第3話 大事な事、大切な人
高校3年生になり、理系と文系でお互い違うクラスになっても、千里との交際は続き、相変わらず家に入り浸っていた。
千里が取引しているのは主にアメリカの株で、アメリカの祝日には株取引がお休みになるということで、明日は珍しくやることがないことが判明した。
私はその話を聞き終えて、しょうがないから久々にぶらぶらしようかと思っていた所に、千里が「一緒に遊びに来る?」と聞いてきた。
「え? …いいの?」
来るかどうかきかれているのに、私はびっくりしてそこに参加していいのか、聞いてしまった。
千里はトーンを落として声で、静かに言った。
「まぁ、面白いかはわからないけどね」
私はその言葉の意味をすぐに知る。
次の日、クラスが違う千里とは下駄箱で待ち合わせをした。
千里はポニーテール姿で他の女の子たちと現れた。
「ちーちゃん、田路さんと友達だったんだ?」
背の高い千里と同じぐらい高くてストレートの茶色の髪をなびかせているのは、恐らく、この学年1の美人でリーダーシップもある日野原さん。
カーストのトップに君臨しそうな女子だ。
彼女は私の目の前でわざわざ名前を出したが、私のことをチラ見しただけで挨拶もせず、通り過ぎた。千里が私に「ほら、いくよ」と声をかけてくれて私は後ろにいた数名の女子についていき、カラオケに向かった。
カラオケの部屋にはなんとか入ったが、もちろんマイクが渡されることはなかった。
私は見えていないかのように扱われてた。千里も目を合わせてくれず、私はカラオケルームの暗い部屋の椅子に俯き加減でただ座っていた。
昨日の千里の声が響いた。
―まぁ、面白いかはわからないけどね。
化粧室に向かおうと部屋を出たところで日野原さんが笑いながら千里に話しかけていた。
「けっこう持つじゃーん、田路さん。ねぇ、私のかけた時間はあと10分だからね」
「もう少し持つと思うけど」
私がカラオケにいる時間を賭けてる?
そう思った瞬間、私はそのままカラオケ店を出て、千里の家に向かった。
結局、ここに来るしかなかった。
ここしか私の居場所がないからだ。
そして私はベッドで泣いた。
千里といる場所が違いすぎる。わかっていたことだけど、その事実を突きつけられて悲しくて涙が止まらなかった。
千里はいつも通りの時間に帰ってきた。
泣き続けていた私を見て、ベッドに腰かけて私の背中を撫でた。
「あのグループはさ、デイトレードと同じで毎日、秒でカーストが上下する下剋上なの。毎日、誰かを除いて誰かと交代する。今日の千里は誰とも交代しない代わりに除かれただけで…グループ的にはプラマイゼロ…だから、気にしなくていいんだよ」
千里は語り掛けるように私に言った。
「私だって、それがいいとは思っていない…よく話す子が落ちることもあるし…ただあそこではあれが生きる
私は千里の言うことに満足できず、「あのさ、何で…連れて行ったの?賭けられて…私は千里の何なの? …千里は私のこと、好きなんだよね? 私のどこが好きで、ああいうことしたの…」
千里は私の身体を撫でながら、ため息をついた。
「…なんだろうね」
何のために、私はいるんだろう。思った通りに動く、私は彼女の人形なの?
私は自分の存在がわからなくなった。でも…自宅にも戻りたくはない。
そのまま何も言わない千里を横に、私は泣き続け、そのまま眠りについた。
***
季節は夏の終わり、3年生の進路指導の時期になった。
私は就職を選び、千里はデイトレードのネット仲間から金融関係に強い大学の教授を紹介されていた。
「千里、それで…どうするのか、決めたの?」
「あーまだ」
この会話は数日前と全く変わっていない。
私は千里がずっとネット仲間に適当に返事をしているのをみていて、千里に怒りを覚えた。私は天地がひっくり返っても持てない人間関係を持ち、毎日を楽しそうに生きる千里、そして他人事のようにそれらを適当に扱う千里に対して。
私も適当に扱われているんだろうか。
毎日、千里が帰宅してから眠る前の一瞬、千里に抱きしめられている間が私の生きる時間。…それでいいんだろうか。
私は泣き続けたカラオケの日に、千里にとって自分は大切な人ではないのだろうな…とうっすら感じたことを思い出した。
そして心臓を失う思いで決意した。
別れよう。
別れはあっけない終わりだった。
決意した次の日、千里の家に残っている自分の荷物を千里が帰宅するまでに取りに行き、携帯に連絡した。
―千里にとって大切な人とは誰だろう。せめて人生を決める部分でせっかく真面目に話をしてくれるネットの友達にちゃんと返事したほうがいいと思う。私が持っていない友人を適当に扱う千里とは一緒にいられない、別れよう。今までありがとう。
それで、ジ・エンド。
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