第54話 実践と感覚

「え、何…これも教わった事と違うの…? 」


 オレオルが初めてまともに帝国政府への不信感を抱いていると、クロとアオの憐れむような視線が突き刺さった。


 そして、無言で数秒。


 誰も何も言わない、動かない、その状態で時間が流れた。


(え、無視!? )


「何してる…早くしないとそいつ死ぬぞ」


 クロが『何ボケっとしてんだ』と言いたげな表情でオレオルを見た。


(え、あ…今は倒れてる人に集中しろって事か…口で言え!? )


「…………呪文とか魔法名とかは? 」


「そんなもんはねえ。ただ起こしたい現象を思いうかべながら、魔力を対象者に流せ。お前の場合はそれで発動する」


(え、えぇー…)


「さっきから学校で習った事とあまりにも違いすぎるんだけど…大丈夫なのかな…」


 タリアの街の学校では、今クロが言った様な事はやっちゃいけない事の筆頭みたいな扱いだった。

 そして俺は普通の魔法が使えないからというのもあるのか、特に何度も何度も繰り返し『やるな』と注意されてきた。


「いきなりそんな事したら暴走するんじゃないの? 」


「危ない時は俺が強制的に発動止めるからまずはやってみろ」


「き、強制的に止める…!? 」


 こいつ今…他人の魔法の発動を強制的に止める、とか言った…? 

 相変わらずサラッととんでもない事言ってるんだけど…


 でも、まあ…出来ちゃうんだろうなぁ…クロだし。


「わ、わかった…」


 オレオルはクロにそう返事すると、自身の身の内…体内に取り込んだ魔素を魔力に変換しているという…魔力器官に意識を集中した。


(えっと…たしかクロは、『起こしたい現象を思い浮かべながら魔力を操作しろ』って言ってたよな…えっと…契約の強制解除を…この人にはダメージがいかないようにしてくださ…いや、しろ! )


 オレオルがそう念じながら流す魔力を強めると『バチンッ』と弾けて発動そのものを失敗した。


「あれ? 」


 何気に俺、魔法の発動そのものを失敗したのは初めてかも…


 今まで、余計な効果がついてる事はあったけど、発動そのものを失敗した事って無かったから…


 止めるって言われてたし、今のはクロかな?


「俺が止めた。余計な効果がゴテゴテついてた上に魔力効率も最悪だったからな」


 あ、やっぱりか。


「クロすごいね…クロに操作されてたの『止めた』って言われた今でも全然わからないよ、俺! 」


 オレオルがそう言って感心するのを見て、アオがクロを呆れ顔で見た。


「相変わらず…何度見てもわけわかんない操作技術の高さしてんなぁ〜…(発動止められた側になんのダメージもいってないどころか、悟らせもしてないとか…)…お前、また腕上がってんじゃねえか…? 」


 アオのその言葉を受けたクロは表情を変えることなくアオの方を見た。


「いや、今雛鳥本人に知覚されなかったのは主従契約してるからというのが大きい。それとさすがの俺でも操作するのに慣れてる雛鳥の魔力じゃなければここまでスムーズにはいかねえよ」


「……ほんとかよ、それ。というかオレオルの操作になれてるってどういう──いや、なるほど…それでか…それなら納得だな〜」


 アオは話している途中でオレオルに関してのある事を思い出して言葉を止めた。


「え、何がどうなって納得したの…?? 」


 クロが俺の魔力の操作に慣れてるって一体どういう事だ。


「そんな事より雛鳥は今失敗した理由を考えてろ。いつまで俺に時間止めさせとく気だ? 」


「ヒェ…ハ、ハイ」


 オレオルは本音を言うと何故なのかを聞きたかった。


 だが、倒れている人をこれ以上放置できないのはクロの言う通りなので、今感じた疑問を頭の隅においやる事にした。


(さて、気を取り直して今失敗した理由を考えよう…クロは余計な効果がゴテゴテついてるって言ってたよな…って事はこれまでと何も変わってないって事だ。魔力を支配しろってクロは言ってたけど…それがいまいちどうしたらいいのかわかんないんだよなぁ…)


