私の仮面

凛道桜嵐

私の仮面

朝六時に目が覚める

今日は快晴 雲が一つも無い

六月の終わりだというのに少し暑く。きっとお昼から汗ばんでくるだろう。

そんな空を水色のカーテンを開けながら鈴木璃麻は一人今日も学校がある事に少し溜め息をつきながらぼんやりと眺めた

キッチンに行って髪の毛が濡れないようにヘアバンドをして洗顔フォームで泡を立てながら顔を丁寧に洗う

どこかの美容科がテレビで言っていた「肌を擦りすぎてはいけません。そうすると肌の下の細い血管が傷ついて老化が進む」と。

本当かどうかは分からない。理由は私の周りにそれを実践して若々しい人が居ないからだ。

私は擦らないようにふんわりしたタオルで優しく顔を拭いた。

寝ている間にかいた汗なのかすこしべたつく顔がスッキリしたように思えた。

私は、キッチンの椅子に移動する。

母は今日も朝から忙しそうだ。

私のお弁当作り、夫の弁当も私のおかずの残りを詰めて綺麗に彩る。

最近の母の流行は、そのお弁当をインスタに載せることらしい。

その事でイイネが貰えてつまらない弁当作りに一層やる気になって弁当を作る気になるらし。

私はその姿を横目にポーチを取り出した。そこには化粧水や美容液、乳液が入っている。

私は化粧水を零れないように蓋を開けながら左手に五百円玉くらいの大きさで出す。

そして右手でその五百円玉の化粧水を包み込むようにしてゆっくり手を合わせる。

人肌くらいになったら少しづつ顔に馴染ませて今日も肌が綺麗になりますようにとおまじないをかける。

そうする事でどこか肌が綺麗になったような気持ちになるのだ。

私には今一個上の先輩に好きな人居る。その人は三年生で、私は二年生だ。

背は私よりも高く170センチ半ばで顔が小さく、髪型は無造作にサラサラにしている。

自転車通学をしている私は途中の駅でその先輩を見つけるのだ。

その先輩はサッカー部に所属している事が最近クラスの男子に聞いて知った。

彼の色んな情報が知りたい。彼女はそのクラスの男子の話によるといないらし。

一目でも出会えた日は心臓が飛び出るくらい、顔が真っ赤になるくらいとても嬉しい。

今日も会えた、そう思うだけで暗い学校が明るく思え、一日が虹色に変わるのだ。


そんな事を考えているうちにとうとう家を出る時間が来た。

遅刻を三回すると欠席扱いされてしまい、その三回がつづくと一回欠席扱いされてしまう。

そうすると大学への受験資格を得ることが出来ないのが私の学校の校則である。

私の高校はエスカレーター式で大学附属だ。

大学は成績順に上から希望する学科を選べる。なので全校性のどの位置に居るかは重要になってくる。


私は焦りながらももしかしたら先輩に会えるかもしれないという淡い気持ちを抱きながら、私は髪の毛をアイロンで巻きお嬢様風にしながら考える。

恋する乙女は出かけるまで大変だ。

毎日絶対会えるわけでも無いのにそれでも毎日お洒落をしなくてはいけない。

でもこんな毎日もとても楽しい。

毎日キラキラ輝く自分を鏡で見るのはとても楽しいのだ。


髪が巻き終わったら取れないケープでがっちりにキープする。

自転車で通学すると髪の毛が風で崩れてしまってボサボサになってしまってはせっかくのお洒落が台無しになってしまう。

そして八時頃に母にお弁当を渡して貰い、鞄に詰めながら出かける準備をする。

制服を着て、スカートは腰の所を二回巻き。

そうすることでスカートが短く出来て可愛いのだ。

忘れ物がないか出かける前にチェックして私は鏡の前にもう一度立った。

今日こそは先輩の視界に入って可愛いと思われるだろうかそう思いながら私は玄関を開けた。

玄関を開けると太陽の光が一気に目に入ってくる少し目を細めながら玄関のドアを開けて、鍵を閉める。

玄関のドアを出るときは左足から。

これは数年前からのおまじないでこうすることで一日が良い日に過ごせますようにとおまじないをかける。

自転車を引っ張り出して籠に鞄を入れる。

急いで行かないと遅刻してしまう。

自転車のペダルを思いっきり漕いで私は学校に向かった。


先輩にいつも会う駅に着いた。

キョロキョロと先輩を探す。

すると自転車を漕ぐ先輩を見つけた。

私は追い抜かさないようにして先輩の後ろを漕ぐ。

先輩はゆっくりと牛舎のように自転車を漕ぐ。

私はその後ろ姿を見ながら、今日も見れたことにとても喜びを感じる。

相手は私の事を知らないが、私は学校とは別に塾に通っていてその時に先輩と廊下ですれ違って一目惚れをした。

一年の時に先輩が文化祭の出し物でサッカー部が出す屋台に人集めをするために私達の部活である硬式テニス部に挨拶に来た。

その時は何とも思っても居なかったのに、塾ですれ違ったときに一目惚れをした。

きっと、あの部活で出会ったのは運命なのかもしれないと私は本気でそう思っていた。

先輩が漕ぐスピードに合わせていると自転車がこけそうになるので一定の距離を開けながら私は見つめた。

今日もとても格好いい。

そう思っているうちに先輩との距離が縮まってしまったので泣く泣く追い抜かすことにした。

追い抜かすときはいつも心の中で先輩に少しでも見られますようにと願いを込める。

そして少しは興味を持って貰えますようにと願いを込める。

それが私の一日の日課。


学校に着くと、先生が二人門の前に立っていた。

これは朝の挨拶という建前で制服チェックが入るのだ。


私は先生が今日も立っていることを気付くと物陰にこっそり隠れながら第一ボタンとスカートの丈をこっそり元に戻して制服をきちんとさせる。


先生の横を自転車を押しながら通る。

ドキドキしながらバレないか緊張するが先生はチラッと私を見ながら「おはよう」といった。

私は「おはようございます」と笑顔で答えてそそくさと門の中に入った。

今日は怒られなかった。

時々、太った教師がいる日は私が髪の毛を降ろしていることに注意してくる。

他の生徒も髪の毛を降ろしているのに私だけは髪の毛を降ろしていることが気に食わないのか、それとも私のクラスの副担任をしているからか偉そうに注意してくる。

今日はあの先生がいなくて良かったと心をなで下ろし、自転車を自転車置き場に置いた。


下駄箱から上履きを出していると、同じクラスの美晴が声を掛けてきた。

