第二話 訪問者、または歩く過去

「あっつい。エアコンぐらい付けてくれよ」


 強い西日が窓から差し込んでくる中、那須野なすのは高等部の廊下を歩いていた。

 夏休みではあるが、退魔術の訓練用体育館で訓練する生徒が多く登校していたため、廊下も活気があった。

 そんな活気とは裏腹に那須野は沈鬱な表情を浮かべている。

 チームを組まないと退学宣告をされてから一週間は経っていた。

 だが、チームメイトは誰も見つかっていない。

 那須野の体質、素肌に触れたものは強烈な性的快楽でぶっ飛ぶ、ということやまともな退魔術を使えないことも既に知られていた。

 そして、廊下でクラスメイト3人と出くわした。


「よう、たね。まだ仲間はできてないのか?」

「たね男のチームになると毎晩絶頂させられるって噂だもんな」

「欲求不満の痴女が1年にいることを祈ってる」

「うるせえ。先にお前らを絶頂さイかせてやろうか」


 散々な言いようだった。

 だが、チームの当てがないのも事実。

 今から担任に土下座でもしに行くか、と本気で考えていたところだった。


「まあ、そんな気にすんなって。チーム組めない人同士で組ませる救済があるっしょ」

「もしくは先生が補助としてチーム組んでくれるとか」


 落ち込んでいる那須野を励ましてくれたのかもしれない。

 たね男などという不名誉なあだ名で呼んできていることは我慢する。

 一応は感謝の言葉でも言っておくか、と思った時には、既に同級生たちの話題は変態から移っていた。


「そういえば、なんでも、退魔庁から転校生? 編入生? が来るらしいぞ」

「退魔庁から? それってエリートの学生プロじゃん。今更学校通うのか?」


 退魔師資格は通常、全国にある退魔学校を卒業して国家退魔師資格試験に合格することで手に入る。

 だが、中には退魔学校入学前からプロと同等の退魔師として認められ、特例として退魔師資格を有している者もいる。

 古くからの退魔師の名家の子女や有名な退魔師の弟子がそういう特例措置の対象だ。

 故に本来は学生でありながらプロ。俗に彼らは学生プロなどと呼ばれている。

 さらに退魔庁は、退魔師資格の発行のほか、悪質な霊能犯罪者の取り締まりや大規模霊能テロを予防することを目的とした機関だ。

 その退魔庁所属ということは退魔師の中でもエリートと言えるだろう。


「うちの学校に霊能犯罪者が居たりしてな」


 一般的に、超常の力を使うもの全般を霊能者。さらに霊能者の中のカテゴリーとして人にあだなす怪異を払う者を退魔師と呼ぶ。

中には超常の力を悪用して犯罪を犯す霊能犯罪者と呼ばれる者もいた。


『1年A組那須野克胤くん。1年A組那須野克胤くん。至急高等部職員室に来てください』


 突然校内放送で名前を呼ばれた。

だが、あまりにもタイミングが良すぎる。


「まさか、お前……。そのド変態霊能力を使ってとうとう……」

「お前の絶頂。嫌いじゃなかったぜ」

「霊能犯罪者の矯正施設に興味あるんだ。出てきたらぜひ感想を頼む」

「俺はこの能力で誰一人絶頂させたことはねえ」


 やっぱりおちょくってるだけだな、こいつら、とさっきまで持っていた感謝の念を思い直し、これ以上教師の心証を悪くしないためにも職員室へ急いだ。






「ああ、那須野。来たか。まあ、そこに座れ」


 職員室に入ると緋袴、いわゆる巫女服を着た女性が出迎える。

 担任である神宮涼子じんぐうりょうこだ。

 彼女は常在戦場を座右の銘にしており、退魔師としてもっとも力が出る服装を常にしている。

 那須野を生徒指導室へと案内し、扉を閉めて二人きりになった。

 神宮はおもむろにタバコのような物を取り出し、指先から出した呪術の火で先端を炙った。

 そして、まさにタバコのように吸い、煙を辺りに吐き出す。

 煙が充満した部屋には、人払い、防音、霊視防止、その他内緒話をするのにこれ以上無いほどの結界が構築されていた。

