第18話 呪いのダイヤ

 扉近くに立っていたワローズがノブに手をかけるまでもなく、先に扉が開く。

「本題になったようなので、参加させてもらうぞ」

 入って来たのは、トーリィ……だけじゃない。フウとハナちゃんも、後から入って来る。

「俺達が人間ではないとわかっているようだから、こちらも表面をつくろう必要はないだろう?」

「トーリィ……気付いてたの? ぼくが部屋を出たのを」

「横であれだけため息をつかれて、ゆっくり眠れるか。だいたい、敵か味方かも断定できない人間の手の中で、眠れる方がおかしいだろ」

「あ……えーと、ごめん」

 自分でもため息をつくつもりはなかったのだが、静かな部屋ではそれも大きく聞えてしまうもの。トーリィの安眠を妨げてしまったようで、ツキは謝った。

 もっとも、ツキのため息がなくても、トーリィは眠るつもりはなかったようだ。

 フウとハナちゃんはツキが部屋を出たことなど知らなかったが、何かあった時に逃げられるように、とトーリィが起こしたのだ。

 部屋での会話は、壁や扉に耳をつけてだいたいのことは聞こえた。

「あの城にあるのはダイヤではないし、そもそも宝石じゃない。昼間は言わなかったが、あれは間違いなく俺の物だ」

「トーリィ、と言ったか。リージアは、きみからダイヤを奪ったのか?」

 遠慮なく向かい側のソファに座ったトーリィに、ラクモが尋ねた。

「いや、奪ったのは別の人間だ。どういう流れでか、ツキの母親がいた村にあった。俺達はそこからたどって、この街へ来たんだ。宝石ではないと言ったが、今は話の便宜べんぎ上ダイヤと呼ぶ。そのダイヤは、リージア夫人が確かに持っているとわかったのか?」

 ワローズはそれを確認するため、城へ戻ったはずだ。今はツキとラクモのことが優先されているようだが。

「確かに、リージア様がダイヤを入手なさったことはわかった。だが、手元に置いていらっしゃらないようだ。しかし、ランカ王に差し上げた、という話もない」

 ラクモとリージアは、噂通りに仲がよくない。実際には、リージアがラクモを敵視しているような状態だ。

 表面上は当たり障りのない顔をして対応しているものの、きっかけ一つで爆発するかも知れない。

 主同士がそういう状態だと、仕える者も同じようにお互いを敵視するものだ。ワローズが直接リージアの使用人達に話を聞こうとしても、まず誰も答えてくれない。

 ラクモ自身が問えば拒否はできないだろう。だが、己の主と仲違いをしている者に仕えている奴に答える義理はない、とばかりに無視される。

 ワローズが時間がかかると言っていたのは、その辺りにも理由があるのだ。

 しかし、ことは急を要する。あまりこういう手は使いたくなかったが、ワローズはリージア側の使用人に催眠をかけ、情報を入手した。

 それでも、ダイヤの存在はあやふやでしかない。

「だが、リージア夫人が元気で、王は体調を崩しているのだろう? ダイヤを買ったのが夫人でも、今は王の近くにあると考えられるぞ」

 トーリィが風の気配を感じ取り、具合が悪い人間がその近くにいる。ダイヤがその人間の近くにあるのは、間違いないのだ。

「そのダイヤの話だが……遠い昔に私も聞いたような気がするが、あいまいだ。呪いのダイヤという話は、有名なのかね?」

「呪い」と付けば、魔法も少なからず絡んでくる。なので、ワローズもそういう物が存在する、ということは聞いたことがあった。だが、噂レベルでしかない。

「手にした奴らの周りではそう騒がれているだろうが、世間的にはどうなのかまでは俺も知らない。だが、面白い尾ひれをつけて広がる、なんてこの手の話ならいくらでもあるだろうからな」

「つまり、その気になって調べれば知ることはある、と?」

「村や街で持ち切り、ということはあまりないだろう。いっそそうなっていた方が、俺も捜しやすかったはずだ。騒がれている所を目指せば、いつかダイヤに突き当たるだろうから」

