レシピ・29「ゆで卵と増殖落下」

「…ん、どうした。俺の言ったことに不満か?」


 土間のあちらこちらに置かれた大きなかめ

 その一つに腰掛けた【アヅマ】は挑発的にこちらを見る。


「――そうね」


 怒り出すかと思いきや、意外にも大人しく考え込む千春。


「まず、そちらに着くことのメリットを教えてくれないかしら?」


 千春の問いかけに「おいおい」と、困ったように両手を広げる【アヅマ】。


「それは先駆者である【空間製作委員会おれたち】にかける言葉じゃないよな?まさか、この場所に来て数日程度のおっさんと嬢ちゃんが俺等おれらよりもこの場所のルールを知り尽くしているとか…はは。冗談じょうだんしてくれよ」


 【アヅマ】はゲラゲラと笑い「…ってかさ、お前らはここの凄さを絶対知らないだろ?」と、私と千春を交互に見比べる。


「名前さえ呼べば広大な建物をそっくり作り込めるうえ、物も人も必要とあらば瞬時に移動させられる。保管庫としても前線基地ぜんせんきちとしても利用が可能――それがどれほど価値のあることか、お前ら分からねえだろ?」


「…前線基地、ね」


 私はその言葉に引っかかるものを覚え「――そういえば、外部から資金提供を受けていると聞いていたが。それは国内の話か?」と試しに尋ねてみる。


「さぁてな」と【アヅマ】はそれには答えず、薄ら笑いを浮かべるばかり。


「――俺は、そこまで詳しく無いし。先輩方が山あいにあったボロ屋敷からこの異界を見つけて二年ほど。検証や研究やら色々した結果で繋げたコネクションだからなあ、それに今は先方と連絡も取れないし?」


 ついでスマートフォンをいじり始める【アヅマ】に「…待って、山あいにある屋敷って」と反応する千春。


「もしかして〇〇家のこと?」


 その言葉に「んー、そうだったかもなあ?」と、あごに手を当てる【アヅマ】。


「覚えてないが、そんな名前も耳にした気がするな?」


 シラを切る【アヅマ】に「…私のじいちゃんがその屋敷に仕出しに行って行方不明になってるのよ」と続ける千春。

 

「ばあちゃんの話では、私の親の代まで連絡は取っていたそうだけど。子供が都会に行ったところで音信不通になって――でも、そっちで調査をしたのなら…」


「――そりゃあ、ご愁傷様しゅうしょうさまだな」


 【アヅマ】はそう言って、皮肉げに笑う。


「【空間製作委員会こっち】でも、行方不明になった人間のリストは一応作っているらしいが、それも先輩方の管理下だ。俺のような新入生したっぱはまず知識を叩き込まれるところからスタートだし、その爺さんも関係あるかは…」


 そこに、なおも食い下がる千春。


「だったら、その家の人たちが今はどうしているかぐらいは知らないの?」


「――だからさ、俺も知らねえの!」


 【アヅマ】は、もはや我慢ができないと言わんばかりに言い放つ。


「今は過疎化かそかが進んでいるからな。老いぼれが死んだら親戚筋しんせきすじが辿れなくなっていたなんてザラにあるし、そのせいで所有者不明の物件が点在して、行政も手出しできない。それを俺らが活用しているだけの話だ!」


「――所有者もわからない家に、不法侵入をしてか?」


 私の指摘に「…なんか、面倒臭えな」と、頭を掻く【アヅマ】。


「やっぱ、お前らを仲間にはできねえ。さっきからチビどもに連絡を取って操作しようとしても、連絡が取れねえし――お前ら、何かしたんだろ?」


 そこに「そっちこそ」と、声を上げる千春。


「名前でおじさんを操作してタヌキにしようとしたり。外に出たいあの子たちを利用して実験を繰り返していたじゃない…まわりに仲間もいなさそうだし、話を聞く限りでは――アンタも外に出られないんじゃ無いの?」