 相当高価な防諜呪具であることは、呪術がからっきしの那須野でも分かった。

 神宮は、煙が部屋中に行き渡ったことを確認すると、口を開いた。


「編入生の話は知ってるな。……単刀直入に言うと、その編入生とチームになれ」


 驚きはあったが、おかしな話ではなかった。

 未だチームメイト0人の那須野と編入してきたばかりの編入生。

 顔見知りのいない編入生は、誰とチームを組んでも大差は無い。


「チームを組めてないのはお前だけでな。まあ、編入生を出来上がった人間関係に入れるのも酷だろう。やさしいな、私」

「やさしいかはともかく。組むのはかまいません」


 チームメイト0人で退学の危機を抱えている那須野としては渡りに船だ。

 しかし、部屋に入った時から冗談を言っている今も神宮の目が少しも笑っていないことが気になる。

 那須野がその編入生とチームアップすることに何かある。

 この担任は那須野の体質に対して、親身に、とは言えないまでも、今までそれなりに協力してきた。

 いくつかの可能性を考える。

 まず、退魔庁が那須野を霊能犯罪者として逮捕・処分しに来た可能性。

 これは限りなく薄い。

 今まで怨霊や妖怪を絶頂させてきたが、明らかな犯罪行為に使用したことはない。

 次に、退魔庁へスカウトしに来た可能性。

 退魔庁は優秀な人材を求めている。この学校でも何人かスカウトされた学生がいるという話も聞いたことがある。

 だが、この線も薄い。

 那須野は特異な体質なだけで、まともな退魔術に関しては学校一の落ちこぼれだ。

 他者を絶頂させるだけが取り柄の奇術師もどきを雇うような緩い組織ではない。

 これ以上考えても仕方がない。

 那須野は直球で聞くことにした。


「その編入生と俺を引き合わせる訳は?」

退魔庁の指示だ」


 神宮が口の前で指でバッテンを作った。

 これほどの防諜の結界を張って周りに聞かれる心配がないにも関わらず、口に出せない。

 口に出すことが

 言霊ことだまによる言語規制だろう。

 呪力・霊力を込め、呪的効果を出す呪術の一種、言霊。

 急に『止まれ!』と言われた人が止まってしまうのも初歩的な言霊だ。さらに発展させて、特定の言葉を話すことができなくすることも可能。

 おそらく、担任は那須野と編入生を近づける理由を知っている。

 だが、それを外部に漏らすことを禁じられているのだろう。

 那須野は小さくため息をついた。

 情報はないに等しい。


「だったら、その編入生の名前は?」

「それなら言える」


 防諜の結界を張ることで、言霊による言語規制を打ち消そうとしていたが、うまくいかなかった神宮は口を尖らせていた。

 だが、彼女も一線級の退魔師である。

 言語規制の中でもそこまで重要度が高くない情報については言霊を破っていた。

 ふふん、と自慢げに鼻を鳴らす。


「名前は姫咲葉月ひめさきはづき。高校一年生にして既に退魔庁で若きエースとして活躍中だ。最近では違法呪的薬物の組織を壊滅させたらしい。トッププロには劣るがお前たちの世代では頭一つとびぬけたエリートだ」


 姫咲葉月。

 その名前を聞いた瞬間から那須野は頭を殴られたような衝撃を受けた。

 内から後悔と罪悪感が湧き上がってくる。

 吐き気すら覚えて椅子につかまる。

 姫咲葉月、彼女は那須野が唯一絶頂させた生きた人間である。

 小学生の頃の初恋であり、那須野の体質が初めて明らかになった時であり、絶頂で殺しかけた相手。

 謝罪の間もなく、転校していった女の子。

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変態霊能者の名を馳せて 濡れた大福 @nureDaifuku

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