 そんなに大きな騒ぎにならなかったから、トーリィが長年捜し続けることになってしまったのだ。

「あんたはどうも、遠回しに話をするくせがあるようだな。実際の状況と、あんたが思ってることをはっきり言ってくれないか」

「言われているぞ、ワローズ」

 苦笑しながらラクモがそう言うのだから、こういう話の仕方はワローズの性格のせいらしい。昼間、ツキに対する質問の仕方も、そういう理由からのようだ。

「申し訳ない。ダイヤのありかは、さっきも話したがはっきりしなかった。リージア様には、五年程前から専属で魔法使いがつくようになっている。呪いのダイヤだというのは、その魔法使いから教えられたのではないか、と」

 ランカ王の正妃、つまりラクモの母は六年前に他界。

 やがて自分が正妃だという態度を取るようになったリージアは、お抱えの魔法使いを一人置くようになった。

 呪いのダイヤのことなど、噂好きのメイドか情報収集力にけた魔法使いによって知ることはできるだろう。

 リージアは、昔からよく宝石を買い込んでいた。今回買ったダイヤも、そのうちの一つだろう。

 宝石店の店主は「呪いのダイヤ」と知らなかったようだし、恐ろしい偶然でリージアが入手した、というところか。

 しかし、その珍しすぎる大きさから、魔法使いがいわく付きの物と気付いた。普通の人間ならともかく、魔法使いならすぐそばにそのダイヤがあれば、気配を感じるはずだ。

 確信した魔法使いは、このダイヤは実はこんな物だ、とリージアに教えて……。

 状況としては、恐らくそんなところか。

「あの……もしかして、呪いのダイヤだってことがわかった上で、そのリージア様が王様の近くに置いてるってこと?」

 フウが恐る恐る尋ねた。

「ワローズから話を聞いて……私もそう考えた」

 ラクモが苦々しい表情でうなずいた。

 具合が悪くなるとわかっている物がそばにあるなら、仕えている者はすぐにでも手放すことを進言するはず。なのに、ダイヤはまだ城の中にある。

 そして、王は体調を崩した。

「たまたま手に入れた物を使い、父が『自然に』亡くなるように仕向けているのでは、と」

「で、でも、リージア様って王様の奥さんでしょ。それなのに、そんなことするなんてひどいわ」

「大きな声では言えないが、二人の間に愛情はもうない。正妃がいないためと、父が余計な情をかけて城に置いているに過ぎない。私に関しても、これまでリージアから好意的な目を向けられたことがないが、母が亡くなってからは本当に遠慮がなくなった」

 王家とは言え、それぞれの家庭には色々な事情があるようだ。

「街で聞いたんですけど……もし王様に何かあったら、リージア様が王様の代わりをするって、本当ですか? お父さんは、妃がいないと王になれないって」

「そんなことまで噂になっているのか。そう、私は今の状態では王になれず、そうなれば将来はリージアが権力をふるうことになる」

「運の悪いことが続いて、呪われた王子、などと言われているようだぞ」

「ラクモ様の縁談が次々に壊れるのはリージア様の差し金では、と以前から我々は思っていてね。その噂を流したのも恐らく。ただ、証拠が掴めない。クレマが、リージア様お抱えの魔法使いのことだが、彼女が動いていると考えているのだが……」

 トーリィが話していた時はまさかと思ったが、本当にどろどろした裏事情というものが存在するのだ。

「そのダイヤの性質に気付いた魔法使いがリージア夫人をそそのかし、王の近くに隠し置いている、か。では、ダイヤのある場所を知っているのは、その魔法使いだけと推測される訳だな」

「この状況から考えて、そうだろう。あるとすれば、王の私室か寝室辺りか。しかし、こんな推測だけで、王の部屋を捜索することは無理だ。もし父が亡くなれば、今度は私の部屋に置かれるのだろうな」

