レシピ・21「パフェと不変の時間軸」

「――詳しく言うと中に入っているのは私が二年前に受け取ったレポートとだ。明日、ゲートをくぐったら右の棚の空間の歪みに出してほしい」


「…ほぼってことは、内容は二年前とは一緒じゃないのね」


 挑発的に封筒を見るなり、底からすくったパフェを食べる千春。


「おじさん、アイスから食べ始めた方が良いよ。上に載ったフルーツは外して、ある程度までいったら、底からすくう感じで一緒に食べるのがベストだから」


「え、ああ…」と答えつつ、私も半ば溶けかけたアイスを食べていく。


「――つーかさ。今までの話、どっか怪しい感じがするんだけど」


 ついで、サクランボを口にする千春。


「そもそもさ。ここまでのところで、なんでへルンの話が一切出てこないの?」


 それに「それは…」と目を泳がせる室長。


「下の名前から察するに身内じゃん。その話はしないの?」


 室長は「いや、これは娘の。サオリにとって必要なことであって…」と、さらに目を泳がせ、コーヒーを口にする。


「それに…以前から、対策は取っていたんだ。二年前のレポートを受け取った時からサオリを現場に行かせないよう。物理学から遠ざけて。二人をはじめとして、娘に関係しそうな人間を全員、二年もかけて遠ざけてきた――なのに」


「そうやって手を回したあげくに、娘が行方不明になった…と?」


 いら立ちまぎれに口を挟む千春。

 つられるように室長の持つコーヒーカップがカタカタと震える。


「――結局、どうすれば娘を救えたかもわからないんだ。考えても、手を尽くしても…同じ流れにしかならなくて」


 カップを見つめ、室長は声を震わせる。


「そうだ、異界の神は傲慢ごうまんなんだ。超然的ちょうぜんてきで、融通ゆうずうが効かなくて、自分の都合の良い形でしか物事を動かさない…だから、娘は神隠しにあって――」


「…室長さん?」


 ぶつぶつと呟き続ける室長に思わず心配になったのか、声をかける千春。

 それに室長はハッとした顔になる。


「いや、すまない。取り乱した」


 そうして大きく息を吸い込み、立ち上がるへルン室長。


「少し、頭を冷やさせてくれ。明日の朝食にまた話をしよう」


 そう言って去っていく室長に「待って…!」と千春は声をかける。


「さっきは喧嘩ごしになっちゃったけれど、私たちもへルンを助けるためなら協力するから。へルンには異界で世話になったし…それだけは、確かだから」


「そうか…娘らしいな」


 そう言って、ほんの少しだけ足を止めた室長は――部屋の外へと出ていった。



「…ご飯はかなり豪華だったけど、栄養バランスが偏っている感じがしたなあ」


 宿泊用にあてがわれた仮眠室。

 二段ベッドの上から顔を覗かせる千春。


「――ねえ、ぶっちゃけ大丈夫。二年後に死ぬおじさん?」


「…変な、あだ名をつけないでくれ」


 横になっていた私は起き上がり、千春に顔を向ける。


「でもさ、びっくりしたね。まさかへルンのお母さんが室長だったとはさ」


「…まあ、関係者だとは薄々感じていたが。そもへルン女史が行方不明者になっていた人間だとは思わなかったよ」


 ――私は、数時間前の室長の様子を思い出す。


 確かに。私たちの処遇などについても、娘の未来を思ってのことだとしたら、納得がいく部分も多いように感じられた。


「でも、神隠しという単語を聞くなんて。ばあちゃん以来だったなあ」


 しみじみとした千春の言葉に「…ん、誰か行方不明にでもなったのか?」と、思わず反応してしまう私。


「うん、私のじいちゃんがね」と千春。


「仕出し屋さんに勤めていたんだけど、山の地主さんの家で婚礼があるからって、ご馳走を持ってそれきり…当時のばあちゃんはお腹の中に父さんがいたし。同じ店で働いていたから、後のことが大変だったみたい」


「…それは、悪いことを聞いたな」


 私の言葉に「ううん」と千春は首を振る。


「ぶっちゃけ、私が生まれる前の話だからピンと来ないんだよね。ばあちゃんも、それから裏手のお地蔵さんにも手を合わせたり土地の民話とかを詳しく調べるようになって――それで【マヨイガ】の話も聞けたから、結果良かったよ?」


「…そうか」と、私は再び横になる。


「私は、これからどうしたものかと考えあぐねているよ」


 ――何しろ、元の時代に戻れたとしても二年後には死んでしまう。

 そうなれば、この先どう生きていけば良いかもわからない。


「…でもさ、おじさんがいて心強かったよ」

 

 上から降ってくる千春の声。


「いつも、私の意見を優先してくれて、食事を作るのも手伝ってくれて。何より、出会う怪異についてもいろいろ教えてくれるもの」


 私はそれに「――いや、結局。流されているだけだからな」と壁を見て答える。


「優柔不断で安全圏あんぜんけんを歩いているつもりでいつも選択を間違える――その結果、たらい回しにされたあげく行き場がなくなり、最後は孤独に亡くなる…私はそう言う人間だったんだよ」


