その、本当の彼女
翌日、智景は目を覚まして、眼鏡を掛けると、時計を見た。時刻はまだ午前8時を回ったところである。今日は土曜日で学校は休みだ。
(心の整理か……)
智景は、昨日のことを思い出す。
(うぅ……やっぱり告白しなくて良かったかも)
そんなことを考ながら、ふと横を見ると唯菜が気持ち良さそうに眠っていた。
(……はっ!!)
智景は、慌てて自分の口に手を当てた。
(もももしかして、私イケナイコトをしてるのでは……)
智景は、ドキドキしながら唯菜の寝顔を凝視する。すると、彼女は寝返りを打ってこちらを向いた。
(か、かわいい……)
智景は、思わず見惚れてしまう。
(いや!違うでしょ!!)
彼女は、自分にツッコミを入れて、ゆっくりと起き上がると大きく深呼吸をした。
(平常心、平常心)
そして、ベッドから降りると部屋を後にした。
「おはよう。智景」
リビングに行くと、母が朝食の用意をしていた。彼女はとても幸せそうな笑顔で挨拶する。
(……お母さんにはバレてないよね?)
思わず不安になったが、母は普段通りの様子だし大丈夫そうだと思い直した。
「お母さんもう仕事だから、智景も出かける時は戸締まりよろしくね」
母は、そう言って鞄を持って玄関に向かう。
「行ってらっしゃい」
智景は、母を見送るとリビングに戻った。母が作っていた朝ごはんに目をやると、二人分のご飯が盛り付けされていた。
(……ん!?)
智景は、それをまじまじと見つめていると、唯菜が目をこすりながらリビングに入ってきた。
「おはよ~智景~ふぁ~」
呑気に欠伸をしている彼女の横で、智景は頰を引きつらせていた。
(母……恐るべし……)
***
唯菜が家に帰ったあと、智景は身支度に明け暮れていた。
「これじゃあちょっとイマイチ?」
智景は、鏡の前で自分の姿を確認する。タンスに入った洋服を引っ張り出して、鏡の前で組み合わせてみた。
「うぅ……ゆいなんに聞いておけばよかった」
智景は、そう言って肩を落とした。服選びを終え、次は髪型をどうするか悩んだ。
(今日は、ちゃんと気合を入れた方がいいよね)
そう思って、髪を編み込みにしてみた。そして、髪留めをつけて完成である。
「よし、完璧!」
智景は、鏡の前で微笑んだ。肩まで出た白いブラウスに、黒のフリルがついたスカート、その上にグレーのカーディガンを羽織る。足元はヒールのない黒いローファーだ。
「あっ……」
時計を見ると十五時を過ぎていた。智景は小さなショルダーバッグを肩にかけると、家を出た。
(いざ、参る!)
智景は、勇ましく歩き始める。しかし、彼女は途中で足を止めた。
(うぅぅ……やっぱり不安だよぉ)
もう既に泣きたい気持ちになっていたが、なんとか堪えて歩き始めたのだった。
***
重い足を引きずりながら、なんとか古本屋の近くに到着すると、智景は辺りを見回す。
(いない……よね?)
智景は、恐る恐る古本屋の前まで来ると、シャッターが閉まっていて、『本日休業』という張り紙が貼られていた。
(あ……土曜はお休みなんだ……じゃあ仕方ないよね……)
智景は、ホッとした気持ちと、少し残念な気持ちを抱えながら、すぐ近くのベンチに座って休憩した。
(はぁ……ゆいなんになんて言おう)
智景は、ぼんやりと空を眺めながらため息をつく。雲ひとつない青空が広がっていた。その澄み切った空を、一羽の鳥が飛んでいるのが見えた。
「綺麗な色……」
智景は、思わず見惚れてしまう。
「よ!文学少女!」
いきなり声をかけられ、智景はびっくりして振り向く。すると、そこには景湖が立っていた。彼女は、私服に着替えて、髪を後ろで一つに束ねていた。その姿を見た瞬間、智景は思わずドキッとする。
「あはは……私が言えた口じゃないけどね……私は文学お姉さん?みたいな!」
その言葉で二人に沈黙が流れた。
「ええっと……その……智景ちゃん!今日も天気がいいね!」
景湖は、気まずさに耐えかねたのか、無理やり話題を切り出した。しかし、智景にはそれが滑稽に見えてしまい、思わず笑ってしまう。
「ふふふ……景湖さんらしくないです」
「そりゃぁ……だって……昨日、あんなこと……」
景湖は、少し恥ずかしがりながら言った。
「あれは!その……」
智景は少し頰を赤らめる。
「ねぇ智景ちゃん。よかったら、うちでお茶でもどう?」
「え、でも……」
「うちはお店の上だけど、智景ちゃんが来やすいところでいいなら!」
「じゃ、じゃあ……お邪魔します……」
そうして、二人は古本屋の中に入って、階段を上がる。そして、二階にある景湖の自室に入った。
「あ……あの、急に来ちゃってすみません」
