この世の権力の頂点

浅賀ソルト

この世の権力の頂点

個人経営の中古車修理販売店、石川モータースの社長の石川はAR15突撃銃を構えて工場二階から表の通りを狙っていた。

「おやっさん、ありました」

唯一の従業員、河崎が工場の奥からRPGとブローニングM2重機関銃を引っ張り出してきた。弾は1000発ある。ランボー最後の戦場で人間をミンチにしていた銃なので威力は保証つきだ。

「よし、隣の森松さんの二階にすぐに動け。入口で十字砲火を浴びせるぞ」

「へーい」

石川はスコープを見ながら叫んだ。「急げ。もうビッグモーターが来てるぞ」

ブローニングを持った河崎は急いで横の通用口から隣の家へと姿を消した。

石川の目には遠くで整備士のツナギを来ているビッグモーターの小隊が移動するのが見えた。よく訓練されていて、この距離では狙撃できない。

近隣のライバル店を潰し、営業を独占するためなら手段を選ばないやべえ奴らだ。

石川は標的が射程距離に入るのを待つ。民家の塀や生垣、電柱から電柱へと移動しながら散開している。グローブを付けた手がハンドサインを送っているのが見える。あとちょっとで射程距離だ。

石川は息を止めて身を乗り出した。

その瞬間、何か野生の勘のようなものが働いた。0.1秒にも満たない時間でその直感に従って持っている銃も放り出しながら床に伏せた。

銃声もないまま窓枠と二階の天井に破裂音が響く。金属と木の破片があちこちにバラバラと飛び散った。映画で聞いたことのある消音器の銃声が小さく聞こえた。

こちらがまさにチャンスと思ったタイミングを待っていた。見えるところのビッグモーターは囮か。

隣家からブローニングの轟音が響く。従業員河崎がさきほどの銃撃を見てそこに銃弾の雨を降らせているのだ。ドーーーッという、単発の音がくっついてフラットになってしまっている殺意の塊のような轟音だった。

石川が頼りになる仲間を見ようと窓から離れた位置から覗いた。

寒気がする光景が見えた。

隣の家の二階、河崎がブローニングを撃っている箇所にレーザーポインターのマーカーが見えた。

「河崎! 逃げろ!」

銃声に負けないように石川は叫んだ。

しかしビッグモーター空軍所属の戦闘機から発射された高速誘導弾は認識できないような速度でマーカーめがけて飛んできていた。次の瞬間には何もないところが爆発したように見えた。ミサイルは炎と爆風を周囲に撒き散らし、建物ごと河崎の体を吹き飛ばした。

工場全体が揺れ、あちこちが破損した。

あっと思ったときには石川のいる窓に催涙弾と閃光弾が投げ込まれた。シューという煙と共にフラッシュと爆音がして石川の五感のほとんどを奪われた。

マスクとゴーグルをしたビッグモーター特殊部隊が突入して彼を的確に三発の銃弾で仕留めたとき、彼はそれを認識できなかった。


ビッグモーターの兼重宏行は着信に出た。

「社長、石川モータースの始末は完了しました。死体と庭には除草剤をまいておきます」

「そうか。よくやった」

宏行は通話を切った。窓の外は彼の心情を表すかのように晴れ晴れとしていた。

オフィスのドアがノックされた。

「入れ」

「失礼します」

部下が入ってきた。

「社長。国が規制を強め、捜査に介入しようとしてきています」

もう彼は社長ではないのだが部下は彼を社長と呼ぶ。現在の名目上の社長ですら彼を社長と言う。

「意外とガッツがあるな……」

国交省、金融庁の主要な官僚の関係者は脅しのために処分した。見逃しなく全員をバラバラに切り刻み、その上に除草剤をまいておいた。関係者というのは妻、子供、孫だけではない。囲っているグラビアアイドルにアナル調教している12歳のジュニアアイドルにいたるまで全員を除草剤まみれにしてやった。

逆に失うものがなくなった官僚が自暴自棄になり敵対的態度を隠さなくなってきたのだ。

「ゴルフへの冒涜だな」彼は独り言のようにつぶやいた。文章には意味のないただの冗談だったが、無意味すぎるセリフが自分で面白くなり思わず声をあげて笑ってしまった。

部下は無表情でその笑い声を聞いている。

「警察と検察のトップは誰だ? そいつらをやれ。今度は家族じゃない。本人を消せ。あと面倒だから岸田も消しておけ。自民党の政調会長と幹事長もだ」

「というと茂木と羽生田ですか? かしこまりました」部下は言った。「社長、副総裁の麻生はいかがいたしましょうか?」

「当然だ。消せ。俺たちに二度と逆らおうなどという気を起こさせるな。バラバラにして除草剤をまいておけ」

「はっ。かしこまりました」

部下が退室すると、宏行は葉巻を取り出し、丁寧に切ってそれに火をつけた。深々と吸い、味わって煙を吐く。逆らうものを処分していくのは気分がいい。世の中が少しずつよくなっていくのが分かる。