「うーん…」


 オレオルが悩んでいると、実はこっそりクロに【通話魔法】で怒られそうなっていたアオがオレオルの近くへやってきた。


「何がわからないんだ〜? 」


「あ、アオ。実は…魔力を支配するっていうのがどういう感じなのかがいまいちよくわからなくて」


 オレオルがそう言うとアオはクロの方を苦笑いしながら見た。


「あ〜…難しく考えなくていいんじゃないか? オレも魔法はたまに使うが、支配するとかそんなややこしい事考えてやってないぜ〜? 」


「え…そう、なの? 」


「そーそー。どういう理屈で発動してるのかをつきつめて考えると、オレも無意識下でさっき説明した様にやってんだろうなぁとは何となく思ったけどなぁ〜…」


アオはそういうと寝転んだまま自分の手をグーパーとして、笑った。


「でも、そんなめんどうな事いちいち考えながらとかやってないぜ? 」


 アオはそう言って起き上がると今度はその場に座り込んで考え始める。


「あぁ、そうだぁ…手足を動かすのと同じ様な感じだ! 自分の手足はあれこれ考えなくても思い通り動くし動かせるだろ〜? それだ、それ」


 自分の手足を動かす。

 なるほど…


「アオ、ありがとう! 何となくわかった気がする! 」


「おう〜、頑張れ〜…」


 アオは気だるそうにそう言って、オレオルに向かって手を軽く振った。


「よし! 」


(もう一度やってみようっと! )


 オレオルは魔力の操作を開始した。


(契約の強制解除を…この人には代償がいかないように…実行っ…!)


 オレオルがそうした瞬間──また『バチンッ』と弾けて失敗した。


「っ、あれ…また失敗…」


 オレオルはこれ以上はどうしたらいいかわからなかった。


「まだまだめちゃくちゃなんで止めはしたが、魔力の使用量は少しだけマシになってるぞ…」


「ほんと!? 」


「あぁ。具体的に言うと『手を洗うのに湖ひとつ分の水を丸々空にするくらい消費してた』のが、『大樽数個が満タンになるくらいの水』…くらいですむ程度には、ましになってる」


 み、湖ひとつが大樽数個分…

 成長してるのは伝わるけど、その例えだと今の自分がどれだけ無駄にしてるのかがわかりすぎてこれっぽっちも喜べない…先は長いな。


「……そんなに無駄にしてるんだ、俺」


「そりゃこれまでできてなかった事が一言アドバイス貰うだけで急に完璧にできるようになるわけねえだろ」


 た、確かに…

 それもそうだな。


「でも良くはなってる…んだよな? 」


「湖ひとつが大樽数個になるくらいにはマシになってるから、これまでの雛鳥からすれば大した進歩なんじゃねえか? 」


 おぉ…!


「そっか…! 」


 クロに褒められると、ちょっと…いや、かなり嬉しい。


 …………でもなあ。

 このままじゃ、うまくいく気…全くしないんだよなぁ…


「ねえ、クロ…どうしたらもっと良くなる? 」


「どうしたら、か…」


 クロはそうつぶやくと右手を眉間にあて考え込んだ。


「(今の雛鳥に魔法理論やら物理法則やら魔素と精神の繋がりを説明しても混乱させるだけ、か…? )──だったら次は考えてる事を全部口に出しながらやってみろ。それで変なとこあれば都度指摘してやる」


 クロは倒れている人に再び何かの魔法をかけ直しながら言った。


「わ、わかった…! 」


 オレオルはそう言うと、倒れている人の方へ両手をかざし、再び魔力を流しながら口を開く。


「契約の強制解除をこの人への代償は無しにな──「ストップだ、雛鳥」」


 クロがストップと言った瞬間『バチンッ』とはじけて三度の失敗をした。


「なんで毎回毎回効果がバラバラなんだと思ってたが、雛鳥のそもそもの考え方が悪いからか…というより…これは…まさかちゃんとした基礎を教わってない…? 」


 そうつぶやくクロの言葉にオレオルは内心でぎくりとした。

 そして、それと同時に基礎をちゃんと教わってない事にすぐ気づいたクロの言葉に『やっぱりか…』と諦めの様な感情も湧いてくる。


「俺…魔力多すぎるせいで魔法は暴走して危ないからって言われて、学校で魔法実技系の科目は全部まともに受けさせて貰えなかったから…ほとんどが独学なんだ。その延長でタリアの街ではちょっとした魔法すら『危ないからなるべく控えろ』って…それも言われてたから」


