レシピ・19「休憩弁当と親子大移動」

「…階段、上ったはずだよな?」


 ――そこは広い洞穴。


 剥き出しの岩肌には椅子や机がところどころ積み上がり、地面に転がる照明灯には明かりがついていた。


「何か…波の音が聞こえるね、しおの匂いもするし」


「足元は岩礁がんしょうか。海に近いのか?」


 周囲を見渡すも先はまだ続いているようで、私と千春はしばらく歩く。


「おじさん、今こそ昼時じゃね?」


 空腹な表情で私を見る千春。


「あんまり時間がかかるようなら、持ってきた弁当を食べても良いよね?」


(――まあ、確かに)と、中身を詰め直した弁当入りのリュックを見る私。


 先ほど食べていたピーナッツバターサンドを入れたとしても私たちは今朝から歩き詰めで、まともな食事をとれていなかった。


「もうだめだ、ちょっと休憩!」


 千春はそう宣言すると自身のリュックからペットボトルの茶を二本取り出し、レジャーシートを平らそうな場所に広げる。


「時間もちょうど良いし、ここで食べよ」


 そう言って、タッパーいっぱいのアスパラとベーコンの炒め物と昨日の残りの人参しりしりを入れた弁当を広げる千春。そこに即身仏にもあげていた、さつまいもおにぎりを取り出して勢いよくかぶりつく。


「うー、美味い!」


 私も箸を手に取りアスパラとベーコンをつまむが、冷めても十分に美味しい。


 ――オリーブオイルと胡椒で軽く炒めた歯応えのあるアスパラに塩味の効いたベーコン。おにぎりの具材として角切りにされたさつまいもはねっとりとした甘さで残りものとはいえ、昨晩の人参しりしりとも良く合っている。


「うわー。やっぱり私、お腹空いていたんだなー」


 千春はお茶を片手におかずとおにぎりを食べていき、私もかなりの量を口にし、あっというまに弁当は空になる。


「――あれ、【人魚】じゃない?」


「ん?」


 気がつけば、近場の池のような潮溜しおだまりから数人の幼い子供の顔が見える。

 彼らの体の延長線上には、ひれのある尾。


「ひのふの…七人?」


 思わず数えてしまうほどに子供の数は多く、彼らはこちらに気づく様子もなく水遊びを楽しんでいる――見れば、近くには母親か尾のある女性の姿もあった。


「どうする、もうちょっと近づいてみる?」


 そう言いつつも、すでにレジャーシートをたたみ始める千春。

 私もため息をつき、彼女を手伝う。


「――【人魚】だったら名前を呼ぶくらい問題ないよね?」


 千春がそう言った直後、母親が口を開け鳥にも似たけたたましい声をあげる。


「え、え?」


 それに合わせ子供たちは陸地へと進み、母親もそれについていく。


「え、上がるの…?」


 水辺から陸へと上がる子供と母親。


 だが、その体が水から上がると同時にふにゅりとゆがみ。

 ――気がつけば、大小ぬいぐるみサイズの肌色の生き物が岩場を歩いていた。


「あれは…」


 彼らは人型をしているも移動は遅く。

 横断するように片手をあげ、列をなして進んでいく。


「カモの親子みたいに可愛く見えるんだけど?」


 顔を輝かせる千春に「…なんだか【肉人にくじん】のようだな」と、思わずつぶやいてしまう私。


「え、なになに?」


 さっそく興味を示したのか食いついてくる千春に、私はため息をつく。


「――慶長けいちょう時代に徳川の城の外にあらわれた子供ほどの大きさの肉塊にくかいの名前だ。常に片手をあげていて、中国の書物によれば食べれば万力まんりきのちからを手に入れられるらしい」


「へー。でも、さっきまで人魚だったよね」


 一列になって進む肌色のぽてぽて集団に千春は首を傾げる。


「…あ、そういえば。人魚の肉も不老不死の力が身につくんだっけ?」


 その指摘に「まあ、そうだが」と、うなずく私。


「――ということは、人魚の時点で食べれば不老不死。この時点で食べれば万力のちからが身につくということなのかしらん?」


 首を傾げる千春に「だから、食べることを考えるな」と私はたしなめる。


「大丈夫、可愛いから食べないよ」と本当かどうかわからないことを言う千春。


 肉塊となった親子は身を隠すように狭い岩礁のあいだを進み。時折、子どもが転んだりはぐれかけたりしながら、先へ先へとよちより歩く。


「【人魚】が陸地を移動できるよう変化した姿が【肉人】なのかもしれないな」


 思わずつぶやく私に「…きっとそうだよ」と千春。


「こうして、水辺の安全なところに身を隠してひっそりと暮らしている…でも、お父さんはどこにいるんだろうね?」


 そう首を傾げる千春の横でようやく親子は住処につく――そこは巨大な潮溜まりの中に椅子や机を大量に積み上げ、ドーム状にした場所。


「…そっか、あそこがお家か。ビーバーの巣みたい」


 感心しつつも、目の前の巣と同じぐらい大量に家具や木材の集まるガレキから千春と私は顔をだす。


「じゃあ、行こうか。良い休憩になったし」


 そう言って、ガレキの山から離れる千春。

 私も一緒に立ち去ろうとするも――ふと視線を感じ、横を向く。


 私たちのいるガレキから数メートル先。

 …そこにいたのは別の潮溜りから顔を出す、鳥とも人ともつかない生物。


『ヤマイガ、来マス』


 生き物は、そうつぶやくと手を前に出す。


「――なんだ?」


 握られていたのは、どこか覚えのある数珠。


『ヤマイガ、来マス』


 再度、そう声をあげる生物。


 それはまるで私に数珠を受け取ってくれと言っているように感じ、手にすると生き物は音もなく水へと沈んでいく。


「今のは…【アマビコ】か?」


「――あ、いない!」


 千春の声に巣の方を見ると、すでに人魚たちの姿が消えていた。


「…おじさん、それ何?」


「いや、さっき近くにいた生き物からこれを受け取ってな」

 

 そう言って、私は手にした数珠を千春に見せる。


「さっき、【アマビコ】って言っていたよね?何それ」


「いや、海から上がる怪異で鱗とクチバシを持ち予言をすると言われているが…」


 見れば、椅子や机に混じり積まれたガレキにはいくつか流れ着いた船もある。

 その中には鳥居を四方に囲まれた補陀落渡海の船の姿。


「なるほど。つまりこの池に住んでいるのは【人魚】のお母さんに【アマビコ】のお父さん――お父さんはキジのオスのように予言をして人をきつけることで、お母さんと子どもたちを守っているんだな」


「…なんだ、その解釈かいしゃくは」とあきれ返る私。


 そこに「両手を上にあげて、こちらに投降しろ!」と声が響く。


 ――みれば、光の差し込む洞窟の先。

 出口の辺りに防護服の人間が銃を持って立っているのが見えた。


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