変化カレーと海鮮焼きそば

レシピ・11「変化カレーと胎内巡り」

『うわー、久しぶりのカレー以外の飯だ!』


『味の決め手はソイソースか。て、確か日本の伝統料理だろ?』


 ――夕食どき。周囲にそのような内容の英語が飛び交う。


 へルン女史によって集められた国際調査隊こくさいちょうさたいの面々は、千春の作った肉じゃがにご満悦で、大人数分の鍋はあっという間に半分以下になっていた。


『ライスおかわりー』


「はーい」


 外部バッテリーに接続した炊飯器から、炊いた米を茶碗によそう千春。


 私も別の炊飯器を使って手伝うも、食事をする彼らの傍らには軍人が使うような自動小銃が置かれており、穏やかな雰囲気の中にかいま見える物騒な代物に、思わず眉根をひそめてしまう。


「――安心しろ、安全装置もかけてあるから」


 その様子に気づいたのか、小声で話しかけてくるヘルン女史。


「…何が起きるかわからないからな。こうでもしないと安心できないのさ」


 ついで、私がよそったおかわりのご飯を食べる女史に「――コッチはもう半ば見慣れてきているけどね」と、一息ついたのか調査隊の持ってきた沢庵たくあんの漬物をかじる千春。


「でも、撃ってるところは見たことない。訓練はしているだろうけれど」


「…我々は、怖がりでもあるからね」


 沢庵を分けてもらいつつ、へルン女史は肩をすくめる。


「空間は常に不安定だ。何が起きるかもわからず、何が出てくるかもわからない。常に備えておかないと気持ち的にも落ち着かないのさ」


「でも、私はだけは携帯しないよ」と、銃をあごでしゃくる千春。


「異界で随分と変なものは見てきたけど、相手も危害を加えたり不用意に近づかなければ大丈夫っぽいし、遠野さんにも持たせる必要はないと思っているから」


 その様子にへルン女史は「――本当、千春は強いよね」と苦笑する。


「まあ、私もそんな千春が嫌いでは無いし。その姿勢を君たちが貫いてくれることを祈っているよ。私たちもその想いに応えられるよう精進しょうじんしよう」


 ついで、へルン女史は茶碗のフチをスプーンで叩き、全員の注目を集める。


『えー、みんなに報告がある』


 ヘルン女史は英語でそう言うと、軽く私たちのことを紹介し、茶室のことや【空間製作委員会】の一人が温泉街にいたことを説明する。


『――今回の件で、連中は調査隊の存在を知っており、我々の一員をかたるような素振りも見られた。今後、接触することも見越して調査する際には十分注意してくれ…あ、それと』


 ついで女史は先ほどまで食べていた鍋を指さし、ニンマリと笑う。


『明日の朝には肉じゃがの残った具材を使って、カレーに変更する予定だ。そのためキノコと糸蒟蒻は念入りに食べておくように、以上』


 途端に調査員たちから悲鳴のようなパニックの声がわき起こった―― 



「カレーって言っても、うどんなのになー」


 翌朝。千春は助手席でふてくされつつ大量の物資を積んだ後部座席や、昼尚ひるなお暗い空の下で遠くなっていく温泉街の鳥居に目をやる。


「まあ、カレーうどんもカレーのうちだろ?」


 ――朝食は昨日の肉じゃがの具材に出汁だしとカレールーと油揚げを足して大量のうどんを加えたカレーうどん。


 醤油しょうゆベースの出汁はルーとも合い、付け合わせの野菜サラダに缶詰のフルーツが入ったヨーグルトもついて豪華絢爛ごうかけんらんな朝食となっていた。


「…で、次に行くのは麓にある寺院だったな?」


 私の問いに「うん、そこが今のところ動きの少ない土地だってへルンから聞いているから」と、千春。


(――【マヨイガ】もこの【茶室】も、おそらく異界に【順応】した土地の一つなのだろう)


 朝食後。へルン女史は【マヨイガ】について、そう分析をしていた。


「もともとは地上にあった建物が空間の歪みによって異界に飛ばされ、年月と共に【順応】した。中の道具にまで価値があるかはわからないが、伝承に残るほどだ――何かしらの特性はあるかもしれない」


(…この異界にはそんな【順応】した土地がいくつもあり。大なり小なり奇妙なものが中に残っている場合もある。探索を続けていけば【マヨイガ】や外に出るための手がかりを見つけられるかもしれない)


