文字を釣る
浅瀬
一、
学校帰り、気がついたら祭りの中にいた。
靴紐がほどけそうだと歩きながら気がついて、商店街を抜けたら結び直そう、と思って顔を上げたとき。
気がついたら両脇に屋台が並んでいて、人混みの中に立っていた。
「あれ」とけんとは声をあげた。
「なんだこれ」
今日は苦手な作文の宿題がでて、ランドセルがいつもより肩にのしかかる気がして、足取り重く歩いていたのに。
お祭りかぁ。
けんとは両目をきらきらさせた。
ベビーカステラの甘いにおいがする。
シロップが何種類もカラフルに並んだかき氷の屋台。
射的をするカップルの浴衣の模様が、くるくると、なぜか動いているのも気にならない。
あちこち見ながら歩いていると、見慣れない名前の屋台を見つけた。
黄色い屋台の名前は「文字釣り」。
屋台の柱にくくりつけられたのぼりには、
「文字を釣ろう!!」とでかでかと書いてある。
「おじさん、文字釣りってなに?」
ヨーヨー釣りみたいなものかな。
けんとが屋台を覗くと。
箱型のビニールプールに水が張られて、黒い小魚たちが無数に泳いでいる。
しかしよく見れば、それは魚じゃなく文字だった。文字が水の中を縦横無尽にうごめいている。
「ん、やってく?」
タオルを頭に巻いた、鼻ピアスの男が、けんとに気がついて聞いた。
「おじさんじゃねーからな、俺まだおにーさんだから、ギリ。わかった?」
「……うん、おにーさん」
「おう。じゃ一回だけタダでやっていいよ。客来ないしさ。釣ったあと放してね」
男はだるそうに言うと、けんとに割り箸をわたした。
けんとは使った跡がある割り箸を手に、首をかしげる。
「どうやるの?」
「箸でつかんで。運がよければ何行か、文字がくっついて文章になったやつが釣れるから」
「ふうん?」
けんとは水の中に割り箸の先を突っ込んでみた。
すうっと、割り箸を避けて泳いでいく文字たちの中に、うなぎのような長い文字列がいた。それをそうめんみたいに箸でつかんで、すくい上げる。
「お。いいの釣れたじゃん」
男が習字に使う半紙を差し出した。
けんとはそこに、箸でつかんでいた文字列を放す。
半紙の中に文字列は飛び込んで、まっすぐ並ぶと動きを止めた。
「これって何なんですか?」
けんとは聞いた。
男は頭をかいた。
「文字だろ」
「それは分かるけど……」
「ボツっての」
「ボツ?」
「どっかの物書きたちがボツにした文。たまに夜の中を流れてくるんだよな、それを俺が捕まえて売ってんだよ」
「どうやって流れてくるの?」
「……風みてぇに。耳に飛びこんで頭ん中に張りつく」
男はタバコを取り出してくわえた。
「それをこうやって」
火をつけたタバコを吸い、煙を吐いた。
すると煙にまじって文字がぷかぷかと口から吐き出される。
片方の手でタバコをつまみ、もう片方の手で煙の中から文字をつかみとっては水の中に投げていく。
「……つかまえる。まあボツだからすぐ死ぬよ。持って帰ってみる?」
「いいの?」
「おう。客来ないしなぁ。やるよ、一行くらい」
「やったぁ、ありがとうございます」
……作文に使えたらいいな。
けんとは半紙をランドセルの中にしまった。
男に手を振って、歩き出す。
祭りの中をぬけると、しん、と音がやんで代わりに蝉の鳴き声が耳に飛びこんできた。
振り返る。
シャッターの降りた商店街が目に入った。
かすれて消えかけたパンダの看板が、にこりと笑った気がする。
けんとの喉がごくん、と鳴った。
平静を装って歩き出す。
走ったらランドセルの中の半紙がすぐに消えてしまう気がして、ゆっくり。
ゆっくり歩いた。
おわり
文字を釣る 浅瀬 @umiwominiiku
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