「おはよう!今日も少し暑いね」

と何気ない会話を交わす。私達は教室まで一緒に並んで登校した。

話しながらスカートの丈を短くする。

美晴はそれを見ながら

「今日は生活指導引っかからなかった?」

と聞いてきた。

「ギリギリだよ~。先輩に少しでも会えるかもと思ってお洒落しているのに、先生に怒られたら最悪だもんね。」

と答える。

美晴が「え?今日あの先輩に会えたの?」

と聞いてきた。

私は「うん!会えた~今日も格好良かったよ~」

と話すと美晴が

「今日こそは先輩に気付いて貰えたらいいね!」

と言われた。

私は嬉しくてその後も美晴と片想いの話をしながら教室に入った。


教室に入るとそれなりにクラスの友達が来ていた。

遅刻は免れているので大丈夫だが、結構遅刻ギリギリの時間になっていた。

私は机に荷物を置いてノートを机の中に入れる。

廊下にはそれぞれロッカーが設けられており、窃盗防止の為に鍵を一人一人付けている。

番号はそれぞれ好きな数字にしていい。

私は授業が始まるまでに一時間目の教科書を取りにロッカーまで行った。

今日の一時間目は国語。

資料集もいるから荷物が多い。

後から来る同じクラスの子達が挨拶をしてくれるので教科書を取りながら「おはよう」と声を掛けた。

そして朝の挨拶が始まる。

担任の先生は教壇に立って出席を取る。皆それぞれのテンションで返事をする。

私は今日は先輩に会えたから嬉しくて少し元気な返事をした。

連絡事項をサラーと読み上げて一時間目の準備をするために先生は一旦教室から出た。

私は急いで国語の教科書とノート、資料集を机に出すと千晶と美晴の席に行った。

千晶は吹奏楽部で朝練がある。吹奏楽部の規定は厳しく皆オカッパにしなくてはいけない。

なので皆同じ髪型なのだ。

美晴は帰宅部だ。習い事でサッカーを小さい頃からやっているのでサッカーは得意。

私は二人のところに行くと千晶が私の顔を見ながら目を輝かせて

「美晴から聞いたよ!今日も先輩に会えたの?」

と聞いてきた。

急いで頷くと千晶は

「いいな~!青春じゃん!私も今日好きな人が吹奏楽の朝練来てて凄く嬉しかった!」

と話した。

美晴は「二人ともいいな~。私は好きな人が居ないから全然楽しくない。」

私はフォローするように「きっと美晴にもこの人だ!ていう人が現れるよ!確かサッカーが好きな人が良いんだっけ?」

「そう!私がさサッカーが好きだからそれに合わせてくれる人が良いんだよね。」

と腕組みをしながらしたり顔で美晴は言う。

千晶が「サッカー部の男子じゃ駄目なの?」

と聞くと美晴はうぇ~という顔をしながら

「タイプじゃ無い」

と言った。

私達はその美晴の顔が面白くって腹を抱えて笑った。


一時間目の国語が始まるチャイムが鳴った。

急いで席に着くと先生が教室のドアを開けて入ってきた。

今日も出席番号順で国語の音読が始まるのだろう。

今日の日にちの数字をする先生もいれば、前日までの数字をメモしておいて続きから当てる先生も多い。

私は今日は当たらない日だった。

私はぼんやり教科書を開きながら、体育の授業で外に出ているクラスが好きな先輩じゃないか確認しながら授業を進めた。


三時間目まで来るとお腹が空いてくる。

いわゆる早弁だ。ご飯とおかずを半分食べて授業中お腹が鳴らないように準備をする。

急いでお母さんが色とりどりに作った弁当を開けて食べる。

そして三時間目も無事に終わると四時間目が来て、お昼ご飯の時間が来た。


美晴は母親のお弁当、千晶は来る前にコンビニで買ってきたパンを食べる。

私達の今日のお昼ご飯の話題は授業についてだった。

ノートを広げながらもうそろそろある期末テストに向けてここが出るのか、今日ここ先生が色が付いたチョークで書いてたからきっとテストに出るよね。

と言いながら話していた。

いつも千晶は吹奏楽部の子達と食べるのだがテスト前はクラスで食べることを許されるらしい。


私はお弁当を綺麗に食べると鞄に閉まった。

朝お母さんが家事の合間に作ってくれたご飯。

私はコンビニの弁当も好きだがお母さんの弁当が好きだ。

そんなテストの話をしているとあっという間にお昼休みが終わってしまった。

急いで自分の机に戻り五時間目の教科書とかを準備した。

この日は六時間目までだったので授業が終わると私は女子トイレにかけ込んで急いで部下着に着替える。

そうすることで少しでも早く部活に行けるのだ。

本当は着替える場所があるのだがそこまで歩くのは大変なので二年になってからは教室の近くにある女子トイレでこっそり着替えるのが習慣になっていた。


そして私は部下着に着替えると終わりの会をやって急いで部活に向かう。

週に掃除担当とか決まりがあるのだが今週は私はおやすみだ。

美晴と千晶にまたねと挨拶をしながら同じ部活の和に会いに行った。

和は私のクラスから離れていて少し大変だが、いつもテニスではバディを組んでいる。

一年の時に同じクラスだったというのもあって、私達は気が付いたら一緒に行動することが多くなった。

和のクラスに行くと和の姿が見えなかったので和のクラスの男子に和が居るか聞いた。すると、教室に響き渡るように和を呼んでくれた。

すると和は机を運びながら私が居るドアを見た。

「ごめん!今日から教室掃除の担当なの!」

と言われ、私は

「分かった!待ってる!」

と答えた。和を呼んでくれた男子に有り難うと言うとペコリとお礼をして何処かに行ってしまった。

私は和のクラスの前の廊下で和を待っていた。

クラスによってどこか雰囲気というかどこか別の海外に来たような感じになる。

毎日和を迎えに行くたびに不思議に思う。

どこか私だけが同じ学校の生徒なのにどこか違う人間に思えるのだ。

暫くすると和が少し息を切らしながらやってきた。

私が待っている間に部活着に着替えてきたらしい。

「もう少しゆっくりでも良かったのに」

と私が言うと

「いや、璃麻が待ってるんだもん。待たせるわけには行かないじゃん。」

と言ってきた。

私はどこか知らない土地に来た感覚から和が来たことでホッとしたのか、それともそう言ってくれた和の優しい言葉からなのか心がオレンジ色に温かいお日様が心臓に入ったかのような気持ちになった。