 オレオルがそう言うとクロとアオは納得した様子だ。


「そりゃ…『手を洗うのに湖ひとつ丸々空にする様なものだ』と、俺がそう例えるしかねえほどには不安定かつ無駄の多すぎる魔法だったんだ。そんな危ないもんを近くで使われたくはねえだろうな」


「うぐ…」


 その通りすぎて何も言えない。


「オレは1度くらい盛大に暴走してる所を見てみたいけどなぁ〜! 」


「ええぇ…」


 それは俺、普通に嫌だ。


 だって、盛大に暴走とかしたら俺自身もその周囲もどっちも無事ではすまなそう。


「はぁー…雛鳥は基礎の基礎…それこそ『魔力とは何か、魔法とは何か』という事からやる必要があるな…」


「……魔力とは何か…魔法とは何か? 」


 そう言われてみれば俺…そう言うの知らないな。


「魔法使うのにそう言うのって関係してくるの? 」


「『してくるの? 』も何も関係大ありだ…だがな、さすがの俺もそれを教えるためにこいつらの時間止め続けるのはめんどくせえ。だから後回しにする」


(時間止め続ける… )


 よくよく考えると今クロがやってる事ヤバくないか?


 俺達の周囲に張った人避けの結界を維持しながら、倒れてる人達の時間経過による状態変化を止めつつ、俺が使う魔法を感知して確認して、ダメそうなら強制的に止める…?


 何個の魔術並列操作してんの…?

 考えるだけで頭痛くなりそう。


 しかも、時属性とかいう難易度くっそ高そうな上位属性ホイホイ使って、時間経過を操作するとかいう超高等なのも中には含まれてる…んだよな??


 あぁ、高度な魔術まだあったわ…クロが自分を黒く見せてるやつ…


 い、今更ながら、クロがとんでもなさ過ぎて震えてきた…


(俺が知らないだけで、まだまだ並列処理してる魔法とか魔術あっても不思議じゃなそうだし…)


 そんな事を考えるオレオル。それを見たクロは『なんでこいつ急に緊張してんだ? 』と思いつつも、『必要最低限だけは今の内に説明するべきか…』と口を開いた。


「雛鳥、魔術とは2つ以上の魔法を組み合わせたものだ」


「魔術は2つ以上の魔法の組み合わせ…? 」


「そうだ。だから、お前がさっきから失敗しているのは魔術でしかできない事を魔法ひとつで無理やりやろうとしているからだ。だから毎回暴走する。効果がバラバラというおまけ付きでな」


 な、なるほど…!


「もしかして、これまでつけたつもりのない効果が勝手についてたりしてたのも…」


「お前がきちんと『魔術として』指定しきれてなかったからだ」


「そうだったんだ…」


 オレオルは長年の悩みが一つわかってとてもすっきりした気分だった。


「それとだがな、雛鳥が自力で正解を導く頃には夜になってそうなんで、今回はもう特別に俺が少し補助してやる。魔法自体は単一の動作しか起こせねえ。その"単一"の中にどれだけの効果が詰め込めるかはその人の種族適性やらなんやらが関係してくるが…そこまでは今はいいだろう。とりあえずそれを前提にもう一度やってみろ」


「わ、わかった! 」


(魔法は単一の動作…)


 オレオルは今度こそと思い、倒れている男に魔力を流す。すると今までとは魔力から感じる感覚がまるで違った。


 どう違うかというと、魔力がものすごくスムーズに思う通りに動いてくれる…そんな感じだ。


(ここまで変わるものなんだ…クロのおかげなんだろけどすごく楽っ! ……これなら今度こそ行けそう! 魔法は単一の動作…魔術は魔法の組み合わせ…よし! )


「こう、かな…『契約の強制解除』『契約解除の代償完全無視』発動っ!! 」


 そう言ったオレオルは流す魔力に力をこめた。


 すると──


 ピキ…


 ビキビキバキ…


 バリンッ!


