その、告白の日に

 次の日の放課後、智景は決意を固めて学校を出ようとしていた。


(よし、景湖さんに告白するんだ)


 智景は、心の中でそう呟くと、足早に教室を出た。そして、校門を出たところで、ゆっくりと古本屋へ向かった。


(うぅ……緊張してきた……やっぱりやめようかな)


 智景は、歩きながらそんなことを考える。


(ダメダメ!せっかく、ゆいなんが練習相手になってくれたんだから、頑張らないと)


 智景は、心の中で自分を鼓舞すると、本屋の手前までやって来た。


(景湖さん、いるかな……)


 智景は、ドキドキしながら店の扉に手を置く。しかし、勇気が出ずになかなか開けられない。


(あぁぁ!やっぱ無理!)


 智景は、一旦その場を離れることにした。だが、その時背後から声をかけられた。


「あれ?智景ちゃん?」


 振り返ると、そこには景湖が立っていた。彼女は、智景に向かって優しく微笑んでいる。


(ひぇぇぇ!絶体絶命!)


 智景は、パニックになりながら、心臓の音がバクバクと聞こえてくるようだった。しかし、ここで逃げるわけにはいかない。勇気を振り絞って話しかけた。


「こ……こんにちは」

「うん、こんにちは」


 彼女は、相変わらず優しい笑顔で返してくれる。智景の心はそれだけで満たされていくようだった。


「あ!もしかして!もう読み終わったの!?」


 彼女は、嬉しそうに目を輝かせながら尋ねてくる。


「あの……実はまだ途中で……」

「でもでも!最初の方は読んだんだよね?どうだった?」


 彼女は、興味津々といった様子で尋ねてきた。


「えぇっと……片思いする女の子には共感できることが沢山あって……つい感情移入したり……てへへぇ」


 智景は、照れたように笑いながら答える。


「わかる……わかるわよ!智景ちゃん!凛々しくて、美人な先輩に憧れる気持ちとか、すごく共感できたもん」


 景湖も、智景の意見に同意してくれたようだ。しかも、かなり深く読み込んでいるようで、彼女の意見には説得力があった。


「ん?でも共感できるってことは、智景ちゃんは今片思い中なの?」


 彼女は、ふと気になったことを尋ねた。智景は、しばらく考え込んだ後、頰を赤らめながら頷く。


「えぇ~どんな人なのぉ?お姉さんに教えてよぉ」


 景湖は、興味津々といった様子で聞いてきた。智景は胸の鼓動が速まるのを感じる。


(こ、これはいいタイミングなのかな?)


 智景は、深呼吸すると、勇気を出して告白することにした。


「そそそその人は……年上で……背が高くて……優しくて……」

「うんうん」


 景湖は、頷きながら聞いている。智景はさらに続けた。


「あ……あと……本が大好きで……いつも本ばかり読んでいて……でも、知識が豊富で博学なところもあって……」


「うん」


 景湖は、真剣な表情で聞いている。智景は両手で自分のスカートを握りながら、声を振り絞った。


「古本屋さんで!お仕事してて!」

「ん……?」


 景湖の表情が固まった。


「好きです!景湖さん!」


 智景は、思い切って告白した瞬間、逃げるように走り去ってしまった。


「えっ?ちょっと、智景ちゃん!?」


 景湖は、慌てて呼び止めようとするが、その声は届かなかった。


「え……私……?でも、そんな……まさか……」


 景湖は、呆然と立ち尽くしていた。智景の言葉が頭の中を駆け巡る。


(それってつまり……?私のことが……?)


 彼女の頭の中では、色々な考えが渦巻いていた。しかし、今の彼女にはそれを確かめる勇気はなかったようだ。ただ、その場に立ち尽くすことしかできなかったのだった……


***


(うぅ~もうダメ!絶対終わったぁ~!)