そんな気持ちも束の間急いで部活に向かった。

三年生が先にコートに来ていると二年生がたるんでるんじゃないかと怒ってくるのと、一年生に示しがつかないので急いで自転車でコートに向かう。

私の学校はお金が無くて硬式テニスが出来るコートが校庭にない。

なので近くのテニスコートに半年に一回お金を払ってコートを借りている。


部活の荷物は基本は一年生が持つのだが、私達の代では二年生も積極的に持つようにした。

理由は一年生の人数が私達二年生よりも少ない事もあるが、一年生が全て持たなくてはいけないというルールにどこか違和感を感じたからだ。

なので、二年生だけが集まる集会の時に二年生も部活で使う道具は積極的に持っていくようにと話し合いで決まった。


私と和は急いで部室に向かう。

部室と言っても人が二、三人しか入れないくらいしか入れないし、下の絨毯がグレーなのだが長年掃除していないからか埃やテニスの砂が付いていて汚い。

その小さい部室に無造作に置かれている部活道具を私達は見て、今日はどれを運ぼうか悩む。

和はボールを入れるテニスボール用の籠を持った。

運びやすいように折りたたみ式でショルダーとして持つことが出来る。

これは三つあり、自転車でも乗りながらバランスが取れるので荷物が多いときはこの籠を選ぶ子が多い。

私は今日はそこまで荷物が無かったので、テニスボールが沢山入った袋を取った。

少し重さはあるが、自転車の籠には入る。

私達は急いでコートに向かった。私は急いで下駄箱でうわばきから制服用の靴に変えると自転車をコートが近い門に移動させながら歩いた。

和は私の横を歩きながら今日会った一日の話をしてくる。

私はうんうんと頷きその話を共有する。

和は今日数学で先生に当てられて居眠りをしていた為、先生の話を聞いて無くて急いで適当な数字を答えたら全然違う問題だったらしく教室で恥をかいたらしい。

その話を聞きながら和は天然だな~と話して私達はコートが近くて和の自転車がある門に歩いた。

和が自転車置き場から出てきて、おまたせ~と人の歩くスピードのようにして私の所にやってきた。

両足がピンと伸ばしている姿が面白くて、なんでそんな漕ぎ方しているの?と聞くと最近のお気に入りらしい。

私達は急いでコートに向かった。

自転車を漕ぎながら私は空を見た。

水色のような空は雲一つ無く太陽がギラギラと私に容赦なく光を浴びせてくる。

和は少し漕いで私が着いてきて居ない事に気付いたのか

「璃麻~」

と呼んできた。

私はそれに気が付いて急いで自転車の籠にテニスボールが入った袋を入れて鞄が落ちないようにバランスを保ちながら通学用の鞄を入れた。

左足を思いっきりペダルに力を込めて進むとふわっと風が私を受け止めた。

夏の匂い。

草の匂いが一気に私の鼻の奥に広がり夏を感じさせる。

もうすぐ夏休みだ。暑い暑い夏休みが私に訪れるのだ。


和に追いつくと和は私が来たことを確認してペダルを漕いだ。

コートまでは自転車で十分の所にある。

途中長い坂道がありそこを下るのがジェットコースターのようでお腹がふわりと浮いて私は最近密かにハマっている。

その時は足をペダルから離して漕ぐのが和と私の中の流行だ。

この坂道の先にはどこか別の空間に繋がっていて別の冒険に繋がるかもしれないと私は頭の片隅で思っている。

でもそれは人には言わない。

私だけの特別な秘密だ。


そうこう話しながら和は大きな声で後ろをついて走る私に色んな話をしてきた。

今日は三年生が何人来るかな~から始まり、そういえばこの間面白いテレビがあってねと話す。

風の音で和の声は途切れ途切れだったが何となくの雰囲気と前後の文章で私は和が何の話をしているのか聞きながら風に負けないように大きな声で返事をした。

喉が裂けるんじゃないかと言わんばかりに私達は話し続けた。


私達は集合の五分前にコートに着いた。

そこには他の部活のメンバーも来ていて、一年生は全員来ていた。

三年生は今年が最後の夏なので試合のために外部受験をしない組は基本は毎日参加している。

そこに遅くなりました~とそそくさに加わる。

急いで、通学用の靴からテニス用の靴に着替えて他に来る人を待つ。

私達は時間になるまでじっと時計台の下で待っていた。

私の部活はかなり緩く、大学のサークルに近くて参加は強制では無い。

自由に参加して良くて中には学校には内緒でバイトをしながら部活に来ている子も居る。

私達は待ち合わせの15分過ぎまで待った。

何人か部活道具を持って現れたがこれ以上来なさそうだったので、三年生の部長が

「今日はこのメンバーで部活をします」

と言った。私達は

「はい!」

と姿勢を正して答えた。

借りているコートに入ると他のコートには知らない大人や近くの大学生達がそれぞれテニスをしていた。

私達はそれを横目に準備をする。

テニスボールを入れる籠を組み立ててその中にテニスボールを入れる。

黄緑のテニスボールには学校のマークが入っているがそのマークは新しいボールだと濃い文字だが年期が入ると薄くなる。

ボールをパンパンに入れると私達は準備運動をそれぞれした。

部活をする前のルールで怪我防止の為に準備運動をするのだ。一年の頃は必死に準備運動をしていたが、二年生になると怠くなるのか三年生の目を盗んでは適当に足を伸ばしたりしていた。

そして、ラリーが始まる。

適当にバディを組んでコートの端っこでお互い胸の位置にボールが行くようにラケットを振るのだ。

私は今日は美沙とラリーすることになった。

美沙は一年生の時に同じクラスで髪がとてもサラサラだ。ただ幼稚園の頃から切っていないからか髪の毛は蜘蛛の糸のように細くそして茶髪である。

コンプレックスは髪が少ない事らしく、髪を切ったら少しは太い毛が生えるんじゃ無いの?と前に聞いたが好きなジャニーズの子がロングヘアーが好きだから切らないと言っていた。性格は周りをよく見ているタイプで顔は一重の和風だ。

最近同じ学年の男子に告白されて付き合い始めた。

相手のことは好きか分からないけれども、優しそうだから付き合っているとこの間話してくれた。

私達はラリーをしながら、お互いの今日のコンディションをチェックする。

私の今日のコンディションは少し左斜めに行くらしく、少しラケットの向きを変えないと相手の胸の高さで取れやすくは無いらしい。

私はこの部活に入ったのは高校の時からだった。その時は中学の時に好きだった人がテニスが好きだったので高校バラバラになってしまって少しでも会話が出来るようにと公式テニス部に入部したが、最近は先輩に夢中になっているから少し過去の出来事として心の籠にしまってある。