 すでに「呪われた王子」と噂されているのだ。体調を崩して亡くなったとしても、周囲は「やっぱりね」というレベルで済まされてしまうだろう。

「私達、さっき話してたんですけど……そのダイヤをこっそり持ち出すってことはできませんか? トーリィなら、ダイヤのある場所が確実にわかります。置き場所を知ってるのがその魔法使いだけで王様が知らないなら、泥棒が入ったって騒がれることはないんじゃないですか? 魔法使いが呪いのダイヤと知って置いたのなら、わざわざ声をあげてそれをラクモ様達に知らせることは自分の身を危うくしてしまうでしょ。盗まれても、黙ってると思うんですけど」

「確かに。だが、案外厚かましく騒ぎ出すかも知れない。問い詰めたところで、呪いのダイヤと知らなかった、と言い張られてしまえば、証拠はない。じゃあ、なぜそこにダイヤを置いたのかと問えば、あの女魔法使いのことだ、王とリージア様の仲を取り戻すために用意して驚かせる作戦をたてていた、などと口からでまかせを並べるだろう。今まで私達がどれだけ詰問しても、見事な言い逃れを繰り返して来た女だからね」

 ワローズの話を聞いていると、クレマという女は魔法使いと言うより詐欺師のように思えてくる。案外、それに近いのかも知れない。

「じゃあ、そっくりなのを置いておけば?」

 しっかりツキの隣に座っているハナちゃんの口から、そんな案が出た。

「なるほど、すり替え作戦か。ダイヤを取り戻すことで王が元気になっても、その魔法使いには確認のしようがない。わざわざ王の部屋へ入り込んで、ダイヤを手に取って見る、ということもしないだろう。そうすることで、次に自分が呪われたくはないだろうからな。城に盗賊が侵入してダイヤを盗んで行った、という設定よりごまかしやすそうだ」

 ツキは反対していたが、いざとなれば勝手に入り込んで取り戻すのもアリ、と考えていたトーリィは、ハナちゃんの意見に賛成する。

「しかし、あのクレマがおとなしく引き下がるかどうか……。いっそダイヤを排除した、とはっきりわからせた方が、ダイヤを絡めた余計なちょっかいをかけてこないのではないかと。もっとも、その後でまた新たに何か仕掛けてくるかも知れませんが」

 ワローズの言葉に、ラクモがうなずく。

「リージアに、これはお前が買った物なのになぜ王の元にあるんだ、と突き詰めても、盗まれたなどと言い逃れるだろう。だったら、目の前でなくなった、とはっきりわからせてやりたいものだな。お前の計画は失敗だ、と」

 これまで縁談がつぶれたことにリージアが関わっているなら、ラクモも相当腹に据えかねているだろう。

 さらに、今回は王が標的となっている。自分の父が殺されかけているのだから、一矢むくいたい気持ちになるのは当然だ。

 会ったことのない国王だが、ツキにとっては祖父にあたる人。具合がよくないと聞いているので、これまで以上にツキも心配になる。

「魔法使いの前で、ダイヤを壊すなりできればいいのよね。リージア様はともかく、魔法使いがそれをはっきり見るような状況になれば、少なくとも『呪いのダイヤ作戦』についてはあきらめてくれるでしょうけど」

「まほーつかいしかお城に入っちゃダメって言う」

 ハナちゃんが、ずいぶん強引に聞こえる提案をする。

「ハナちゃん、どうして? それに、どうやって? お城は王様達のおうちなんだよ。王様に入らないでくださいなんて、言えないよ」

「……いや、言えばいい」

「トーリィ、簡単に言うけど、どう説明するのさ。お城を出てくださいって言っても、余程の理由がなかったら王様がわかったなんて応えてくれっこないよ」

 出ろと言うにしても、当然ながら相応の説明を要求される。王様だけではない、城には兵士や召使いなど、多くの人がいるのだ。王の周辺だけでも、それなりの人数になるはず。

「きつい言い方をすれば、追い出せばいいんだ」

「トーリィって、時々過激なことを言うわよね。外見だけなら、絶対そんな言葉は出て来ないように思うのに」

 見た目だけで言うなら、ツキよりトーリィの方がずっと「王子」らしく見える。

「多少派手にした方が、向こうもはっきりわかっていいんじゃないか?」

 その後、呪いのダイヤ奪回の作戦は深夜まで練られた。

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