 智景は、歩きながら涙ぐんでいた。


(たった一言伝えるのが、こんなに難しいなんて……)


 智景は、自分の情けなさを痛感していた。家に着くと、智景の心は一気に沈んでいった。


(ダメだ……もう寝よう)


 フラフラと階段を上がって、自分の部屋の扉を開けた。


「おかえり」

「どわぁああ!!」


 部屋の中には本を読みながら、お菓子を食べている唯菜の姿があった。智景は、驚きのあまり後ろにひっくり返りそうになる。


「な、なんで!?」

「窓の鍵開けっ放しだったよ?気をつけないと、空き巣とか入ってくるかも」


 唯菜は、相変わらずのんびりした口調で答える。


「え、あの、なんでここに?」


 唯菜は読んでいた本を閉じると、智景の側に寄ってきて言った。


「んで、どうだったの?」

「どうだったって、なにが?」


 智景は、動揺しながらも聞き返す。


「告白したんでしょ?」

(何故バレている……)


 智景は、目を白黒させながら固まっていた。


「だって学校出る時の智景、ぶつぶつ大丈夫……大丈夫……って、頭抱えてたじゃん。あれって絶対告白する時のやつでしょ」

「い、いや!あの……その……」


 智景は、顔を真っ赤にして俯く。


「返事は?どうだったの?」


 唯菜は、智景の肩を掴みながら詰め寄る。


「えっと……あの……聞いてない……」


 智景は、消え入りそうな声で答える。すると、唯菜の目つきが変わった。彼女は、智景の両頬を摘むと引っ張る。


「いひゃい!いひゃい!」


 智景は、涙目になりながら訴えた。


「なんで聞かなかったの?」


 唯菜の声が一段と低くなる。


(うぅ……怖いよぉ)


 智景は、心の中で泣きながら答える。


「だ、だってぇ……怖くて……」


 次の瞬間、彼女は優しく微笑むと、智景の頭をそっと撫でる。そして、彼女を抱きしめた。


「よしよし。頑張ったんだよね。よしよし」


 唯菜は、智景の頭を撫でながら、子供をあやすように囁く。


「うん……でも……失敗しちゃった……」

「気持ち伝えられただけでも、十分だと思うよ」


 唯菜は、智景を抱きしめたまま背中を摩ってあげた。すると、彼女の目から涙が溢れ出す。


「私……もうダメだよ……」


 智景は、弱々しい声で言う。すると、彼女は静かに言った。


「まだ諦めちゃダメだよ」


 ふと顔を上げると、そこには真剣な表情をした智景の顔があった。その顔を見た瞬間、彼女は勇気づけられるのを感じたのだった。


(ゆいなん……そうだよね。まだ諦めちゃダメだよね)


 智景は、涙を拭うと唯菜の顔を見る。


「泣くのはちゃんと答えを聞いてから、だよ」


 唯菜は、優しく微笑みながら頷いた。


「うん……でも私、もうどうしたらいいかわからなくて……」


 智景は不安げに尋ねる。すると、彼女は顎に人差し指を当て、しばらく考えた後、こう言った。


「でもその場ですぐ答えをもらうより、時間をかけてもらった方が、可能性が上がるかもよ。今回の智景の行動はファインプレーよ!」

「そうなのかな?」


 智景は、首を傾げる。


「ポジティブ!ポジティブ!明日学校休みだし、智景はゆっくり気持ちを整理して夕方くらいに、景湖さんのところに行けば?」

「うん、わかった」


 智景は、少し自信なさげに頷く。唯菜は再びお菓子を食べると、本を読み始めた。智景は、その様子を見ながら声をかける。


「あ、あのさ。もし上手くいったら、恋人同士って何するの?」

「だから昨日練習したでしょ~?」


 唯菜は、お菓子を口に含みながら答えた。


「それはそうだけど……き、キスだけじゃ……出来ないことあるし、それに恋人とはどう付き合うのか、とか私知らないし……」

「……」


 唯菜は、しばらく考え込む。そして、本を閉じながら口を開いた。


「じゃあ、もっと他にも練習する……?」


 智景は、一瞬ドキッとしたが、すぐに平静を装って答える。


「それって……どんな?」

「もっと、恋人っぽいこととか」


 唯菜は、真剣な眼差しで言う。智景は少し考えるが、すぐに頷いた。


「わかった。やってみる」


 智景は、ドキドキしながら唯菜を見つめた。すると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべると、こう言った。


「ふふっ……なんかドキドキしてきたね」


 その笑みにつられて、智景も笑顔になる。


(でもやっぱり緊張するな)


 そう思いながら彼女の手を握ると、そっと引き寄せられて唇を重ねたのだった。

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