温泉卵と肉じゃが

レシピ・7「迷路町と爆発スイカ」

「ねえねえ、おじさん。どれに乗る?」


 ――昨日の騒動から一夜明け。

 千春は私を連れてモールの三階にある屋内駐車場に来ていた。


 広い駐車場には軍の人間が残したであろう数台の車が並び、キー自体は日誌の入っていた棚奥のボックスに仕舞い込まれていた。


「私は、小回りがきいて色んなものが積める車が良いな」


「…まあ、そうだよな」


 私も千春の言葉に同意しつつ、車を選んでいく。


 聞けば、この先は中継地点もあるが、悪路や狭い道も多いがとのことで四駆で馬力のあるコンパクトタイプの車の方が有利に思えた。


「――となると、私が運転できるのはこれかな?」


 選んだ車に対し「お、いいじゃん。さっそく荷物を積んでみようよ」と千春。


 それは、電気と燃料のハイブリッドコンパクトカー。試しに外部バッテリーと小型冷蔵庫、台車にコンロに燃料を積み込んでみても問題ない積載量。


「じゃ、私は案内係で助手席へ」と、ポンと座る千春。


「ほら、おじさん。動かそうよ」


 ――日誌を読む限り、行方不明の調査隊が撤退しようとしていたのは十八日。


 年号が一致しないことには目をつむり、リアルタイムでの日数と同じと考えれば、まだバッテリーは上がっていないはず。


(あとは、ガソリンがどれほど残っているかだが…)


 だが、諸々の心配は杞憂きゆうだったらしく、エンジンをかけると拍子抜けするほどあっさり車は動き、燃料計も満タンをさしていた。


「…動かせるな」


「じゃあ、さっさと行こうよ」


 急かす千春に「少し待て」と声をかけ、私は車を降りるとポリタンクを下ろして手近な車からガソリンを拝借する。


「道中にガス欠になっても困るだろ?念のために積んでおこう」


「ん、わかった」


 ――そうして準備は整い、車は出発する。


 出口と書かれた方向に従い、スロープを伝って下に降りる。

 蛍光灯の灯が照らす中、次第に見えてくるのは通路の先。


「うわー、ようやくショッピングモールから外に…おお!」


 ――聞けば千春もこの場所から外に出るのは初めてだそうで、声に釣られ私も目の前に広がる光景に目をやる。


 そこは人気のない町。

 田んぼが遠くに見え、近くには住宅街や商店が並んでいるが…


「まるで、夜だね。時刻は朝の十時なのに」


 自前のアナログ式腕時計を見ながらつぶやく千春。

 その言葉に私も「ああ」と返す。


 全体的に暗い街。


 星のない空に各家には灯がポツポツと着くも人影は無く、並んだ街灯が辺りを照らす他、道には車が一台も走っていない。


「軍の人からもらった地図だと、この先にある商店街を抜ければ温泉街に向かうみたい。鳥居みたいなものもあるし、【マヨイガ】に関係あるかもって」


「…ただ」と続ける千春。


「この町って意外と入り組んでいるそうでね。軍の人たちもルートが定まるまで苦労したって話だし、うっかり道を間違えれば、入ったはいいけど出られなくなる可能性もあるんだって」

 

(――確かに。こんな複雑な道をひとりで行くわけにはいかないな)


 住宅街はどれも同じ建物が並んでいるようで、しかも土地も複雑なのか、T字路や行き止まりがいくつも見えた。

 

「――さっきの田んぼ道をまっすぐ行くとトンネルに繋がっていて、そこから先は軍の基地と地上に繋がっているらしいの。でも、二年後にしか行けないそうだから、当てにはできないわ」


 手元の地図を見ながら、千春はそう答える。


「ちなみに温泉街は次の拠点とする案も出ているそうだから、運が良ければ軍の人とも合流できるかも――あ、そこ。車停めて!」


 千春の言葉に、不思議に思いつつも一軒の家の前で車を止める。


「この家、トイレや食料の中継ポイントになっているらしいよ」


 外に出るなり千春はポストの中を探り、取り出した鍵で家の中に入っていく。


(…うーん。まるで泥棒だな)