サンサンと照りつく太陽の中私達はテニスを続けた。

汗だくになるがそれもかえって夏を感じさせて青春に感じる。

いつまでこの二年の夏を続けられるのか分からないが心の中で今日みたいな日がずっと続けば良いのにと密かに思いながら部活をしていた。


夕方六時になると少し夕暮れになってきた。

冬と違って真っ暗にはならないが、どこか寂しげな空に思えてくる。

一日が終わってしまったかのような空を見ながら今日も沢山テニスをした事を考えていると三年生の先輩が整列と大きな声で言ってきた。

私達は急いで右から一年生、真ん中に二年生、左は三年生と時計順に並んで長方形の形で並ぶ。テニスラケットは邪魔にならないように足下に立てかけて置いておく。

部長は大きな声をお腹から出して今日あった反省の事を言っているが前から三列目の私には小さく聞きづらい。ただ、大きな事故も無かったし、大事な連絡事項が無さそうだったので私は空をボーと眺めて夕飯の事を考えていた。

『今日のご飯はなにかな。お肉だといいな。沢山動いたし、今日の気分はお肉が良いな。朝冷蔵庫の中身見てくるの忘れたな。見てくれば良かった。』

と思っているうちに三年生の部長の話が終わったらしく、解散の合図が出された。

私達はテニスボールを片付けで、道具を片付けない子はコートを掃除する。

大きなブラシでコートの端っこまで走るのだがこれはこのコートを貸してくれる団体が作ったルールで後片付けは自分たちでと言われている。

これをしないと学校に汚したままだと連絡が入り、部活全員が怒られる。

下手すれば部活が出来なくなるので私達は必死に掃除をするのである。

そして、部活道具を片付けると行きに道具を持ってきてない子達が代わりに部室に片付けてくると言ってくれた。私と和は家がコートから近いのでそのまま帰る方が楽だろうとコソコソ話し行きに持ってきていない子達に道具を渡した。