「私と一緒にいるの、嫌だった?」


 端的たんてきな千春の質問に「いや、嫌ではなかったよ」と、私は素直に答える。


「きちんと食事は取れていたし、今まで経験したことのない世界を知ることができたことは新鮮だった――年甲斐も無く、はしゃいだ面もあったしな」


 それに「…楽しいことに年齢なんか関係ないから!」と千春。


「私、知ってるよ。最初に会った時よりも、おじさんがイキイキしていること。二年後に死ぬって言ってもさ、知った以上は何か対策ができるとは思うんだ――室長さんは失敗したって言っていたけど、別の方法はきっとあるはずだよ!」


「あのなあ、世の中そんなに甘く…」


 そう言って顔を向けるも、千春の姿はそこにはない。

 ――ついで、ベッドの上で聞こえてくるのは小さな寝息。


「なんだ、寝たのか」


 そうして私も電気を消し、久々のブランケットに包まることにした。



「…まず、昨日のことを謝らせて欲しい」


 朝食の席についたへルン室長はそう答える。


 用意されたのは、焼きたてのクロワッサンとケチャップのかかったオムレツ。

 ウインナーにサラダと牛乳にオレンジジュースまでついていた。


「――あれから一晩かけてじっくりと考えた。やはり、君たちには素直に話した方が良いようだ」


 そう言って、まだクマの残る目でへルン室長はオレンジジュースを飲む。


「思えば、傲慢なのは私の方だった…異界に向かい、帰ってこなくなってしまう娘の運命をどう防ぐかということにばかりに固執こしつして、君たちのことにまで頭が回らなかったんだ」


「――それは無理もないことだと思いますよ」


 私はサラダに手をつけながら、へルン室長をフォローする。


「自分に子供がいて、将来的に危険な目に遭うことを知ったら。親であるなら、誰でも対策を考えます。たとえ、いくぶんか犠牲を払おうとも」


「…いや。遠野さんは人が良すぎる」

 

 空になったグラスを置き、ため息をつくへルン室長。


「前に会った時にもそうだった。私の言うことにただうなずくだけで」


「――へルン室長?」


 尋ねる千春に「私は…ひどいことをしてしまった」とグラスを見つめる室長。


「私が受け取ったレポートには二人を送り出した先の事が書かれていなかった。だから娘のことが心配になって、二人を別の管轄かんかつに回して、その後の経過については時々聞くぐらいで…そして昨晩、私は二年後の千春くんに電話をしたんだ」


「あ、未来の私と連絡取れたんだ」


 素直に喜ぶ千春に「いや、まともな会話はできなかった」と、へルン。


「…常に、言動が途切れ途切れで。何かに怯えているようにも感じられた」


「え?」と、オムレツにナイフを入れる手を止める千春。


「聞いた以上に酷かった。二年間のあいだに三度も担当が変わって――海外でも動画が出回っていて、こちらの目が届かなかったがために、いじめにまで遭って…今や、まともに登校すらできなくなっていた」


「ん?だって、動画については室長が何とかしたって」


「それは日本での話だ。海外での生活は私も担当者任せにしていたうえ、異界についてこちらも情報を秘匿ひとくしていたからな。結果、周囲への理解が足りず、カウンセラーは投薬治療にまで手を伸ばしていた」


「え、ちょっと待って。じゃあ、異界は私の妄想ってことにされたと?」


「…当時の私は千春くんのご両親に詳しい事情を説明せず渡航させることを優先していたからな」と、うつむく室長。


「海外に行った先で千春くんが外国語が理解できていないことも問題視されてな。詳しい検査を受けた後、生活するには通常の学年以下の教育にするしかないと診断が下された」


「え、日本の学年は外国語以外トップだったんですけど?」


 困惑する千春に「公用語が理解ができないことが致命的だったのさ」と室長。


「また、近年の流感のせいでコミュニティ外への人間に対してあたりも強くなっていてな。今では一家全員が定職に着けていない」


「…そんなの、おかしいじゃん」と肩を震わせる千春。


「ああ、だからこそ。こちらもほとぼりが冷めた時点で日本に戻す提案をしたんだが、昨今の感染症のせいで渡航制限が出ていて。当面入国が…」


「違うわよ、なんで逃げるような真似を私がしなきゃいけないかって話」


「ん?」と、グラスを持ったまま顔を上げるへルン室長。


「だって。私が異界で生活したことは確かだし、それを否定する方が間違ってるじゃない。それに、何?日本語しか話せないだけで教育水準まで下げるってどういうことよ。二年経ってもグローバリズムってそのレベルなわけ?」


「えっと…」と、目を泳がすへルン室長に「それに!」と声を荒げる千春。


「さっきから食事の手を止めてどれぐらいよ、ご飯は美味しいうちに食べるのが鉄則、室長はトップの人間なんだから手本として食べ方を見せるのは当然よ!」


「あ、わかった…」


 そう言って、慌てて食べ始めるへルン室長に「焦らず、よく噛む――あと食事をしているから今のうちに言っておくけど」と最後の牛乳を飲み干す千春。


「それぐらいで二年後の私がめげるはずがない。ホームシックか、原因は食事にあるのかも――だから、渡航するにしても帰国ではなく帰省。日本食をがっつり食べさせてあげて。そしたら今まで以上に元気になって、そっちを手伝うし」


「手伝う。私たちを…?」


 それに「うん、絶対こんなことぐらいで恨まないから」と、千春。


「へルンが戻ったら一緒に仕事をしたいって言ってくるはずだし――その時には諸々のことよろしくね」


 室長はそんな千春の言葉にしばらく呆然としていたが、やがて「…わかった」と答え、小さく苦笑した。

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