智景は、恐縮しながら言った。すると、彼女は微笑みながら答える。
「あはは、そんなの気にしないで!適当に座ってていいから~」
景湖は、キッチンに向かって歩いて行った。智景は、言われるがままに座布団の上に座る。
(なんか……緊張する)
しばらく待っていると、彼女が紅茶の入ったカップを持って戻ってきた。
「おまたせ~」
そう言って彼女は、テーブルの上に置くと、そのまま対面に座った。
「今日はオシャレさんね。すっごく可愛い!」
「あ、ありがとうございます……」
智景は、照れながら礼を言う。
「あっ……」
景湖は、智景の反応を見るなり、自分で言った言葉に、急に恥ずかしくなったのか、頬を赤らめた。そして、照れ隠しのように紅茶を口に運ぶ。
「あっつ!」
景湖は、思わず声を漏らした。しかし、それでもなんとか落ち着きを取り戻すと、ゆっくりと話し始めた。
「えっとさ……昨日のことなんだけど……」
「はい……」
智景は、神妙な面持ちで返事をする。すると、彼女は続けて言った。
「正直、嬉しかったよ」
(え……)
その言葉を聞いた瞬間、智景は思わず顔を上げた。そして、彼女が何を言っているのか理解できず混乱してしまう。その様子を見て、景湖は慌てて付け足した。
「あぁいや!違うの!つまりね……」
彼女は、一呼吸置いてから言った。
「智景ちゃんが私のこと好きっていうのは伝わったけど、どういう好きだったのかなって……」
「あ、あぁ……」
智景は、ようやく言葉の意味を理解した。そして、改めて考えてみるが答えは出ない。
(ど、どうしよう……なんて答えよう)
「私達、女の子同士だし……そういう感じの、好きとか……あるじゃない?」
「え、えぇと……」
智景は、さらに言葉に詰まってしまう。
(逃げるな!私!)
智景は意を決して言葉を発した。
「そのぉ……景湖さんと……こ……恋人に……なりたいなぁ……って……」
智景は、顔を赤らめて、もじもじしながら言った。
「そっか、わかった」
景湖は、そう言って微笑む。そして、ゆっくりと立ち上がった。
(えっ!?)
智景が驚いていると、彼女はこちらに近づいてくる。その表情はとても優しかった。そして、彼女は私の目の前に来ると、しゃがみ込んで目線を合わせるようにする。彼女の目を見ると吸い込まれそうになった。しばらく見つめ合っていると心臓がバクバクし始めるのを感じた……その次の瞬間だった──
「おませさん」
景湖は、智景のおでこを指でツンと突くと、意地悪っぽく笑った。智景は、驚きのあまり目をパチクリさせる。
「ごめんなさい。智景ちゃんとはお付き合いできません」
景湖は、そう言うと智景の頭を撫でた。智景には、彼女が冗談を言っているようには見えなかった。
「あっ……」
(やっぱり、私じゃダメなんだ……)
智景は、ショックで何も言えずに俯いてしまう。すると彼女は、急に真面目な顔になって話し始めた。
「智景ちゃん、一つ聞いていい?」
「……はい」
智景は、不安になりながらも返事をした。そして、彼女は続けて言った。
「私のこと好きなのって、キスしたいとか……そうゆう好き?それとも、ただ一緒に居たいだけ?」
その言葉を聞いて智景は考える。
(どっちなんだろう)
それは、今まで考えたことがなかったことだった。でも確かに思い返してみれば、キスをしたいというよりも、彼女と一緒にいたいという気持ちが強かったかもしれない。
「えっと……」
智景は、言葉に詰まってしまう。しかし、それでもなんとか自分の気持ちを伝えようとした。
(もっと、好きな人と一緒にいて、その人のことをたくさん知りたいし……一番に私のことを見て欲しい)
智景がそこまで考えてふと顔を上げると、そこには真剣な表情で見つめる景湖の姿があった。そして彼女は口を開くと、はっきりとした口調で言った。
「私はさ……もっと、お互いを深く知り合ってからじゃないと……そういうことはできない」
景湖の言葉を聞いて智景はハッとした。
(そうだよね……恋人っていうのは、結婚相手を決めるのと同じくらい大事なことで、簡単に決めるものじゃないよね)
彼女の言っている意味がよく理解できた。そして、自分の気持ちを伝えていくことにした。
「私は、もっと景湖さんのことを知りたいです。だから、恋人になりたいと思いました」
智景は、自分の気持ちを正直に伝えた。
「そう、私のことを……ね……」
景湖は、そう呟くと少し考える素振りを見せる。
彼女の顔が段々と俯いていくと、空気が変わっていくのを感じた__
▼▼▼
「ねぇ、智景ちゃん。この前、女の子と手を繋ぎながら学校行ってたよね?」