 それに【アヅマ】は「仲間…か」と言いつつ、器用にかめの上に立つ。


「人手ならなあ、必要なだけ手に入るんだよ…見てろよ、凄えから」


 言うなり、【アヅマ】はあっという間に甕の中へと落ちていき、同時に部屋や棚の下に置かれた同じ形状の甕がガタガタと動きだす。


「え、何?何が起こってるの?」


 驚く千春に、私はふと思い当たるものを口にする。


「――これは【塩のひきうす】のたぐいか?」


「え、塩の何?」と、私の声に困惑する千春。


「民話に出てくる石臼いしうすだよ。右に引けば欲しいものを無限に出し、反対に回せば止められる。洞窟から持ち出され、強欲な人間は止め方がわからず、出した塩ごと臼を海に沈んだとされるが…これも、それに類似するものか?」


 それに『ああ、そうだよ』と、周囲から声が聞こえる。


『質より量』


『これを繰り返せば、一個師団なんてあっという間さ』

 

 声と共に周囲の甕から出てきたのは、十人以上もの【アヅマ】たち。


『な、凄いだろう?』


 一人出てくればまた次の人間が。

 あっという間に土間は甕から出てきた陰湿な男であふれていく。


『ここにいるのは、次元をまたいで集まった俺たち』


『甕に入れたものは、次元を超えてここに集まってくる』


『また自分らの意思さえあれば、いつでも元の次元にも戻れるしな』


『――な、便利だろ?』


 ゲラゲラと笑う【アヅマ】たちに「うわ、気持ち悪う」と、声を上げる千春。


「どうする、おじさん。とりあえず手持ちのゆで卵は六個。これを渡してみて、戻ってもらうようにお願いしてみる?」


 トートバッグからラップにくるんだゆで卵を取り出す千春に『卵なんぞ、温泉街で食い飽きているんだよ!』と一斉に声を上げる【アヅマ】たち。


「――んーと。あ、そうだ。助けて【鶏太郎とりたろう】!」


 もはやピンチという状況で声を上げる千春。 

 ――そんな中、ひときわ鋭い鶏鳴けいめいが聞こえた…かもしれない。


『うわ』


『なんだ?』


 群れの向こうで驚きの声を上げる【アヅマ】たち。

 その向こうで、何かを蹴散らす音と羽毛にまみれた巨体が見える。


『おい、何を呼んだ!』

 

 千春を見る【アヅマ】に「おじさん、逃げるよ」と私の腕をつかむ千春。


「ダメ元で読んでみたけど、感動の再会はまた今度。逃げることに集中しなきゃ」


 幸い、【アヅマ】たちは【鶏太郎とりたろう】に気を取られ、元来た道が空いている。


『【マヨイガ】!』


 そこに、【アヅマ】の一人がこう叫ぶ。


『八十度に傾斜しろ!』


「…はあ!?そんなのあり――?」


 だが、その言葉の通り。

 地面が持ち上がると、あっという間に私たちは傾斜から滑り落ちていく。


『こんな鶏、下に落としてやる!』


「私らだって落ちるじゃん――!」


 もはや、恐怖がどうとか言ってられない。


 我々は重力のもとなすすべなく落下していき、棚に置かれていた重量感のある壺や鉄器なども共に落ちた挙句、回廊に続く木戸を破壊する。


「あ、そういや下には…」


 千春の声の先には未だに抵抗していた巨大な牛と触手の群れが拮抗状態きっこうじょうたいで存在し、我々はそこに向かって一直線。


「嘘でしょー!」


 上は羽毛だらけの鶏もどきに別次元からやってきた大量の複製人間。

 下は亡者を食べる牛まがいの怪異にそれを食べる女の顔のついた触手の怪異。


 悪夢のような板ばさみ。

 私は、一か八かで声を上げ――


「…【ゲート】の前へ!」


 その瞬間、私と千春の背中は硬い床の上を滑っていた。

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