そして私達は挨拶をしてそれぞれの家に帰宅する。

私と和は疲れたね~と話しながら自転車に跨がった。

空をふと見るとさっきまでは明るかった夕暮れがもう真っ暗になっていた。

東京の星は空気が悪いからか見えずらく綺麗ではないが夜が来ていつの間にかあのギラギラした太陽は隠れて月が雲に寄り添うようにして空に出ていた。


私達は自転車を漕ぎながら明日は何があるのかなと話をしていた。

基本は授業の愚痴だったりもあるが時々私の好きな先輩の話にもなる。

その時は聞いて欲しくて大きな声で今日の先輩がどれだけ格好良かったのか和に話すのだ。

和は恋愛は今はしていないので私の話を聞いて羨ましいと言っていた。

和は背が150センチと小柄で髪は天然のパーマだが目がくりくりしていて小動物のようで可愛い。

しかし、恋愛の好きが分からないので今は恋愛していないらしい。

青春と呼ばれる学生時代に恋愛をしていないのは少し勿体ない気がするが和がそれで良いのであれば私はそこを納得するしか無いなと思う。


家に帰るとお母さんが夕飯の支度をしていた。

ただいまと声を掛けるとお帰りと言ってくれる。

お母さんの背中越しから今日の夕飯をチラリと見ると今日は魚だった。

こんがり茶色に焼かれた魚はフライパンの上に三つ川の字で並んでおり、お肉の気分だったので少し残念だったが、魚でもいいかと気分を入れ替えた。

手を洗ってうがいをして、通学用の鞄から畳んでいた制服を綺麗にハンガーにかける。

Yシャツは裏返しにして手洗いをしないといけないので夕飯までの時間があるときは自分で洗面所に水を張って洗う。

今日は夕飯まで時間があったので私はYシャツを裏返しにして洗面所に水を溜めて、手洗い用の洗濯剤を入れて少し消匂剤を入れて擦らないようにYシャツを洗う。

そして十五分つけ置きして水で洗い、洗濯機で脱水をする。

脱水をしながら私はスマホを部屋から持ってきた。

最近の流行はマクシーというサイトだ。

そのサイトは友達を招待すれば自由にネット上でグループを作ることが出来て、小学校で離れた友達も見つけたらその子の近況とをチェックする事が出来る。

私は今日の日記を脱水をする間に更新することにした。

友達申請をして承認をしなければお互いの日記などは見れないので、私は今日あったことを文章にする。


『今日は暑かった、、、、。汗だく。六月後半なのになんでこんなに暑いの?意味わかんない。そういえば今日好きな先輩に会えた!今日も格好良かった!大好き!』


何気ない事を書く。でも友達でも私の好きな人が誰かまでは知られていないし、教えたくないので個人名は出さない。

その文章を更新ボタンを押して更新する。

七時代くらいになると皆が学校から帰ってくるからか更新が多くなる。

私は一人一人の日記をクリックしては皆が今日何があったのか読む。

卒業して離れてしまってもこうやってSNSがあれば心のどこかが繋がっている気がして寂しくない。


脱水が終わる音が洗濯機からした。

私は洗濯機からYシャツを出すとシワにならないように右膝に当てながら二回パンパンと伸ばす。

これはお母さんから教えられた。

Yシャツがシワだらけだと貧乏に見えるからしっかり伸ばしなさいと言われたからだ。

冬だとYシャツにアイロンを掛けるが、夏は暑くてアイロンの熱が顔に当たって汗だくになるので最近は足で伸ばすようにしている。


ハンガーにYシャツを掛けて部屋干しをすると、お父さんが帰宅していた。

ただいま~という声と共に私の近くを通った。

お父さんからは凄く汗の匂いがして大人の独特な匂いがした。

「くさ」

と私は顔を歪めるとお父さんは

「今日頑張って働いてきたのに娘が冷たい。」

と泣きまねをした。

しかし、本当に鼻の奥が曇るように臭いのだ。

黒い靴下を片足立ちで脱ぐ父を見て、仕事を頑張ったは良いがこの匂いはどうにかならないものかと思った。

お母さんは私がYシャツを干しているのを見て

「魚のにおいがYシャツに着いたら嫌だから自分の部屋に干してきなさい。」

と言ってきた。

私は面倒だなと思いながらも渋々その言葉に従うことにした。

Yシャツを自分の部屋の服かけにかけて私は携帯を何気なく見た。

すると着信が一つあった。

それはさっき更新したマクシーのコメントだった。友達の誰かが読んでコメントをしたらしい。

急いで携帯のロックを解除してアプリを起動する。

するとそのコメントには中学の女友達からコメントが来ていた。

『今日も暑かったね~私も今日は汗だくだったよ。璃麻、今日好きな先輩に会えたの?ラッキーじゃん!片想いが叶うといいね!』

と書いてあった。

私はすぐさま返信をし、

『本当に暑いよね、まだ六月なのにもうこんなに暑いの?て感じだよね。夏休みになったら溶けそうだよ~うん!先輩に会えた!今日も格好良かったよ~ありがとう!』

送信ボタンを押すと画面にメッセージが送信されましたという文字が出てきた。

私はそれを確認してからキッチンに夕飯を食べに行った。


私がキッチンに行くとお母さんが花柄のエプロンを着けたまま魚を一つ一つ皿に盛り付けして机に並べていた。

お父さんは私が臭いと言ったからなのか、それか汗だくで気持ち悪かったからなのか分からないが部屋着に着替えて、ビールをコップに注いでいた。

私は席に着くとお魚と野菜を見た。そういえばさっきお弁当持ってくるの忘れたことに気が付いたが今また部屋に戻るのは面倒なのでご飯を食べ終わったらお母さんが洗い物をしている間に持ってこようと思った。

もう少し早く気付けば良かったが、こんな日もあると思ってご飯を食べることにした。

「いただきます」

そう言って野菜に手を付ける。お父さんは今日あった事をご飯を食べながら話してきた。

どうも今日は営業で外回りをしなくてはいけなくなり、電車で移動したらしい。

しかも後輩の子がマイペースな子らしく最近の子はマイペースに行動しても怒られないから良いね。と話していた。

いつもお父さんは今日あった話をしてくるがお母さんは余りご飯中は離さない。

理由はご飯中は食べ物が口に入ったままで会話をするのが好きじゃ無いらしいからだ。

お母さんはお父さんの話を聞きながらテレビを付けて、今日のあった出来事を観ていた。

私はその光景を見ながら、お父さんってなんで誰も返事しないのに話すのかなと不思議に思ったがこうやって家族でワイワイ食べる夕飯は仲が良い家族に思えて嬉しいから黙ってお父さんの今日あった出来事を時々頷きながら聞いていた。


夕飯が食べ終わり食器洗いに自分のお皿を持っていくと母が今度は食器を洗う準備をし始めた。

私は急いで自分の部屋に行き通学用の鞄からお弁当を持ってきた。

お母さんが一生懸命お皿を洗っているのをそーと近づき、背後からそろっとお弁当を出した。お母さんは私の気配に気付いたのか

「今日のお弁当美味しかった?」

と聞いてきた。

「美味しかったよ。」

と答えると

「それは良かった!そういえば、今日あげたお弁当の写真沢山イイネがついてたの!明日は何のお弁当が食べたいか楽しみにしててね!」

と言ってきた。

今日、お母さんが機嫌が良いのはお弁当の記事が注目されてチヤホヤされたからだと知り、少しホッとした。

いつもなら、宿題やったのかとかテスト前なんだからちゃんと勉強しなさいとか小言を言ってくるが今日は言われなかった。

そうして安心しているとお父さんがビールを飲みながら、私を呼んだ。

「璃麻~お父さんの相手してくれ~寂しいぞ~」

と言ってきた。

酔っ払い相手は面倒だが仕方なく話し相手になる。

お父さんは今日学校であった出来事を聞いてきた。

「今日は何があったんだ?」

「いつも通りだよ。朝から授業受けて今日も部活してさっきYシャツ洗ったんだよ。」

「そうかそうか。今日も頑張って学校に行ったんだな。偉いな~お父さんも昔高校では女の子達にモテモテで大変だったんだよ~」

「絶対嘘。」

「そんなことは無いよ!お父さんにはファンクラブが居てな~キャーキャー言われてたんだ。そういえば、璃麻は最近片想いとかしているのか?同じ会社の斉藤さんの娘さんが最近彼氏が出来たって言ってたからな!」