 罪悪感と共にドアをくぐるも、そこはなぜかコンビニエンスストア。

 少し熱がこもっている気もするが棚には食料品などが綺麗に陳列されていた。


「よし、何かあるか探りますか」と、腕まくりをする千春。


「トイレ行きたいならお先にどうぞ。見たところ危険はないようだし、一人でも…あ、このデザート棚。奥の壁に歪みがあるじゃん」


 ついで、彼女はポケットに入れていた手帳を破るといつぞやに見た結んだ紙を作りあげ、グイと棚の奥へと押し込む。


「――これでよし、と」


「…前々から、気にはなっていたんだが?」


「ん?」


「それ、何が書いてある?」

 

 その質問に「あ、これ?私の住所とここまでの経緯」あっさり答える千春。


「だって、黙って出ていっちゃうとタダの家出娘じゃん。通信機器が使えないとなると、伝達手段としてこの方法がベストかなー…って」


 そのとき、私は先日に彼女が冷蔵庫を漁っていた時の言葉を思い出す。


「…そういえば、空間が歪んでいる時は自分たちの空間と繋がっている状態だとも言っていたな」


「うん、そうらしいってね」と、うなずく千春。


「でも、いつどこに繋がっているかまでは詳しくはわかっていなくてさ。教えてくれた軍の人も、次回会ったら手紙の内容も含めて歪みが起きた場所や時間帯についても教えてくれって――んん?」


 言うなり、再び棚の中を覗き込む千春。


 ――見れば、いつしか棚には小さな一枚の封筒。


「受け取り人様へ」と日本語で書かれた下には文科省の印字がされていた。


「…文科省というと、あの?」


 困惑する私に「お、丁寧に日付のスタンプまで押されてる」と封筒を取り出す千春。


「えっと、なになに…おお!年号も日付も今日と一致している。今まで返事なんて初めて来たんだけど。ちょっと、中を見てみても良い?」


「まあ、別に問題なければ」


 ついで、レジにあったハサミをとって封を開ける千春。


「なんだろなー。お母さんから戻ってこいとか書かれていたら嫌だなー」


 上部を綺麗に切断し、封筒から取り出したのは一枚の紙。


『拝啓・受取人様 事情は承知の上で事態をこちらで収拾させていただきます』


「…」


「…」


「事態って、なに?」と千春。


「わからん」と首を振る私。


「――そもそも、手紙には何と書いたんだ。まずそこを教えてくれないと…」


 そんな折、ごろごろと何か重たいものが転がる音がする。


 見れば、従業員用のドアを押しのけ、緑と黒の縞模様の物体がこちらへと向かってきていた。


「え、あれ。スイカ?」


 そう、それも一つ二つではない。


 ドアの隙間から覗くスイカは明らかに扉の半分以上まで積み上がり、はみ出たいくつかがこちらに向かって転がり落ちてくる。


「なんで、どうして?」


 困惑する千春に私は気づく。


 ――いつしか、室内が汗ばむほどに暑くなっていた。


 熱源は開いた従業員用のドアの向こう。


 見れば奥にはボコッボコッと音をあげながら気泡を破裂させるマグマ。


 その周りには黒い大地…いや、地面を埋め尽くすほどの大量のスイカが積み上がり膨張する様が見えており…


「いかん!」


 私はとっさに千春の手をつかむと、ドアからレジの方まで引っ張っていく。


 ボゴッ ブシュッ!


 壁に走るのは鮮やかな赤と甘ったるい匂い。


 ところどころ種が混じるそれはスイカの果肉の残骸であり、熱によって膨張したスイカたちはドア近くから次々と破裂していく。


 ブシュッ! ブシュシュッ!


「ああ、もったいない!」


 悲痛な千春の声。


 後ろを見れば、今やドアからあふれだしたスイカは店内の半分以上を埋め尽くし、破裂音と共に左右に割れて鮮血ならぬ果汁を吹き出していく。


「――最悪のスイカ割りだ」


 そんな言葉が口をつくなか、訳がわからない私達は立ち寄ったコンビニを後にせざる負えなかった。

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