第4話 彼女が私を選んだ理由

「何してんだよ、おまえは!!」


 ガシャーン…

 私は父親に殴られて、キッチンで吹っ飛んだ。


 唇の端が切れて、心臓から流れる赤い血が流れた。そうなっても、何も感じなかった。


 千里と別れてから、私はずっと抜け殻のように、生きている実感がない。ただ機械的に口に食べ物を運び、感情を持たぬまま、生きている。


 風の噂で千里が受験モードになって、勉強にいそしんでグループから抜けた話が聞こえたが、私には関係ないと私は千里を避けて生活した。


 千里と別れて、それから半年ほどたった高校卒業を目前に控えた3月、私はいつもように本屋で時間を潰していた。


 時計を見たら、時刻は20時、一旦、どこかでご飯でも食べてまた戻ってこようかな…と考えていた時に、ポニーテールの人が素通りした。


 え?千里??

 そんなことないでしょ、ここは私の利用する本屋だから来るわけがない…。


 通り過ぎた人は振り返ってこっちに向かってきた。…まぎれもなく、それは半年前に別れた恋人の千里だった…。千里の目は充血しているようだった。


「あ、ちさ…と、目が赤いよ、どうせデートレード終わってから勉強してるんでしょ? あんまり遅くまでやらないほうがいいんじゃないの?」

 私は何もなかったように千里に声をかけた。


 千里は私を見て、少し緊張しているのか、目を左右に少しきょろきょろと動かしながら言う。

「…そうかもね、久々だね、ゆきき。…せっかく会ったし、少し話をしない?」


 そう言われて、私と千里は二人で少し肌寒い中、公園に向かった。


 公園内の椅子に座り、千里は口を開いた。

「あのね、ちょっと聞いてもらっていい?」


 千里は何を言うんだろう…。

 私は千里の少し気を落とした姿を見ながら、頷いた。

「うん、…いいよ」


「結局、ネット友達からの大学紹介を断っちゃった。ほら沿線にある大学あるでしょ?あそこなら自宅から通えるから、そこの経営学部に進むことにしたんだ…、あくまでデイトレードは趣味で…その仕事をしたいわけではないって、ちゃんと考えたよ。…ゆきき、あの時は…ありがとう」


 千里の言葉に私は「あ、そうなんだ、うん…よかったね」と言った。


 そっか、あの後、ちゃんと考えたんだ、それを伝えたかったのかな。その状況に安堵した。少なからず、千里の進路の心配はしていたから。


「あと…ね、別れてからゆききがいない家に帰ると、辛い。何も手が付かない」

 千里は膝に肘をついて顔を覆いながら、少し枯れた声で言う。


「勝手だってわかってるけど…もう一回やり直そう」


 私は前に答えをもらえなかった問いを聞いた。

「…千里、私のどこが好きなの?」


 千里は一回、息を吐いてゆっくりと口を開いた。

「子供の頃に、両親が離婚して父親が家を出ていったんだけど…ずっと寂しかった。…私、お父さん子だったから、捨てられた感覚になった。…だからね、誰かと一緒にいないと…それか私を裏切らないデートレードで何も考えないようにしてた…」


 千里の独白を私は静かに聞いた。


「…だからゆききが家に帰りたくないと知って、きっと告白したら好きって言ってくれる、ずっと近くにいてくれるだろうと思った。ゆききは思った通り、友達もいない、家にも居場所がなくて、私が束縛せずとも、私の隣にずっといてくれた…そういうゆききにね、自分は安心してもうこれで寂しくないと思った」


 私の環境から告白したと言われて、私は苦しくなった。でも、もう終わったことだ。

 私は気持ちを落ち着けて、頷いた。

「…うん」


 千里はやっと顔を私に向けた。


「ゆきと別れて同じ生活をしようと思ったけど…ダメだった。…寂しさを解消するために誰かといれば、何かしていればいいわけじゃない。…ゆきじゃないとダメなんだって」


 そして一呼吸置いて、再度、千里は言った。

「もう一回、やり直さない?」


 私はそこまで聞いて、横に座る千里の顔を見つめた。


 よかった、意を決して千里に伝えて。

 千里もいろんな思いを抱えてたんだって。


 最初は私を好きじゃなかったのかもしれない。でも…今は私を必要だと思っていること、大事な人を大切にするということをわかってくれたんだって。私も…気が付かなくて、ごめん。


 千里に伝える。

「…もうすぐ卒業式だね、私たちの関係は卒業しよう」


 千里は少し驚いた表情をしたので、私は言葉を続けて千里に尋ねた。

「…それで新しい季節に私たちの関係をまたどう始めるのか、考えようか?」


 千里はとびっきりの笑顔をくれた。

 私が好きになったあの笑顔を。

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カースト上位の彼女が彼女を選んだ理由 MERO @heroheromero

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