私は心の中でヤバいと少し焦った。

お母さんは私が先輩に片想いをしているのを知っているが、お父さんは知らないのだ。

小学生の時にバレンタインのチョコレートを好きな人に作っているのを見て大人なのに凄く騒いで何処のどいつにあげるんだと泣いていた。

お母さんは呆れていたが、お父さんとしては娘が誰か好きな人が出来ることに対しては複雑な気持ちになるらしい。

私はとっさに嘘をついて

「いないよ!今は勉強が大事だし、ほら来年三年生じゃん。受験の事もあるから恋愛してないよ!」

と言った。

お母さんは私の言葉に少し驚きながらクスクス笑っていた。

お父さんはお酒で酔っ払っているからか、鼻の辺りを真っ赤にして

「そーかそーか。ならば良いんだ。もう少し恋愛は大人になってからすれば良い。むしろするな!お嫁はまだ早ぞ!」

と言ってきた。

私は苦笑いしながらその場をやり通した。

暫くお父さんの相手をしていた。

お父さんがかなりお酒が回ったらしく呂律が回ってきていないので、コソッと私はお母さんに合図をして自分の部屋に戻った。

部屋に戻るとベッドの上に寝転がった。

今日は宿題も無いし、塾の宿題も無い。

携帯を開けながら私は皆の日記を見ることにした。

皆それぞれ今日あった出来事を書いている。

人によっては今日嫌な事があったり、楽しいことがあったり様々な事が書かれていた。

暫くして日記を読むことに飽きたので七月の半ばにある期末テストに向けてテスト勉強をしようと机に向かった。

ノートを開いては先生がここはテストに出すぞという所をルーズリーフに纏めて行く。

赤ペンで答えを書いて他の文章はシャーペンで書く。

一問一答のようにしてテスト用のまとめノートを作る。


私は暫く勉強した後気が付いたら九時を回っていた。

急いでお風呂に入ろうと思い、パジャマを持ってお風呂場に向かう。

お風呂は運良く誰も使って無くて、私は急いでお風呂場に入った。

部下着を脱ぐと自分の汗の匂いがした。

少し甘ったるい汗の匂いがして今日も一日頑張ったな思わせてくれる。

私は洗濯機に放り込むとシャワーを浴びた。

シャンプーをしながら今日あった事を思い出す。

今日の授業の事を思い出すこともあれば、好きな先輩いの事を考える時もある。


お風呂から上がるとキッチンに水を取りに行った。

お母さんが明日のお弁当作りをしていて、私はテレビをバラエティーに変えながら席に座った。

お母さんが弁当を作りながら私に話しかけてきた。

「今度のテスト大丈夫なの?」

「んー、さっき少し勉強したけれども今回範囲が広そうだよ。」

「そうなのか、今回は前回よりも点数取りなさいよ~じゃないと行きたい学部に入れないから」

「分かってるよ。大丈夫ちゃんとするから」

「そうやってあんた、一年時に赤点ギリギリだったじゃない!」

「あの時はあの時だよ。今はちゃんとやってるよ。」

「本当?もうしっかりやってよね」

と言われながら私はテレビに集中した。テレビではお笑い芸人が一生懸命ネタを披露していた。

暫くすると私は眠くなり、両親におやすみを伝えて自分の部屋に戻ることにした。

部屋の電気を付けて、明日の授業の準備をして忘れ物がないかチェックする。

そして部活着の用意もする。

明日も暑くなる。明日も先輩に会えることを願って寝ることにした。


期末テストが近づき私は、真剣にテスト勉強をすることにした。

部活は一週間前から休みなのでテスト用ノートを作成する。

何度も問題を解いては間違えたらチェックを入れる作業が続く。

部活が無いため仲が良い部活の友達と学校に残っては一緒に勉強した。

皆それぞれ勉強法があり必死にテストに備える。



テストがやっと終わった。

今回の出来栄えはまずまずと言った所だろう。

山が当たり何とか赤点は逃せそうだ。

テストが終わると皆一斉に騒ぎ出す。

夏休みだーと叫ぶ人も居れば、部活が今日から本格的に始まって夏には合宿があるという声も聞こえてくる。

私はシャーペンを筆箱に戻しながら今日の部活の事を考えていた。

七月半ば。とても暑い中部活をしなくてはいけない。

今日は日焼け止めを沢山塗らないと駄目だなと思いながら私は先生がテストの終了の言葉を述べるのを待った。

先生が解散の言葉を言うと一斉にクラスの皆が動き出した。

私も一緒になって立ち上がり部活の用意をした。

急いで女子トイレに行って着替えなくてはと思いながら立ち上がる。

和をいつも通りに迎えに行き、部活の道具を持って部活に向かう。

今日は先輩に朝会えなかった。夏休みに入ると会えなくなるのが寂しいがそれも仕方が無い。

私はギラギラ光る太陽とこれから始まる夏休みの匂いと、そして鼓膜が破れそうな位騒ぐ蝉の声を聞きながらコートに向かってペダルを漕いだ。

数年経ち私は大学生になっていた。

受験はエスカレーター式だったが受験前はそれなりに大変だった。

私は合格率が高い心理学を希望していた。しかし、成績が足りず、第二希望の学部に行くことになった。

大学三年になり、桜が散り木の葉っぱが緑に変わり青々とした緑が広がる。

半袖を着るにはまだ早く薄い長袖を着ていた。

あれから、私の片想いは綺麗に散った。

理由は先輩に声を掛ける前に彼女が出来たのだ。

たまたま、先輩とその横を歩く髪がサラサラのモデルのような女の子が手を繋いで歩いている所を部活子が見つけて私に教えてくれた。

私は暫く落ち込み失恋ソングばかり聴いていた。

しかし、大学に入ってからはその傷も癒えて毎日授業とレポートに振り回されていた。

私は大学に入ってから少し変わった。というのも大学デビューをした。

髪の毛は茶色に染めてサングラスをして学校に行くようになった。

きっかけは高校卒業の時に家族とハワイに行ったことだった。

海外ではサングラスを付けている人が多く私も格好いいと思いサングラスを買って帰国してからも海外で過ごした楽しい思い出を振り返るようにつけていた。

最初は大学の友達にハーフ?と聞かれたりしたが、私はお洒落でサングラスを付けていると話した。

最初はそれこそ動画や写真を撮って芸能人のようにして盛り上がっていたが今ではそれが普通になった。

私は最初は芸能人のように思ったが段々それが仮面のように思えてきた。

誰かと目を合わせることも無く少し強くなったような気がした。

そんな最近私はゼミで気になる人が出来た。

恋愛なのかは分からないが、相手はいつもマスクを付けていた。

背は170センチ半ばくらいで細身。

私の理想とは離れていた。

髪の毛はサラサラだが生まれつき茶髪らしく、光の下ではミルクティーのような色になる。

その子の名前は斉藤優季だ。

肌の色は白く、そばかすがマスクの間から見える。

いつもゼミの教室の端っこに座っており物静かな存在だった。

私が気になった理由はいつもマスクを付けているからだ。

最初は花粉症かと思ったがいつも下を向いてマスクを鼻までしっかり隠している。

ゼミの合宿の時に一度話してみたら案外会話が出来る子だった。

もっと人見知りや声が小さい、会話のキャッチボールが出来ない人かと思っていたが、そうでは無かった。

私は、彼に色んな話をした。

彼はいつもそれをマスクの内側でクスクスと笑っていた。

なんだかリスを見ているような気がして私は面白くて仲良くしていた。

三年のゼミの授業で卒論について話し合う時が来た。

卒論は一つテーマを見つけて論文を書くのだが、そのテーマがなかなか難しく私も苦戦した。授業ではそれぞれテーマを出して箇条書きにどんな論文にするのかを纏めていた。

私もそれなりに纏めたが本当にこの論文が書けるのか分からなかった。

発表が終わり私は今日はもう授業が無かったので帰るために教室を出た。

教室を出ると階段の所に優季がいた。

私は思いきって話しかけた。

「お疲れ様!」

優季は少し丸い背中がビクッとしてゆっくりと振り返った。

「わぁ、ビックリした。お疲れ様~」

「何してるの?」

「いや、階段降りようと思ったんだけれど前に団体が広がって歩いてるから通れなくて追い抜けないしゆっくり歩いてたんだよ。」

「ふーん、そうなんだ。優季も今日授業終わり?」

「え?うん。今日はもう終わりだよ。」

「じゃあ、駅まで一緒に帰ろうよ!」

「いいよ~」

とのんびりした声で優季は答えた。

彼は本当に癒やし系だ。マスクが無くても彼がとても優しいのは伝わってくる。

それはゼミの子達も全員知っていた。マスクをしていつも下を向いて歩いているが、段々と彼はただ自信が無いだけの子だと知り誰もマスクについて触れることは無かった。

でも、彼が何故マスクをしているのかは謎だった。

彼は外部から受験したのもあってゼミに同じ高校の子は居ない。

そのため彼の高校までの歴は知らないのだ。ゼミの子達は陰では実は口がコンプレックスなのかハウスダストアレルギーなのではないかと噂していたが誰も聞くことが出来なくてそのままになっていた。

