last GIG:THE SUN AND THE MOON

 ヴァチカンに近づくにつれ、天使が大きくなっていく。しかしアルス・マグナの敵ではなかった。「主砲用意! 撃て!」また一つ天使を殲滅した。「チッ、何匹いやがんだ」アイジが毒づく。みんなもうんざりしている。「みんな油断しないで! もうすぐヴァチカンだから!」わたしは注意した。しかしわたしもこの果てしない戦いに気疲れしだしている。いけない、わたしこそが一番がんばらなきゃ。

 目的地まであと二百キロを切ったところで、また天使が襲来した。それは今までとは比べようもない大きさで、しかも三匹の同時展開だった。一匹は鶴、もう一匹は鷲、最後のは竜の様な形状をしている。「各個撃破する! 主砲用意! 撃て!」弾は鶴の首を落としたが、その程度では殺せなかった。さらに厄介なことに、天使たちは散開し、船を包囲した。「もうすぐヴァチカンなんだろ! こんな奴ら無視してフルスピードで巻けないか」とアイジは言うが、「いや、トランスフェール中に襲われたらまずい。京がいないとき、誰が船を守るの!」と椎名に論破される。わたしも椎名に賛成だった。「船を立てる! イザム!」「了解!」船が縦に浮いていく。「横回転!」「ヨーソロー!」「主砲用意! 乱れ撃て!」ドドドドドドン! 三匹の天使は朽ち果てた。ふぅ。何とかなった。だがアイジの焦りもよく分かる。わたしは船のスピードを上げた。

 やがて見えてきたのは瓦礫の集まりだった。それは塔になっていて頂点にソフィアが座っている。少女の格好をしていて、わたしたちが接近すると両手を大の字に挙げた。「なあ、トランスフェールせずとも主砲で倒してしまっても良いのでは?」キリトが言った。良い意見だが、「それはサケル大戦時に実証済み。全能の神には人工物での攻撃は通用しない」ユキが口を開いた。にしてもおかしい。ソフィアはビームで迎撃してくると踏んでいたが、それはせず、まるでこちらの接近を待っているようだ。「減速よし! 目標をビームキャプチャーで捕まえる!」船の両端からアームが伸びてソフィアを囲むようにビームの檻が展開された。「捕まえた! トランスフェールいくよ!」わたしのモニターにゲージが表示された。30%、40%……。「うっ」わたしは頭にふらつきを感じた。そして脳に物理的な何かが侵入してくる。ソフィアを見ると、日光浴でもしているように大の字のままでいる。60%、80%……。わたしはもう意識がほとんどなかった。「おい、京! 大丈夫か!」そんな言葉が聞こえた気がする。100%。モニターに「TRANSFERT」と表示された。わたしは意識を失った。


 わたしは上面と下面にそれぞれ光る線が走る空間を飛んでいた。次は右面と左面にそれぞれ幾何学模様が浮かぶ間に挟まれて飛んだ。今度は地球の誕生から生物が産まれ進化していく過程を見た。そしてわたしは部屋の中に立っていた。白を基調にしたアンティークのインテリアが美しかった。鏡を見つけた。わたしが映っていた。その右にドアがあったので開けてみた。少女が食事を取っていた。

「ソフィア?」「人間は私をそう呼ぶな。しかし神に名前など要らんのだ」「それは名付けることで社会の一部として包摂させるためだよ。名前がないものは怖いもの」ソフィアはそれを無視し、食事を平らげた。「私はきみを待っていた。我が子が邪魔をしたな。失礼した」ああ、天使のことか、とわたしは思った。「端的に言おう。きみと融合したい」「トランスフェール、でしょ」「それは私の意志でどうにでもなる。きみを殺すも生かすも」「え、それじゃあ今までの犠牲者って……」「私の気まぐれだ」「な……あなた暇なの?」「私は疲れたのだよ。神に名前も身体も要らんのだ」「で、わたしと融合するとどうなるの?」「きみほどの演算能力の持ち主なら、私と融合しても意識を残存させ、さらなる進化が可能となるだろう。私はきみの脳のなかできみと共存する」「身体をわたしに明け渡すってことね。進化すると具体的にどうなるの?」「きみはこの星の為すネットワークに同化できるようになる。常人では耐えられない情報量をきみの望む通りに操ることができるようになる」「ガイア理論かあ。それはすごいね。なんだかわたしばかり得するような話だけど、あなたはそれでいいの?」「構わない。私はただ、すべてを見ていたいだけだ。きみは自分がなぜ世界の主人公なのか考えたことはあるかね」「永井均でしょ。もちろん考えたよ」「それできみはどう結論づけた?」「〈わたし〉の創造主はあなた。けれどもその奇跡は誰にでも言えるから、結局わたしが〈わたし〉として産まれたのは偶然にすぎない」「その〈わたし〉に純化するとどうなるか分かるね?」「身体を捨て、一方的かつ全体的に『見る』者となる。まさに神ね。あなたはそれになりたいわけだ」「その通り」「わかった。融合しよう」「ありがとう。きみはこれにてヒトを超える」


「う……。うん」「起きた!」「京! 京でしょ!?」「神に名前など要らぬ」「な……」「なんてね。へへ。京だよ」「お前! 悪い冗談はやめろよ!」みんながわたしを待っててくれたんだ。わたしには帰る場所がある。こんなに嬉しいことはない。どう? ソフィア。さて、これからどうしようか。「京。お前、目の色が……」「えっ、どうしたの」「目の色が赤い」(了)

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亡國点睛アストラル 片山勇紀 @yuuki_katayama

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