「ふー」

しかし吸い終わる前に次の部下がやってきていた。

「どうした? 失敗したか?」

「いえ。麻生、茂木、羽生田は消しました。いまは除草剤と一緒に眠っています。岸田が首相官邸にたてこもっていて交戦中です。一時間以内には決着がつくかと」

「そうか。リアルタイムの映像が見たいな。見れるか?」

「はっ。すぐ準備します」


岸田文雄の顔は炎の揺れる光を受けていた。脂汗が浮かび、表情には苦渋が伺える。そして目の奥ではすでに何割か死を覚悟していた。

「首相、持ち堪えられません。お逃げください」

総理大臣が首相官邸から逃げるなど恥もいいところだ。岸田はそう叫びたかったが、それは押さえた。

外でどーんという何度目かの爆発音が聞こえ、防弾の窓ガラスがブルブルと震えた。

「今の音はなんだ?」

「いま確認します」

SPは無線で状況報告を確認していた。「逃走車両が爆発したそうです」

「公用車の修理をビッグモーターに出すとか、バカじゃねえの」岸田は思わず口汚く罵った。

ビッグモーターが関係した車両にはすべてGPSとプラスチック爆弾が仕掛けられている。兼重宏行が指をパチンと鳴らすだけで日本のどこでも爆破することができる。奴の方が一枚上手だ。噂によると自衛隊にもビッグモーターの息のかかった者が相当深くまで入り込んでいるという。

ついに建物内に銃声が聞こえてきた。敵の侵入は止まらない。防衛線は次々に突破されている。窓の外では首相官邸の庭に除草剤をまいている部隊が確認できた。

もはやこれまでか。

SPはすでに部屋の外の廊下で銃撃戦をしている。音だけでSPが次々に倒されているのが分かる。

コンバットブーツの音が首相の部屋に響いた。岸田は両手を上げず、侵入者の顔を見ようと窓の外の除草剤部隊から目をそらし振り返った。

「これはこれは。お元気そうで何よりです。流れ弾で死なれると死体確認が面倒ですからな」

マスクにヘルメットに防弾ジャケットという完全装備の隊員が、マスクでこもった声で話しかけてきた。

「現在リアルタイムで社長に中継中です。何か最後にメッセージがあれば私のカメラに向かって話しかけてください」

「こんなことが許されると思うのか」岸田は歯ぎしりしながら言った。

「以上で?」

岸田はうなずいた。いくつかの銃口が一斉に火を吹き、その体を穴だらけにした。倒れて血だらけになった遺体には容赦なく除草剤がふりかけられた。


「あまり面白くはなかったな」

「そうですね」

兼重宏行が部下といると、息子の宏一がやってきた。

「父さん、防衛庁が緊急事態として動くそうです」

「自衛隊は放っておけ。すでに私のものだ」

「はい」

「しかし政権は厄介だな。自民党の上から10人くらいは殺しておけ。立憲、維新、あと共産党もだ。党首は全員殺せ。……どうせなら国会に議席を持ってる政党は全部だな。ほかにいくつかあったか?」

れいわや参政党の党首もだった。

兼重宏行は指をぱちんと鳴らした。本人の乗っている車か近くで走っている車が爆発・炎上した。一般市民も三十人くらい死んだ。

「こっちの方が面白いな」

ネットを見ると、市民が撮影した爆発後の混乱の動画が次々にSNSにアップされていた。

彼は一人になるとそれをいくつか眺めて時間を潰した。

緊急事態宣言が発令されたが、30分程度で解除された。それ以外に人々の生活に何も変化はなかった。

部下がやって来て、次の状況を報告した。

「アメリカが動いています」

「予想通りの動きでつまらんな」兼重は言った。

「申し訳ありませんが、リアルタイム中継は無理でした」

「構わんよ。よくやってくれた。次は期待しているぞ」

「はっ。こちらが録画された動画になります」

さすがに笑顔がこぼれる。見る前から笑ってしまう。「よし、映してくれ」

「こちらがバイデンになります」

プロジェクターに映像が映され、バイデン大統領が銃で蜂の巣にされる様子が映し出された。倒れた遺体に除草剤がまかれるところで映像は終わった。

「こちらがトランプです」

トランプは日本刀で切られていた。誰だよ、忍者を派遣したの。そこまで頼んでないぞ。

斬ったあとに丁寧に斬首されていた。そして倒れた胴体と首が1フレームに収まるように撮影されていた。除草剤がまかれ、部隊の一人がトランプの髪をぐっと掴んだ。

音声が入っていた。「ズラじゃないです」

さすがにこれは兼重だけでなく一緒に見ていた部下も吹き出してしまった。

「次にオバマです」

関係なくない?

けどとりあえず処分。関係あったらめんどくさいし。

「残りは編集でつなぎました」

「よし」

韓国の大統領韓悳洙、北朝鮮の金正恩、中国の習近平の遺体がダイジェストで映された。

部下は言った。「プーチンとゼレンスキーもやりました」

「さすがだな。国連総長もやった方がいいかな」

「今回は処分していませんが、どうしましょうか?」

「いや、いい。なんでもかんでもやるのはゴルフへの冒涜だ」

「さすがでございます」

「よし。今日はこれまでだな。ご苦労だった。帰っていいぞ」

「はっ」

部下がさがった。

兼重宏行は今夜抱く女を決めるためにテレビをつけた。チャンネルを変えながら女をチェックしていく。モデルも女優も女子アナもいいが、最近飽きてきたな。

そんな中で公開中の映画の番宣が目についた。お、これは。

スマホを手に取る。今夜の相手はマーゴット・ロビーだ。

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