終話 〈……私の小説はここで終わりです。ここから先は、単なる蛇足でしかありません。 ――斜線堂有紀『私が大好きな小説家を殺すまで』〉

終話

 母の葬儀はしめやかに執り行われた。参列者はそう多くはなく、母と特に親しかった人だけが別れを惜しみに来た。父は子どものように泣いていた。美鈴さんも声を上げて泣いていた。猪川さんも、椿さんも。

 私は泣かなかった。母は子どもの泣き顔を好まないと思ったから、必死に耐えた。

 葬式が終わり、初七日法要が終わり、四十九日を済ませ、百箇日を迎えるころには、もう母の顔すら正確に思い出すことは難しくなっていた。去る者は日々に疎しということだろうか。この世からいなくなった母が、だんだんと私の中からも消えていく。完全にいなくなったとき、これを死と呼ぶのかもしれない。

 一周忌を迎えたころ、いよいよ危機感を覚え、小説におこすことにした。私の前から去った人達を、私の中に縫い付けておくには一番適した形だと思った。これなら私の中からたとえ消えても、本を開けばまた蘇る。そういう意味でこれはコールドスリープにも、墓標にも、タイムカプセルにも似ている。

 母の過去を調べるのには相応の時間がかかった。身近な人に話を聞くのは簡単だが、中には既に連絡の取れなくなっている人も、潰れてしまった会社も、廃刊になった雑誌もあるのだ。とにかく根気強く、長い年月をかけて母の過去をつじつま合わせしていった。

 情報を集め終えたのは大学一年生の夏休みだった。初めは母の過去だけを小説にするつもりだった。だが、周囲の人から話を聞くにつれ、それでは不十分だと思うようになった。母も最期言っていた。みんなと出会えたから今の自分がある、と。美鈴さんの過去も、父の過去も、猪川さんや椿さんとの出会いも、母の人間形成に関わっているのだ。

 そうして、さらに一年半を費やして情報を集め直した。私は大学三年生になっていた。ちょうど卒業研究を考えなくてはならなかったので、この小説を書くことにした。小説に落とし込むため多少の改変はおこなっているが、ほとんどは事実通りだ。

 当然、私のことも。

 いくつか、書きそびれていることがあるので、最後に覚え書きをしておく。


 母の母――祖母と、その双子の姉妹――大叔母およびその夫――大叔父について。この小説では第一話「母性」にそれぞれ、「蒼」、「紅葉」、「(柏木)浩治」として登場する三人についてだ。

 「蒼」と「紅葉」は私がこの件を調べ始めたときは刑務所に入っていたが、書き終えるころには出所していた。今はどこで暮らしているのか分からない。ただ、刑務所に入っているときから病気がちではあったし、歳も歳なので、長生きはできないだろう。

 「(柏木)浩治」には接触できなかった。したいとも、あまり思わなかった。


 美鈴さんが高校生のときバイトしていた出版社の編集長と、先輩と、その後輩について。第二話「贖罪」でそれぞれ、「松添」、「烏丸」、「加藤」として登場する三人についてだ。

 「松添」はすでに亡くなっていた。うつ病による自殺らしい。家族はなく、彼の仕事仲間とも連絡は取れなかった。

 「烏丸」も「蒼」や「紅葉」と同じようにすでに出所しており、またフリーライターとして活動しているようだ。美鈴さんとは今でも連絡を取り合っているらしく、私もこの小説を書くときにいくつかのアドバイスをいただいた。父は彼女のことを許しはしないだろう。憎んでいるとも思う。でも、恨んではいないと思う。

 「加藤」は作中で描かれているとおり、大学の講師として勤めている。「烏丸」の出所を誰よりも喜んでいたのも彼女だった。


 第三話「恋」および第四話「愛」に登場する、鈴先輩――母――桐江の関係者について。

 猪川さんと椿さんは今でも交際を続けているらしい。未だに同性婚が認められていないから籍を入れてはいないが、近々パートなシップ制度を使って結婚することも考えていると聞いた。

 美鈴さんは変わらずフリージャーナリストとして活動している。「烏丸」と仕事をすることもあるらしく、充実しているようだ。伊花という姓は仕事用で、本当は玉野という苗字だとこのとき知った。

 父――千蔭はあれから教師を辞め、今は児童相談所で働いている。伯母――「神田真央」のことがあるからだろう。母の墓参りには、この四人と集まっていくことが多く、今でも関係が続いている。


 最後に、第五話「性善説」に登場する兄妹――馬場天祢、繭について。

 この二人は未だに、行方が掴めていない。「烏丸」や美鈴さんに頼んで調べてもらったことも、興信所を頼ったことも、SNSを使ったこともある。だがどうにも見つからないのだ。二人の両親を追ってみたこともあったが、既に亡くなっていた。原因は事故と自殺だった。運がいいのか、それとも……


 この小説を書いた理由は、母を殺さないためと、もう一つ。

 兄妹を探すことにあった。

 一つの賭けだった。わざわざ小説にしたのも、「冬場蚕」なんて執着じみた筆名にしたのも、この兄妹の情報を少しでも集めるためだ。もちろん、分かっている。たかだか大学生が書いた、しかも学内で発表されるだけの卒業制作だ。望みは薄いだろう。たとえネットに上げたとしても、読む人数なんて限られている。

 しかし、こうして形に残しておけば、いつかは誰かの目に触れる。もしかしたらその誰かが情報を持っているかもしれない。地道な方法だ。でももうこれくらいしか残されていなかった。何十年かかっても、二人に会いたい。会って、あの日のことを謝りたい。そして謝らせたい。『俺たちの話も書いてくれよ!』私はあの約束を守った。だから!

 ……そう思うのは、わがままだろうか。天祢との向き合いかたを、また間違えているのだろうか。

 でも――

 ねえ、お母さん。あなたの言うとおりでした。いつかあなたにも死にたくなる日がくると。正しくなかった過去の自分を恨んで、正しくあろうとする今の自分を疎んで、死にたい夜はいくつもありました。

 ねえ、お母さん。あなたの言うとおりでした。どれだけつらくても、苦しくても、正しくなくても、生きていなくちゃいけない、と。死にたかった夜もやり過ごせば、そんなに大したものじゃありませんでした。

 きっと私はこの二つの間を行き来しながら、生きていくのだと思います。絶対的な正しさを証明できるその日まで。

 でも――

 一つだけ証明を知っています。もしこの小説を読んで、兄妹が会いに来てくれたら。過去の私を赦してくれたら、私の行動は正しかったといえるのかもしれない。だからこれは賭けなのです。もしも赦してもらえなかったら、そのときは……

 いずれにせよ、これを読んだ人のなかに兄妹の情報を知っている人がいたら、一報ください。

 待っています。                    ――穂崎冬香

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性善説 冬場蚕〈とうば かいこ〉 @Toba-kaiko

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