「奇妙なものか…何があるんだろうね」


「――さてね」


 午前になっても周囲はなお暗く、ライトの灯りが道の端にある木々を照らす。


 墓地にさしかかったのか川を挟んだ向こう岸に、四角い石の影が等間隔に立ち並ぶのが見え、卒塔婆そとば霊廟れいびょうと思しき影も見えていた。


「…あ、ここかな?」


 そう言って、小さな橋を渡り千春が止めさせたのは巨大な門前もんぜん

 奥には巨大な寺院が見え、境内には土産物屋や宿坊などの施設が並んでいる。


 ――しかし、どれほど辺りを見渡せども、門の周囲には広大な墓地しか見えず、建物の類は門を覗いた先にしかないように見えた。


「不思議だね。門の先だけ別の空間みたい。明るいうえに観光名所っぽいし?」


 そう言って、進み出す千春に「ちょっと待て」と私は止める。


「――車、このままにしておくのか?」


 それに「へっへー、大丈夫。ちゃーんとへルンから聞いているんだから」と、千春は後部座席のドアを開ける。


 手にしたものは、ヘルン女史が使っていたものと同じタイプのラインカー。


「これをこーして、こーして…」


 引かれたのは平行な赤い二本の線。


「では、ちょっと実験。おじさん、ここに車止めて」


 私もそれにならい、車をバックさせて線の中に入るよう止める。


「オーライ、じゃあ。描くね」


 ついで、彼女は車から少し離れたところで先ほどと同じ長さの平行線を路面に引き、もってきたバールで線の一本を傷つける――途端に視界がぐるりと周り、気づけば、ちょうど隣に線を引いたところに私の車は止まっていた。


「おお、できた。じゃあ、車を戻して最小限の荷物を下ろしますか」


 千春はそう言うと傷をつけた方の線を足で消し、私たちは二人分の弁当の入ったリュックサックを持って境内の中へ足を踏み出す。


「これで次に行った場所に線を引けば、車ごと荷物が移動できる。便利な方法を知れちゃったよね」


 上機嫌な千春の歩く先には、行燈あんどんの形をした灯りが点々と並び、古い日本家屋風の店にはそばやうどん、名産品の名が入った土産物屋ののぼりが目立っていた。


「温泉街では大して店も回れなかったけどさ、今回はちょっとぐらい中を見てもバチは当たらないかも…」


 そう語る千春の語尾がだんだんと小さくなっていく。


 ――いつしか、店内にはいくつかの人影が見えていた。


『手打ちそばはいかがですかー?』


『今なら試食もありますよ。どうぞ寄っていってくださーい』


 声をかける店員の影。

 土産物屋を歩く人々の影。

 

 店員は明るく笑顔を絶やさないが、対照的に客と思しき人々の目はどこか虚ろで、頭部には白い三角の布がついていた。


「へルンは変化が少ないって言っていたのに…」


 白線のカートを片手にしながら、私の腕を取る千春。


 いつしか、店から出る影の数は増えていき私たちは密集した人々の列に混ざり前に向かって進んでいく。


「どうしよう…おじさん、これ抜けられる?」


 ――正直、それは難しいとしか言いようがなかった。


 影に少しでも触れると痛みをともなう冷たさが感じられ、中を切り抜けるには相当の体力を要することが予想された。


(…幸い、列に沿って歩いている以上、向こうも間隔を狭めるようなことをしてこない。ここはえて歩くしかないか?)

 

 もどかしくも進んでいくと、やがて本堂と思しき巨大な建物に近づいていく。


「人混みは…切れないか」


 境内の中心には巨大な香炉こうろが据え付けられ、影のような人々がそこに近づくと自身の頭部や肩などに煙をかけていく。


 ――列はさらに先へと進み、傾斜状けいしゃじょうになった通路を通りながら本堂の内部へと入り込む。


 そこには巨大な本像と思しき黒い仏像が鎮座ちんざし、横の通路から下に向かう階段が見え、階下に向かう影の列はこちらに向かって伸びている。


胎内巡たいないめぐり――こんな場所で?」

 

 天井に描かれているのは、悪鬼が人々を追い回す地獄絵図じごくえず


 ――そうして私の腕をとった千春は目をつむり、私たちは亡者の如き影の群れと共に暗い階下へと降りていった。

 

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