レシピ・18「皿持つ子供たち」

 ――列車に乗るのは久しぶりのことであった。


 私生活でも仕事でも田舎特有の地理的要素により、移動は乗用車一択。

 車両に乗ることなんてこの数年間覚えがなく、それゆえに新鮮であった。


「うわー、本当に都会を走ってる感じだー!」


 叫ぶ千春は電車の中で完全におのぼりさん状態で、人が乗っていないことを良いことに座席に膝を乗せて窓の外の景色を楽しんでいる。


「…でも、やはりここは異界なんだな」


 上を見あげ、私はそうつぶやく。


 ――吊り革広告は全てが文字化けし、ドアの上の電光掲示板に表示される駅名も何が書かれているか判別することさえできない。


 窓から見えるビル群の中に人影はなく、空には異常な数のバルーンが上がり、道路を走る長い影には腕が何本も生えていた。


「では、何か聞きたいことはあるかい。もちろんできる範囲での話でだが?」


 座席で足を組むへルン女史に「あ!私から、私から」と手を挙げる千春。


「ねえ、ずっと思っていたんだけど。外に出る方法に【順応】は使えないかな?」


「…私たちが移動手段に使っている。この【土遁の術】かい?」


 へルン女史はそう言いつつ、半分になった小さな皿を出す。


「仲間との合流用として使っているが…これをどうする?」


「――その方法、異界と外でもいけないかと思ってさ」と千春。


「…ほら。私たち外への通信手段として空間の歪みに手紙を出しているじゃん?あの中に【順応】した物体を入れて、向こう側の人に傷つけてもらえば、戻れるんじゃないかなって思ってさ」


 へルン女史はそれを聞くと「…それは、今のところ無理だな」と首を振る。


「こちらでも異界内で入手し【順応】した皿を外に出してみたが、結果はかんばしくなく――正直に話せば、何の反応も無かったんだ」


「ただの皿になったと?」と、私。


「そうだ」と女史は答える。


「――要は【順応】による移動は異界内でしかできないということ。外に出せば無害な器物へと戻ってしまう。まあ、古いものでもあるから傷さえなければ道具自体の価値は変わらないと思うがな」


「んん。となると【マヨイガ】で、もし価値あるものを見つけた場合?」


 千春の問いに「【順応】は消滅しているから、何の問題もなく売ることはできるだろうね」と返答するへルン女史。


「うっしゃ!がぜん、やる気が出てきたよ」


 喜ぶ千春に「…それは良かった」と苦笑するへルン女史。


 そこに「――じゃあ、こちらからも」と私も千春に習って手を挙げる。


「【順応】で外に出ることができないとするのなら、ゲートを使って出入りできる仕組みはどうなっている?」


 それに「…良いところを突くね、遠野さん」と微笑むへルン女史。


「あのゲートは二年前から設置され、そのままになっているものだ」


「二年前…となると、ちょうど私たちが来た時期と重なるのか?」


「そうなるな」と電車がトンネルに入ったところで、うなずく女史。


「設置当初から二年間ずっと使用している、そのため向こうの時間は二年先――だから、くぐっても千春も遠野さんも同じ時間軸に戻ることができない」


「設置の方法は?」


 へルン女史は「――残念ながら、ほぼ偶発的にできたものだ」と首を振る。


「人工的に作る研究も進められているが、状況はかんばしくはない」


 そこまで話すとと「…じゃあ、あと質問は一つかな」と地下を通過する駅名を横目に見る。


「さきほどの内容とは別で、何か気になることがあったら教えるよ」


 その女史の言葉に私はやや引っ掛かりを覚えるも「…だとしたら」と続ける。


「――どうして、調査員と会った時に千春と私を本名で紹介した?」


「え?」


「は?」


 電車はトンネルを抜け、再び街の灯りが見えてくる。


「え、だって。自己紹介してくれなきゃ、仲間として見てもらえない…」


 戸惑う千春に「――いや、おかしいとは思わないか?」と私。


「モールで読んだ日誌には、怪異に対して名前をつけることをせず。指摘についてへルンさんも正しいと言っていた…だが、日誌を書いた当人たちの名が無かったことも確かなんだ」


 その指摘に「あ!そうだよ」と声を上げる千春。


「それに、へルンさんは異界内で異質な動きをする集団に【空間製作委員会】と名前をつけた…その行動、どこか矛盾していないか?」


 私の言葉にへルン女史は何も答えない。


「その手にある皿――それは、どこで手に入れたんだ?」


 へルン女史の手にある片割れの皿。


「その皿をどう【順応】したものと見分け、使用しているんだ?」


 私の中では温泉街で手にした茶碗――【空間製作委員会】の男が残した茶碗のことが思い出される。

 

「…いやあ」と、苦笑するへルン女史。


「一つきりと言っていたはずなんだが、随分答えなければいけないね」


 その眼窩は暗い穴へと変化し、背後の窓に反対側から来た列車がすれ違う様子が見えた。


「――まあ、最後の質問にだけ答えよう」


 車両に見えるのは小さな子供。

 せ細り、重ねた皿を持つ彼らはヘルンと同じ黒い眼窩がんかでこちらを見る。


「この皿はからもらったものだよ」


 ――ついで、パリンと皿の割れる音。


「…おじさん、へルンが」


 気がつけば、いつしか列車には私と千春の二人だけになっていた。



「…へルン、どこで降りたんだろう」


 電車は一周し、私たちは拠点の駅へと戻っていた。


「食事をするときも、様子がおかしかったし」


 数分前のサンドイッチを食べていた光景を思い出したのか顔をしかめる千春。


「――へルンって、【空間製作委員会】の人間だったのかな?でも、あの電車にいた子供たちは明らかに怪異っぽかったし」


「さてなあ。何しろ情報が足りない」と、私も考え込む。


「というか。あの子供達が怪異ならおじさん正体わからない?対処法とか考えるのに、おじさんの知識が欲しいんだけど」


「それは…」と私は言いかける。


 ――一応、思い当たる節はあった。


 へルンのあの食欲。電車にひしめく眼窩が落ち窪み痩せた子供たち。

 でも、もし名前を呼ぶことが連中を呼ぶことに繋がるとするのなら…


「一応、見当はついているが。今はやめておこう」


 構内を歩き、私は首を振る。


「ええ、気になるよお」


 ついで、テントなどが並ぶ位置まで戻ると「…じゃあ、この後どうする?」と、今や誰もいない駅の構内を私は見渡す。


「うーん。今のところ行けそうなところはあの場所くらいだと思うけど」


 千春が指さした先には、大量の物資が近くに積まれた階段。

 壁にはスプレーで【I'm going homeアイムゴーイングホーム(帰るぞ)!】の文字。


「二年後に向かうゲートだとは聞いていたが…行くのか?」


「うん。向こうも外に出ないかと誘ってきたし、何かあるのかもしれない」


「…警備兵がいるって話も聞いているが」と、私。


「その時は、その時」


 そう言って先陣切って歩いていく千春。

 私はその様子にため息をつき、階段を歩き出した――

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