修理屋のアリクイさん

青時雨

修理屋のアリクイさん

 僕は久々に修理屋『ARIKUI』に向かった。ここではどんなパーツも修理してもらえる。

 店主のアリクイさんはその名の通りアリクイなんだ。僕たちと違って心臓や脳っていうコアで動いてるんだよ。凄いよね。



「こんにちはー」


「久しぶりだね、やんちゃ坊主君。今度はどこを壊したんだい?」



 ここではどんなパーツも修理してもらえると言ったね。

 例えばだけど、僕の腕。転んだら肘の関節パーツが壊れちゃって、新しいのと交換してもらったんだ。

 他にもあるよ?。

 僕くらいの年齢だと、大人になるまでに何度かパーツを換えないといけないんだ。怪我をしたり故障したりすることが多いからね、は。

 まだパーツを交換する回数が圧倒的に多い子どもは、あんまり良質なパーツと交換してもらえないんだ。パーツを作る材料にだって限りがあるからね、だから仕方がないんだけどさ。



「壊したわけじゃないんだ。流行っているこのオルゴールを耳パーツに組み込んでほしくって」



僕はアリクイさんに銅色に光るぴかぴかのオルゴールを渡した。



「知ってる知ってる好きな時に音楽が聴けるってやつだろう」



アリクイさんに促されて、いつもの椅子に座る。この椅子、ずっと昔にもらったものなんだって。アリクイさんって修理は得意だけど、何かを作るのはからきしらしいよ。

 耳パーツをドライバーで外すと、アリクイさんはそこに丁寧にオルゴールを組み込んでくれる。

 金属の子気味いい音を聞きながら、店内の新旧様々なパーツや工具なんかを見回す。僕もいつか修理屋さんになろうかな。

 あっという間にオルゴールが組み込まれた耳パーツが完成し、再び僕のボディに耳パーツを取り付けてくれる。



「上手くいったか、試しにここで音楽を聞いてごらんよ」



アリクイさんに言われるまま、僕は耳たぶについたピアスのようなそれに触れ、右に数回巻く。すると、僕の大好きな曲がゆっくりと流れ始めた。



「わあ、凄いっ」


「音量に問題はないかい?」


「うん、ありがとうアリクイさん」


「じゃあお代をここにいれてくれるかい」



差し出されたお皿の上に、アリを丁度三十匹乗せる。アリクイさんは「まいど」と言いながらもうそのアリを食べ始めていた。



「やっぱりこの時代のアリは大きくてうまいね」


「ねえアリクイさん聞いてもいい?」


「お前さんくらいだよ、こんなアリクイなんかの話を聞きたがるのは」


「食べるってどんな感じ?」



ロボットには《食べる》という行為がない。心臓も脳もない。ただ一つのコアだけで動いている。このコアに毎日油をさしていれば、パーツの90%が損傷しない限り死も訪れない。



「お前たちがパーツをしょっちゅう換えるのと同じような感じだね。食べないと死んじまうんだよ」


「そっか。アリクイさんには仲間はいないの?」


「いないさ」


「イキモノ?っていうんだっけ、が他にもいれば寂しくないのにね」


「別に。お前らロボットといた方が心も休まるし、アリも美味いってもんさ」


「ふーん」



店先に友達の姿をみつけて、早速自慢しようと席を立つ。



「また来るね」


「ああ、いつでもどうぞ」






◇蟻◇蟻◇蟻◇蟻◇蟻◇






 金属のガラクタで出来た少年を見送る。少年は明日もまたオルゴールを取り付けてくれと店を訪れるだろう。この時代は鉄くずで出来たロボットたちが同じ時間をぐるぐるぐるぐると生きているから。

 面倒な生物がまた生まれる前に、私は何かを作ることに飽きたらしいあいつと世界の時間を進めることをやめこれ以上未来が来ないよう最後の年を循環させることにした。



「さて、気は進まんがそろそろ向かわないと」



 アリクイは店の奥、鮮やかに染められた糸で織られた壁掛けを引っ張り、何の変哲もない木の板と対峙する。

 渋々彫刻刀を手に取り、そこに「2023年8月10日」と彫っていく。ドリルで穴をあけ、取っ手をつけると何やら日付の彫られたちょっぴり歪なドアが完成した。

 やっぱりあいつのようにはものを作れない。

 完成したドアをノックすると、鍵穴からアリが這い出て来た。それを合図と言わんばかりにアリクイは木の板でしかないはずのドアを開き、その向こうへと踏み出した。




―――――2023年8月10日




 アリクイはある林の中にいた。

 背後にある木の板には、10000年4月8日∞と彫られている。そのドアをひょいと持ち上げ近くにあった岩まで運ぶと、岩に板を打ち付けただの木片に還した。

 ドアノブを遠くに投げると、アリクイはふと足元に列を成しているアリに気がつく。



「この時代のアリは小さくて食えたもんじゃない」



 するとそのまま林の出入り口に聳える鳥居をくぐり、夏らしい雲の浮いた青い空を見上げる。

 通りかかった自転車に乗った一人の人間が、ぎょっとしたようにアリクイを凝視した。



「おっと」



思わず笑ってしまう。



「流石にアリクイ《この》姿のままじゃだめかね。気に入っているんだけど」



アリクイの姿は木漏れ日の美しさに気を取られているうちに、一匹の猫の姿に変わっていた。

 これで彼の異様さに驚くのは、本物の猫くらいのものさ。



創造神あいつが羨ましいねぇ、何でも好き勝手作りやがって。過去の修理なんて所詮尻拭いだろうに」



 修理屋である彼は今日も過去を修理なおしている。

 人間がまだ生きているこの時代では仕事が多そうだと悪態をつきながら、真夏の強い日差しの下、にゃんと鳴いた。

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