第24話 探索への旅立ち

 そのうちの一つには曖昧な表現ながら、ショーテラル神の神殿に秘儀があると記載されていた。

 特殊な文字で書いてあり、私には全然まったく、一文字たりとも読めなかったんだけどね。

 イリーナさんと魔法士長ジャネットさんによればそういうことらしい。

 もう一冊は更なる解読が必要とのことで、まずはショーテラル神の神殿を訪ねることになった。


 誰を派遣するかという会議で、なんか面白そうと私も参加を希望してみる。

 手を上げたものの、絶対ダメと言われると思っていた。

 渋い顔をするレッドに、私が参加した方がいい理由を五個ほど並べ立てようとする。

 しかし、先にレッドが口を開いた。


「もともとショーテラル神の神殿に加護を受けに行くという話もあったからな。いいだろう、参加を認めよう。ただし、同行者は私が厳選する。その指示には従えよ」

 抗議の言葉が舌先で霧散する。

 おっと意外な展開。


 それでも私はしつこく確認した。

「本当にいいんだな?」

「そんなに私の言うことが信用できないか?」

 レッドが苦笑する。


 どうやら本気らしい。

 同行者はレッドが選ぶというが、相手次第ではなんとでもなりそうだ。

 行き先がアヴァロニアというのは残念だったが、これからの冒険への期待に胸が踊った。


 その衝動のままにレッドに抱きつく。

「ありがとう!」

「お、おい、やめろ」

 レッドの切羽詰まった声に傷ついて顔を上げた。


 レッドがささやく。

「周りを見ろ」

 国務卿、総騎士団長ほか重臣の皆さんが目を丸くしていた。

「あ、ほら糸くずがここに」

 そんなことをもにゃもにゃ言いながら後ずさる。

 穴があったら入りたかった。


 ***

 

 シルフィーユさんに手伝ってもらって、旅立ちの準備を整える。

 ネズミの巣で暮らした経験が役に立ち、着替えなどの携行品も少なくてすんだ。

 下着だってそのままで三日、裏返して三日ぐらいなら全然問題ない。

 それを似造りの手伝いをしてくれたシルフィーユさんに言ったら白い目で見られた。あれ? 表裏一日ずつにしておいた方がいい?


 出発の日、城門の内側の広場にシルフィーユさんの案内で向かう。

 今回私は神殿同士の交流という名目でショーテラル神の神殿を訪れることになっていた。

 神官服に似たシンプルなローブ姿の四人が待ち構えている。


 誰が同行するのか事前に教えてもらえなかったので、これが初顔合わせだった。

 イリーナさんはまあ予想の範囲内と言える。

 高司祭様が参加というのは畏れ多いが、別の神様を信じている先方との折衝という点で、高い地位の人が出張るということに意味があるのだろう。

 シルフィーユさんも同行するとのことだった。これも想定内。

 騎士団長なのにいいのかと聞いたら、割と単独任務はあるのだと言う。


 残りの三人のうちの一人の黒髪の若い男性が問題だった。

「あんた、何しているんだよ?」

「何って一緒に行くだけだよ」

「その髪は?」

「染めた。少しは私の正体が分かりにくくなるかと思ったんだけど、君には無駄だったね」


 レッドがにこやかな笑顔を見せる。

「不在中はどうすんのよ?」

「まあ、ここで騒いでも仕方ないだろ。後で説明するよ。さあ、出発だ」

 どうりで私のアヴァロニア行きをあっさりと了承したわけだよ。

 私は柵につながれた六頭の馬に視線を送った。

「僕は馬に乗れないぞ」


 ではわたくしが、と声を出すシルフィーユさんを差し置いて、レッドが私の手を取る。

「問題ない。私と相乗りすればいい」

 有無を言わさず引っ張っていき、レッドは手綱を解くと、さっと馬上の人になった。


 私に手を差し伸べながら、小声で挑発する。

「まさか、馬に乗るのが怖いというわけじゃないだろう?」

 ああ、その通りさ。

 座る位置が背丈より高いんだぞ。私は落馬して首の骨を折って自殺したいという間抜けなんかじゃないんだ。

 ただ、レッドにニヤニヤ顔をされるぐらいなら、虚勢を張った方が何倍もいい。


「怖くなんかないさ。やんごとない方にお尻を向けることになるから失礼だと思って遠慮しただけだよ」

 レッドは肩をすくめる。

「初心者と相乗りするなら、前に乗せた方がいい。それぐらいは承知しているさ。さあ、どうぞ」


 諦めて手を伸ばすと、意外に強い力で引き上げられた。

 レッドの前に腰を落ち着けると、すかさず左腕が私の腹をしっかりと抱える。

 うなじをレッドの吐く息がくすぐり、ぞくぞくとした。

 手つなぎにハグ、息ふうふうの連続攻撃。

 これ、ある意味とっても辛いんですけど。


 私が思わず身じろぎしたせいか、そんな私の思いが伝わったのか、レッドは少しだけ腕の力を緩める。

「出発!」

 大きくはないが力強い声が響いた。


 開いた城門を通って一行は町へと繰り出す。

 坂道の左右に広がる町並みは、上から見ていた以上に魅力的だった。

 物を売る店ではお買い得品を呼びかける声がかまびすしいし、飲食店からは美味しそうな香りが漂ってくる。

 くそー。結局ダンクリフの町歩きをしないままだ。

 戻ってきたら、絶対に出かけてやる。許可が出ようと出まいとだ。


 キョロキョロとしていると、後ろで含み笑いをする気配がした。

 坂を下りきると、町を囲む城壁に向かう。

 南側の門を抜けると、一行は速度を上げて自由都市アヴァロニアを目指した。

 さて、何が待ち構えているのやら。

 慣れない乗馬に早くも痛み始めたお尻の心配をしつつ、私は期待と不安に胸を高鳴らせていた。


-終-

 


 ***


 作者の新巻です。

 ここまでお読みいただきありがとうございます。


 例によって中編コンテストの性格上、ここで一旦終了です。

 申し訳ありません。

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邪神の依代の私と正義の国の若き王 新巻へもん @shakesama

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