私は、何となく聞いてみたくなって優季に聞くことにした。

「ねぇ、担当直入で聞きたいんだけどさ何で優季は毎日マスクしてるの?」

すると優季は少し驚いたような表情をして固まった。私は咄嗟に聞いてはいけない事だったのかと後悔したが、彼は少し間を開けると勇気を振り絞って話始めた。

「僕、高校までよく虐められてたんだ。」

私は咄嗟に優季の顔を見た。

彼の表情はマスクと前髪で目は見えず表情が分からないが、私はじっと彼の顔を見つめた。

優季は少し息を吸って丸まった背中に力を入れて話始めた。

「僕、小学校の時から周りの男子達に揶揄われてたんだ。肌が白くて睫も長いだろ?だから、女の子みたいって言われて小学校と中学の時はよく陰で蹴られたりしてた。でも、両親が心配するから言えなくてずっと我慢してたんだ。でね、高校入ったら今度は女子達に揶揄われるようになって、よく机とかに死ねとか消えろとか書かれてた。だから、少しでも皆の視界に入らないようにってマスクを付けてるんだ。」

「それ凄く辛かったね。それでずっと今もマスク付けてるの?」

「そう、なんか最初はそれこそ本当に隠れるような感じで付けてたんだけれども最近はその自分も段々好きになったんだ。そういえばさ、なんで鈴木さんはサングラスを付けてるの?僕も話したんだから教えてよ。」

「いいよ。私はね、最初は高校卒業の時にハワイに旅行に行ったの。その時にすれ違う人がサングラスを掛けててさ~お洒落だな~と思って真似して買ったのがきっかけ。そして今はなんか芸能人みたいに思えてきて、そしたら違う自分になれた気がして優季と同じで仮面を被っているみたいになったの。」

「へぇ。そんな訳があったんだね。眩しいとかあるのかなと思ってた。」

「違うよ。そんな理由があったら良かったんだけれども全然違う。ごめん、なんか優季は大事な話をしてくれたのに、私がこんな軽い感じでごめんね。」

「なんで?話聞いてくれてビックリしたけれども、嬉しかったし聞いてもマスクを付けることに否定しなかったじゃん。それに僕は仮面みたいだっていうのが同じで嬉しかったよ。」

「本当?私も実は思ってたの!仮面みたいってなんか子供っぽいけれども同じなのが聞いた時に少し嬉しかった!一緒だね」

「うん!」

私は今日優季の知らない一面を知った。

大学は沢山人が居て、年齢ももちろん出身もバラバラだったりする。

そんな中で出会えた奇跡の中でこんな偶然がある事が凄く嬉しかった。

気が付くと大学の最寄り駅に着いていた。

私達は電車の方向が違ったため別々で電車を待つことにした。

昨日よりも少しお互いが知れて距離が縮まった気がした。

電車が来るまで少しお互い時間があるので卒論の話とかをしていた。

すると優季が急に

「そういえば、鈴木さんの連絡先知らなかった!もし良かったら教えて欲しい。」

と言ってきた。

私はもちろんと答えるとQRコードでお互いの連絡先を交換した。

高校の時と違って今はチャットで連絡が出来るし、赤外線を使わなくて良いので交換するのに時間が掛からない。

私達は電車が来たのでまたねという言葉を最後にそれぞれ帰宅した。

私は、登録された優季の名前を見て少し心が暖かくなった。

それから私は毎日優季に連絡をした。

おはようからおやすみまで送っても優季は必ず返事をくれた。

授業中は返事が来ないが、必ず終わると返事をくれた。

ゼミの時は他の子も混ざって論文について語るが、優季は私の論文のテーマについて否定せず聞いてくれた。

大学四年になり、就活が本格的に始まった。

皆それぞれ論文を書きながら就活の面接や説明会に行く。

私もどこか良い企業をと思い説明会に参加した。

着慣れないスーツを着て説明会に参加しては吟味していく。

そんな中論文も一緒に書かなくてはいけなくてとても大変だった。

そんな忙しい間も優季との連絡は続いていた。

三年の頃から比べてたら連絡の頻度は下がったがそれでもお互いの近況は報告していた。大学四年になってからはお互いの約束でマスクとサングラスを外すことにした。

最初は落ち着かなくてチャットで二人で緊張すると話していたが一人よりも二人だと思うと我慢できた。

私は何社も面接を受けた。しかし、ことごとく落ちた。

理由は分からない。ただ他に採用したい人が居たのだろう。と思うようにして踏ん張った。

それは優季も同じで決まらなくて焦る事を伝えると大丈夫だよと安心させてくれた。

私は夏が始まる前に一社内定が貰えた。

そこは実家からも通える範囲で食品メーカーの仕事だった。

正直食品には興味が無かったが、条件としてはまずまずの所だった。

私は優季一番に報告した。優季は自分の事のようにして喜んでくれた。

私は家に帰り両親に報告すると凄く喜んでくれた。

お父さんは卒業は寂しいけれども良かったね~と喜びお母さんは今日はお祝いのご飯にしなくちゃいけないねと言った。

私は安心と共に明日からは卒論もあることを思い出した。

卒論のテーマは出来ており下書きは出来ている。後は発表までに書き上げれば終了だ。

私は優季も就職が決まってお互いにまた卒論について話せる日を楽しみにしていた。

就職が決まってから高校の友達に久しぶりに連絡を取った。

高校を卒業して就職をした子も居たのでその子達は喜んでくれたり、今就活をしている子達も皆おめでとうという言葉と共に自分も早く決まるように頑張るねと連絡をくれた。

マクシーはあれから一年足らずで使わなくなった。今は違うアプリが流行しており、それには日記では無く呟く式になっていた。

なのでリアルタイムで色んな人の現状を知ることが出来た。

ただ、問題なのが友達じゃ無い人も自分の呟きが読めてしまうことだった。

鍵をかければ読めないが、そうじゃなくては読めてしまう。

私は鍵を付けて本当に知っている友達しか繋がらないようにしていた。

そこにも私は内定が決まったことを書いた。

少し心の中ではもしかしたら決まって無くて焦っている人が居るかも知れない。私の書いた文章がその人を傷つけるかもしれないと思ったが、それ以上に私は今までの苦労が終わった事への喜びが勝って投稿した。