「え……」
智景は、思いもよらぬ質問に戸惑ってしまう。
「誰なの?まさか恋人じゃないよね?付き合ってるの?」
景湖は、真剣な表情で問い詰めてきた。 智景は思わず萎縮してしまう。しかし、正直に答えることにした。
「ち、違います!ゆいなんは……ただの友達です!」
「そう」
景湖は、安心したような表情を浮かべると、ゆっくりと立ち上がった。そして、智景の後ろに回ると、後ろから抱きしめるようにして座る。
「な!な!」
智景は思わず声を上げてしまう。すると、彼女は優しく語りかけてきた。
「いいよ……友達としてなら……」
(え……)
智景は、驚きのあまり固まってしまう。しかし、それでもなんとか気持ちを言葉にした。
「私は……もっと、ちゃんと恋人になりたいです……」
すると、彼女は私の耳元に口を近づけると囁いた。
「じゃあ約束して」
(なんだろう?)と智景は思ったがとりあえず頷いた。すると、彼女が続けて言う。
「私すごく嫉妬深いの。だから、浮気とかしたら許さないからね?」
景湖はそう言って、智景の頰を優しく撫でる。その声色は優しかったが、どこか有無を言わせない迫力があった。
智景は、コクっと小さく首を縦に振った。
「わかったなら、よろしい」
彼女は、満足そうな表情を浮かべると、そのまま智景から離れる。そしてまた再び向かい合って座った。
先程までの恐怖から解放されたものの、まだ心臓がドキドキしていた。しかし、ここで立ち止まっているわけにはいかないのだ──
(今度こそ、ちゃんと言わなきゃ!)
智景は、大きく深呼吸をすると、意を決して話し始めた。
「私は……その……」
(言え!言うんだ私!頑張れ!!)
しかし、言葉が出ない。どうしてもその先が出てこないのだ。そんなときだった──彼女の方から口を開いた。
「……いいよ」
そして彼女は微笑むと優しく語りかけてきたのである──それは悪魔のような囁きでもあったかもしれないのにそれを理解しながらも選択する道しか残されていなかった──
景湖はゆっくりと智景に顔を近づける。智景もそれを受け入れるように目を閉じた──そして、唇に柔らかい感触を感じた瞬間、全身に電流が流れたかのような衝撃に襲われたのだ──
「ふぁ……はぁ……」
智景は、あまりの快感に思わず吐息を漏らす。そして、その快感の波はゆっくりと引いていくと、今度は心地よい余韻を残していった。
智景は、ゆっくりと目を開ける──
「……ふふっ」
景湖は、小さく笑った。そして、智景から離れると、そのまま自分の唇を指でなぞる。
「ねぇ、誰とキスしたの?」
景湖は、目だけ笑わずに、冷たい声で聞いてくるのだった。智景は、答えることができない──
「ふふ、答えられないんだ」
景湖の目が細められると、彼女の目つきが変わったような気がした。そして、まるで獲物を狙う肉食獣のような眼光を放つと、こちらをじっと見据えてくるのだ。その鋭い視線に射抜かれて身動きが取れなくなるのであった──その瞬間だった──目の前が真っ白になり、意識を失ってしまった。
▼▼▼
目が覚めると、目の前には見慣れた天井があった。智景は自分の状況を理解することができないまま、ぼんやりとした頭のまま起き上がると周囲を見回す──
「智景!大丈夫!?」
そこには、心配そうな顔をした唯菜の姿があった。智景は、ようやく自分がどこにいて、何をしていたかを思い出したのだった──
「え?ゆいなん……私なんでここに?」
不思議に思いながらも、唯菜の方を見ると彼女は安堵した表情を見せた後、怒ったように言った。
「もう!心配したんだからぁ!」
(心配……?)
「家の前で倒れてるから何事かと思ったんだよ!」
「そうなんだ……景湖さんは!?」
智景は慌てて唯菜に尋ねる。すると、彼女は首を傾げながら言った。
「ううん、一緒じゃなかったけど……」
智景は、その答えを聞いて愕然とした。
(じゃあ、あれは夢だったのか……)
智景は自分の唇をそっと指で触れる──そこに確かに残っている柔らかな感触を思い出しながら、再び顔を赤くするのであった──
▼▼▼
その後、何度かあの古本屋に訪れたが、店のシャッターが開くことは二度となかった──それどころか、そこに人が住んでいる気配すら感じられなかったのだ。
智景は、あの時のことを思い出さないようにしようと努めるのだが、ふとした拍子に思い出すと胸が締め付けられるような痛みに襲われたのだった──
眼鏡少女と古本屋のお姉さん コミコミコ @sig3-halci
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