変態霊能者の名を馳せて
濡れた大福
第一章 変態退魔師
第一話 その者、退魔師見習い
妖怪。幽霊。神仏。UMA。
過去、目撃例のみだったあらゆる怪現象や超常が日常になった。
その中に、とある噂がある。
ある霊能者の噂だ。
曰く、強力な超常を従え、街を消し飛ばし、人類を容易く破滅させることができる。
曰く、折伏しにきた退魔師を全て退けた。
曰く、その能力は非常にスケベである、と。
所詮、噂ではある。
しかし、噂に過ぎなかった超常が顕現する現代において、噂は真実となる。
ジリジリとした陽気。
夏休みに突入してすでに数日が経っていた。
私立東京退魔学園の校庭で何人かの生徒と一緒に
除霊術基礎A、非人型低級霊の除霊実技。除霊術基礎は座学のⅠと実技のAからなる授業だ。
座学は何とか赤点を逃れたが、実技の試験当日にやむにやまれぬ理由から遅刻してしまい、晴れて補修となってしまった。
「では、次。山田」
若い女性教師が次の補修者を呼ぶ。
普段、教室で那須野の前の席に座っている山田が立ち上がった。校庭にはいつの間にか低級の犬型浮遊霊がいた。
山田は複雑な呪文が記された御札を浮遊霊を囲むように置いていく。
そして、一度深呼吸をして、息を溜めると――
「ノウマク サンマンダ バザラダン カン」
山田の口から霊力に満ちた真言が漏れてきた。
不動明王の小咒だ。不動明王は左手に持つ羂索という縄で悪霊を縛り、右手の剣と火炎で折伏する。
山田の唱えた真言が置かれた御札を通ると炎が顕現した。
そのまま現れた炎によって焼かれた浮遊霊は一瞬で消え去る。
「合格。では、次。那須野!」
「……はい」
「改めて説明するが、除霊さえ出来ればどんなことをしても良い。退魔や除霊は結果がすべてだ」
現在、超常による事件事故は増加の一途をたどっている。
もはや現役退魔師では手に負えなくなってきたことから政府は、学生の内から実践的な退魔・除霊を経験させることにした。
未成年者退魔師及び退魔師見習いによる霊的災害等対応に関する法律――通称、未退法。
成人前の退魔師資格保有者や退魔師見習い、つまり退魔学校の生徒が悪霊や怨霊、その他怪異による事件事故を調査、折伏することを可能とする法律。
学徒動員法などと揶揄されるこの法律も数年前制定された。
そんな状況では生徒の成績評価も実技偏重であり、実技が全て赤点の那須野は学園一の落ちこぼれということになる。
那須野は山田と同じように御札を浮遊霊の周りに置き、不動明王の小咒を唱えた。
「ノウマク サンマンダ バザラダン カン」
へその下、丹田で練られた霊力は口内を通り真言となって出てきた。
しかし、すぐに空中に霧散してしてしまった。
「やっぱダメか」
予想通り、という顔で軽くため息をつきながら犬型浮遊霊に近づく。
そして付けていた手袋を外してサッと浮遊霊を撫でた。
その瞬間。
「きゃううううん。きゃいいいん。きゅうんん」
浮遊霊はガタガタと尋常ではない小刻みな振動と痙攣をしながら股間から謎のさらさらした液体を噴出した。
さらに、ほのかに酸味を感じさせる匂いが立ち込める。
痙攣が治まってくると舌を出して白目を向いていた。
見事なアヘ顔だった。
そして、どことなく満足そうな表情になった浮遊霊は成仏した。
「……メスだったみたいだな」
那須野克胤は厄介な体質を持っている。
素肌に触れた者に性的快楽を与えてしまう。
それも尋常ではないほどの快感を。
この体質が明らかになったのは小学生の頃、好きな娘とキスをした時だった。
生まれて初めての告白。初めてのキス。
ドキドキし過ぎて、心臓が喉から飛び出るという言葉の意味を真に知った時だった。
しかし、キスをした相手は直後に謎の痙攣を起こし、白目を向いて海老反りになっていた。
恐怖した。
初恋のドキドキはもはや吹き飛び、恐怖と混乱で動悸がした。
訳が分からないが何とかしなくては、と思って何度も身体を触って揺らした。
その度にその娘は絶頂を繰り返し、騒ぎを聞き付けた大人が到着した頃には泡を吹いて呼吸が止まりかけていた。
あと少し遅かったら手遅れだったらしい。
それからは、誰にも触れないように気を付けて生きてきた。
この体質が、まともな科学では、どうにもならないことが幼いながらにも理解できた。
科学ではどうしようもないのなら非科学だ。
この体質を封印、もしくは何か軽減するすべがあるかもしれない。
そう考えて、那須野は体質をなんとかするために退魔師を目指している。
「どんなことをしても良い、とは言ったが。相変わらずひどいな……。まあ、だが合格だ」
女性教師の冷たい目線に晒されながら手袋をつけ直す。
気が付くと周りにいた補修仲間たちからも軽蔑した視線を感じる。
退魔師は今や、警察や消防に並んである種のヒーローとして見られている。
凶悪な怪異を退け、恐怖に怯える市民たちの正義の味方として。
故にその見習いである学園の生徒たちは、そういったヒーローになることを夢見て、誇りに思っている。
そんな中、無様なアヘ顔除霊をする那須野は異物に他ならなかった。
好きでこんな体質なわけではない。
そう言いたかったが、その体質を利用して退魔師になろうとしているのも事実だった。
普通の術は不発に終わる。
まともに御札も使えない。
退魔師としての才能はゼロだろう。
だが、この体質のおかげで除霊はできる。
何故除霊できるのか、怪異医学の専門家は、絶頂によって一種の無我の境地、涅槃に至っているのではないかと推察していた。
あまりの気持ちよさに文字通り、昇天しているわけだ。馬鹿馬鹿しいが除霊できるのであれば仕組みはどうでもいい、と那須野は思っていた。
それにこれで補修も終わった。夏休みを満喫して気分転換でもしよう。
「補修はこれで終わりだ。だが、お前たちの中にはまだ、チームに加入していない者がいる」
浮遊霊寄せの魔法陣を消しながら、夏休みに浮かれた生徒たちを教師が注意してくる。
二学期からはチーム実習がある。
実際、超常の現場では複数人での対処が望まれる。
理由は、1人で対処した場合、へまをしても誰も助けてくれないからだ。
そして、霊能者を倒した怪異は霊能者の霊力を取り込み、さらに力を得ることがある。加えて、呪術の中には複数人で詠唱する大規模なものもある。
退魔学園でも実戦を意識した授業として、任意の生徒とチームを組むチーム実習を設けている。
「夏休みが明けたらチーム実習が始まるぞ。つまり、それまでに自分以外の誰か一人とチームを組まないと実習不可能とみなして退学だ」
東京退魔学園一年、那須野克胤。既に学園の生徒たちには、破廉恥な除霊術を使うと知られていた。
つまり、そんな破廉恥変態退魔師モドキとチームを組む人はいるだろうか。
那須野は退学の危機を迎えていた。
「勘弁してくれ」
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