その日私の呟きにイイネがついたのは22だった。

私はそれを確認してスマホの画面を閉じた。

それから季節が経ち卒論の発表の日が来た。

あれから冬に入る前に優季の就職も無事に終わった。私はその連絡を貰って凄く喜んだ。

そして卒論の日まで大学で一緒に卒論を書いた。

他にも同じゼミの子で就活が終わった子が一緒に作業をした。

私達は就活前に約束したサングラスとマスクをまた付けるようになった。

やっぱり付けると落ち着くし、違う自分になれるからだ。

最初サングラスをつけて大学に行って優季に会った時向こうもマスクをしていて私達は笑い合った。

やっぱりこれが無いと落ち着かないよねと笑いそして他のゼミの子達と一緒にゼミの教室に向かった。

ゼミの子達も私達がサングラスとマスクをしているのに日常が戻ったと話をしていきた。

皆優しいからか理由は聞いてこない。

しかし、そんな私達を暖かく受け止めてくれた。

卒論の発表は一つ学年の下の子達の前で読み上げる事が一つと、先生と面談をすることだった。

五分という短い時間で卒論の内容を述べる。

皆それぞれ体内時計で五分を計って発表するがなかなか上手くいかなかった。

私は少し五分よりも数秒早く発表が終わってしまったが、なんとか発表が出来た。

優季は五分ぴったりに発表したので全員がボソボソと「すごっ」と言う声が出た。

先生との面談は早かった。

それぞれ決まった時間に先生の教室に行き面談をする。

私は何を聞かれるのか緊張したが実際は簡単でこの大学で学んできたことを上手に論文に出来たのか。という事を聞かれた。

私はもっと論文に沿った内容を聞かれると思っていたので拍子抜けをした。

私は素直にこの大学で学んだことも含めてゼミの子達と一緒に論文が書けたことはとても自分にとって成長の大きな一歩だと思います。

と答えた。

先生は満足した顔でその答えを聞いて退出しても良いと言ってくれた。

私は優季に連絡した。

彼は私よりも二人ほど前に面接が終わっていた。

「面接終わった。」

「おつかれさま!どうだった?」

「今回の論文は大学で学んできたことを纏めることが出来たのか?って聞かれたよ。そっちは?」

「僕は論文の一つの章についてどういう考えでこの文章を書いたのか聞かれたよ。」

「うわっ、私そこまで詳しく聞かれなかった。大丈夫かな。」

「大丈夫だよ。さっき他の子にも会ったけれども皆それぞれ軽い内容しか聞かれてないみたいだし、伊藤の先輩の話だと先生のこの面接はあくまで形みたいだよ。」

「それならよかった~。安心した。ていうか伊藤もっと早めにその情報くれたら良かったのに」

「伊藤も最近聞いたから知らなかったんじゃ無い?でも無事に終わって良かったじゃん!」

と私は大学の帰り道優季とチャットをしながら帰った。

すると急に優季が

「急に話変わるけれども良い?」

と聞いてきた。

私はなんだろうと思いながら

「いいよ」

と答えた。

すると優季が付き合わないかと聞いてきた。

私は電車の中で時が止まった。優季とは異性としては見ていなかった。

しかし、この言葉を読んで嫌な感情も無かった。

私は悩んだあげくいいよ。と返した。

私と優季の関係は同じ学生から恋人に変わった。


それから卒業するまで暇だった。

優季とその連絡の後も何か変わった訳では無かった。

『良かった。安心した』

と言われたが、なにも変わること無く普通の世間話しか会話をしなかった。

家に帰るとお母さんだけが家に居た。

まだ三時頃だからお父さんは仕事から帰ってきて無かった。

お母さんは洗濯物をリビングで畳んでいた。

私はそんなお母さんを見ながら邪魔にならないように体育座りをして座った。

お母さんはチラッとこっちを見たが何も言わないのでお母さんに面談について話をすると

「朝、あれだけ緊張してたのによかったじゃない。」

と言われた。

「うん。それとねさっき鈴木君から告白された。」

「鈴木君?あーあんたがよく話してるマスクの子?なんで急に?」

「うん、面談の話してたら急に言われた。」

「それで?」

「いいよって言ったよ。」

「よかったじゃない!あんたあの何だっけ何とか先輩の時凄く落ち込んでたし!」

「あー、あんな先輩いたね。忘れてた。」

「でも、お父さんに言うのはまだ止めときなさいよ。絶対うるさいから」

「確かに。それは分かる。」

「あんたももう子供じゃ無いし恋人くらいできても良いんじゃ無い?」

とさらりと言われて私は少し夢の中に居るような少し現実とは思えない感覚になった。

ただ、何かが起きたことは頭で理解出来るがそれが実感できないのだ。

それもそれでいいかとお母さんが洗濯物を畳んでいるのを見ているうちにそう思った。

部屋に戻ってから和に連絡しようきっと彼女は電話をしてくるだろう。

そして今日は夕飯まで電話で話すことになると思う。

面接で疲れては居るがこれから和と話す方が疲れそうな気がした。

私は大学を卒業して内定が決まっていた会社に通勤することになった。

社会人一年目はそれこそ大変だったが、なんとか必死にメモを取って毎日を過ごしていた。半年が経つ頃には一度会社を辞めようかと思ったくらい大変だった。

しかし、お母さんと優季の説得もあり辞めずにいつの間にか五年経過していた。

あの頃から比べると沢山の後輩が出来た。

責任も増えていき毎日大変だったが私は毎日必死に過ごしてきた。

今は実家を出て優季と一緒に暮らしている。

社会人二年目にして一緒に暮らすことにした。

お父さんは最初はどこの男だ!と怒っていたが優季と話していくうちに彼の人間性が分かったのかそれともお母さんの説得があったのか分からないが認めてくれた。

そろそろ歳も歳なので結婚も良いかもしれないねという話が最近は二人の会話には出てきている。

ただ私達には変わらない事があった。それはデートの時はマスクとサングラスをすることだった。

最初は一緒に暮らすときに外して生活をしていたがどこか落ち着かなく色々話し合った結果一緒に出かけるときはマスクとサングラスをするという結果になった。

時には一緒に出かけては笑われることもあるがそれでも私達は変わらなかった。

このマスクとサングラスは私達の仮面であって一つのお洒落なのだ。

これはきっと何歳になっても変わらないだろう。

きっと子供が出来たらどうしてお父さんとお母さんはマスクとサングラスをしているの?

と聞かれるに違いない。

それでも私達はきっと笑顔で答える

「これが私の仮面であってファッション。それが私達なのだ。」と

いつまでもこんな生活が続けば良いなと私は思った。これから、会社から帰っていつも通りに夕飯を作るこんな毎日が続けば良いと私は星空を見て思った。

高校の部活の時に見た同じ空。

ただ今はあの時とは違って車や色んな人が行き来する匂いがするけれども変わらない空を見上げながらそう思った。

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私の仮面 凛道桜嵐 @rindouourann

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