 何かが割れるような音と共に何かが壊れた感覚がした。


「や、やった! クロ! アオ! できたよ! 」


「おぉ〜、よかったなぁ〜」


 アオが気だるそうにしつつもオレオルに手を振った。


「雛鳥、さっきそこの腰痛男が契約に逆らって負った体の傷と残ってるやつの契約解除は今回はもう俺がやる」


「うん、わかった! 」


 初めて"なんちゃってでは無い"を使ったオレオル。


「ありがとう! 」


 喜びでどこかふわふわした気持ちのままお礼を言った。 それを見たクロはオレオルをじっと視てオレオルの状態を確認すると、内心で帝国への怒りを増加させる。


「……今の感覚を忘れないようにちゃんと体に刻み込んでおけ」


「うん! 」


 オレオルはクロの言う通りさっきの感覚を反芻しつつ、クロが他の人達の契約解除と回復をしているのをじっと見つめる。


 魔法や魔術などは個人の感覚で扱うモノなので、今得た経験を忘れないようにするためだ。


「そういや雛鳥。お前さっき、体内での魔力の循環の方法もちょっとおかしかったぞ」


 え、そんな変な事はやってないと思うけど…


「どうおかしい…? 」


「……一言で言うなら無駄な動きをしてる。具体的には、全ての魔力がなぜか1度心臓付近に行ってから全身に戻ってる。だが、血液じゃねえんだから心臓を経由する必要はねえ」


「え…? 魔力って魔力器官で魔素から造られるから魔力器官経由しないと循環できない…んじゃないの? 」


 学校の先生は『使わなかった魔力は放置してると悪くなるから、こまめに魔力器官に戻して鮮度を保て』と言ってた。

 別に嘘ついてる先生いなかったけどな。


 オレオルは戸惑いつつもその事をクロに伝えた。


「魔力器官…それに鮮度? なんだそりゃ。そんな事実はこの世界のどこにも存在してねえぞ…」


「え、魔力器官ないの? 」


「無い。間違いが無いようにさらに言うが、魔力器官なんていう臓器はどの種族にも存在しない」


「魔力の鮮度が悪くなるってのは? 」


「知らねえな…少なくとも俺は今が初耳だ」


「うっそぉ…」


 オレオルは思わずそうつぶやいた。


 そしてそれを聞いたクロは眉間をもんでため息をつく。アオは普段の気だるそうな態度とは打って変わって真剣な表情で黙り込んでいる。


「雛鳥の現状が思った以上に間違った知識だらけな事はよーく…わかった。もう、これまで教わった事は全部忘れろ」


 え。


「ぜ…全部…!? 」


「あぁ、全部だ。おそらく、帝国はろくな事を教えてねえ。だからそんなもんは綺麗さっぱり忘れとけ。正しい知識はおれが基礎から教えなおしてや──「う、うぅぅ…痛った、くない? 腰が痛くない…痛くないぞ!!! 」」


 クロの言葉の途中で倒れていた人達が起きだし、話すのをやめて襲撃者達を見るクロ。

 オレオルとアオも目覚めた襲撃者達の方を見た。


(この状況で、目覚めてすぐ言う事が『腰が痛くない!! 』って…それでいいのか…襲撃者のリーダーさん…それと腰は治療しないとまたすぐ痛くなると思うよ)


 オレオルは鑑定し直した結果を見つつ、呆れずにはいられなかった。



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 お読み下さりありがとうございます!


 やはり帝国は消すべきだと改めて思うクロ様。怒りでぐつぐつです。


次はまた1ヶ月後か、それ以内に更新いたします!

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生産チートな異世界転生者の末裔がチートな壺《錬金釜》を拾って謎の男を助けたら、それがとんでもないチート野郎で、ただの旅のはずが気づけば過去と今を行ったり来たりしながら世界救う旅になってた話 秋桜 @kosumosu_

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