
そして、予定通りにワローズがツキ達にこちらへ来るよう、手招きした。
「誰なのですか、彼らは」
棘のある口調で尋ねながら、クレマがツキ達を見る。
その目は、明らかに胡散臭い相手を警戒していた。フードをかぶって顔をしっかり見せないので、なおさらだろう。
自分の想像外のことが起き、クレマがかなり動揺しているのは、青白くなった顔を見てもよくわかる。
ラクモと同じく、事情を知るワローズでさえ、城の状態に内心驚いているのだ。何も知らないクレマが動揺するのは、しごく当然だろう。
だが、これから彼女がどんな言動をするかは、その性格による。どこまで図太いか、見物だ。
「私の孫弟子にあたる者達だ。いい腕を持っていてね、ラクモ様に以前お話したところ、会ってみたいとおっしゃっていたんだ。呼び寄せた日にこんなことが起きるのは、いいのか悪いのかわからないが、状況を探るのに魔法使いの数は多い方がいいだろう」
「失礼ですが、彼らの素性はちゃんとしたものですか? この騒動を彼らが起こしたのではない、と断言できますか?」
王家に昔から仕えてきた、いわば先輩魔法使いを相手に、本当に失礼な物言いだ。
「城外へ出るまでに、私は何度かツルを焼き切れないか試してみた。だが、あまり効果はなかった。彼らはいい腕だが、私の力をそう簡単に上回るものを出せるとは思えないよ。第一、ほぼ一瞬のうちにこんなことができると思うかい? きみや私のような腕の魔法使いが十人いても、あの速さでは無理だろう。人間業とは思えない」
ワローズから論理的に反論され、クレマは口をつぐむ。
王は別の側近達に連れられ、無事が確認された。中庭にいる他の者達については、騎士達によってしばらく待機させるように、という命令が下される。
ラクモが中へ入ると聞いて、近衛隊長のタルブが同行する、と言い出した。次期国王を危険にさらす訳にはいかない、という思いでの志願だ。
危険なことは絶対ないとわかっているのだが、まさかここでそれを口にはできない。拒否する理由もなく、タルブも同行させることになった。
「では、急ぎましょう」
ワローズを先頭に、ツキ達は城内へと踏み込んだ。
☆☆☆
見事だった。
壁や天井にツルが這い、城の中は密林と化している。
だが、廊下や階段などの足下は何もないので、とても歩きやすい。壁を伝ったツルが少しだけ廊下の端まで伸びている程度なので、普通に歩く分には問題なかった。
もっとも、クレマがそんなことに気付く余裕があるかは疑問だ。正直なところ、何が起きたかわからない、こんな森のような城内へ入りたくはなかっただろう。
だが、こういうことが起きた時のための魔法使いである。悪知恵を主に与えるのが仕事ではない。
タルブも、そこまで気が回っていない様子だ。城の中へ入り、その変貌ぶりにただ唖然としている。
「これは……本当にイゲツの城なのか? 廃屋にさえ見えるが」
タルブのもらした感想に、ツキ達も同感だった。
緑に覆われた建物は、ほこりなどはないのに長年放っておかれた屋敷にも思える。その辺りの扉を開ければ、無惨な死を迎えた人間のひからびた身体が横たわっていそうだ。
すごいなぁ、
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