ENDmarker. 上束野々(19~26)

 何度も、何度も彼女のところに通った。


 一緒に外でしたりもした。

 わたしはうまくいかなくて、彼女だけが静かに果てるのを、眺めるだけだったけど。からだが満たされなくても、心が満たされていくような気がしていた。


 そういう日々が少しだけ続いて。


 彼女は消えた。


 窓際。風が吹いていた。


 彼女は、きっと。彼のところへ行けたのだと思う。死ぬのでも、生きるのでもない。そういう場所に。彼女は到達した。


 そしてわたしは。きっと、その場所へ到達できない。わたしは、風の聖霊に出逢うことはなかった。彼女という、美しい身体だけを心とからだに刻みつけられて。この現実を生きていく。生きていくしか。ない。


 自分の感覚を活かせる場所で、もっとも暗く、冷たい場所を選んだ。それが、風の聖霊とその美しい伴侶に対する。ほんの、ささやかな、抵抗。そして、救済の要求。


 わたしは、暗い場所にいる。だから、はやく風を吹かせて。わたしを掬って。


 今日の任務は、ビルの地下。危ないことを考えている連中を、その兵器ごと、闇に葬る。

 身体中に、黒いスーツと。その下に色々な武装。鉄の硬いやつとか。ワイヤーとか。


 はだかでいたい。そう思うほどに、逆に。重武装にした。彼女の身体を思い出す。そして、目の前の敵を。

 殺す。


 囲まれるので。

 最近作られたらしい音響兵器で。

 まとめて殺す。音の反動が大きく、からだが揺れた。それでも、自分の鋭敏な感覚は、適切にからだへの影響を殺す。死ぬのは、敵だけ。


 わたしひとり。


 また、生き残った。


 そろそろ。


 限界だった。


 ビルを。


 意味もなく登る。階段。ゆっくり、ゆっくりと。1段ずつ。屋上まで。


 ヘリポート。夜。いちばん上まで来た。


 ずいぶん高いビルだと、登りきってから、なんとなく思う。


 風を感じる。


 こんなに、屋上なのに。

 やわらかい。静かな、風。


 まるで。


 彼女の。


「あぁ」


 彼女がいる。

 隣にいるのは。

 風の聖霊か。


「わたし」


 わたしを。見に来てくれたの。


 わたしは。


 血みどろ。


 どうしようもない。


 彼女に駆け寄ろうとして。


 やめた。


 救いはなかった。


 それでも。


 彼女と出会ったことは。不運ではなかった。ただ使われて殺されるだけの人生に。彼女との時間があった。それだけで。よかった。


 屋上。その縁に立つ。


 わたしが向かうのは、彼女のほうではない。

 それでも。いい風だと、思う。

 せめて。風を受けながら死ぬことにしよう。

 飛び降りる。


 ふわっ、という、風。


 落ちていく。なぜか。ゆっくり。


 彼女の乳房を思い出していた。目の前にある

 また。少しだけ。吸ってみる。


 今度は、やさしい味がした。

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風の聖霊 (R-15版) 春嵐 @aiot3110

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