ヒーローになるってこと
うすしお
ヒーローになるってこと
俺は、夏休みが終わった後も、うだうだお父さんの家へとこっそり赴いてDVDを借りていくことがある。
あの夏休みの日に、俺のヒーロー物語は終わりを迎えた。
だけど、俺の心の中には、まだ少しだけのわだかまりがある。
あの時の俺は、本当にヒーローだったのだろうか。
あのヒーローまがいのコスプレ衣装を久々に来てみると、なんだか俺はすごく馬鹿らしい気分になった。まるで初恋をいつまでも引き摺っている人みたいだなと、自分で自分を鼻で笑った。
俺はDVDを再生し、胡坐をかきながらバトルアニメを見てみた。一度だけ俺はヒーローになった。その後、俺はアニメを見るときの姿勢が変わった。主人公の想いをこれまで以上に考えるようになり、考えれば考えるほど、自分がどれだけちっぽけだったのか、思い知らされたのだ。
俺はただ、弱かっただけなのかもしれない。俺はただ、大人の世界を知りたくなかっただけなのかもしれない。大人の世界に歯向かう存在で、ありたかったのかもしれない。
俺はそう、思い知らされるのだ。俺にはまだまだこれからの人生が待っている。俺が何も強くなれないのなら、俺はきっと、灰色の人生を送ることになるのかもしれない。
母とは、あれ以降あまり話をすることがなくなった。朝食で一緒になるときは、お互いに何も話さないことが多かった。
……くそっ。
俺は部屋の中で一人、心の中でぼやく。俺は一体、どうしたらいいのだろう。
いつかのように、やけになって俺は昼寝をした。
===
……あなた。男の子だそうよ。
……やっぱり! 言った通りだっただろ?
……翔って、たまに見た目に反して運命的なことを言うわよね。
……へ、そうかな?
……あと、輩っぽいのに少年っぽいところもあるわよね。
……聞き飽きてるよ。そんなこと。それよりさ、俺、この子の名前を考えてきたんだ。
……え、なになに? すごい気になる。
……佐凪、なんてどうだ?
……さなぎ? 虫の?
……ああ。未来に向けて、強くなれるように。いつか、強く羽ばたけるような、そんな存在になって欲しいからな!
===
目を覚ました。俺はただ、わけもなく涙を流していた。ただ、心がこれ以上ないほどに温かかった。部屋はもう暗く、ドアの隙間から、キッチンの明かりが漏れていた。
そうか、俺……。
やっと、俺がまずするべきことがわかった。
この余韻が抜けないうちに。この心が冷めないうちに。
俺はドアをくぐる。キッチンへと出る。カレーの匂いが、俺の鼻孔を擽る。いたずらに、ただ、嬉しくて、悔しくて、温かくて、受け入れがたくて、それでも受け入れたい。決着をつけたくて、つけたくなくて、悲しくて、怖くて、それでも笑いたくて。
きっと、強くなるってことは……。
お母さんが、そこに立っている。小皿にルーを入れ、味見をしている。
「母さん……」
俺は、お母さんの表情を見るのが怖くて、俯いてしまう。
違う。そうじゃない。俺。ちゃんと、言うんだ。
俺はちゃんと前を向く。俺は、母さんと、俺自身と向き合う。
「今まで、ひどいこと言って、ごめんなさい」
心臓が跳ねている。頭が、舌の中が、喉の奥が、目の奥が、まるで酸素が足りないかのように、震えている。
口をきつく結ぶ。目の前の景色が、恥ずかしくなるくらいの量の涙で埋め尽くされる。
「うっ……」
やっと、言えた。
どう言われるだろうか。あの目を、また向けられるだろうか。馬鹿にされるだろうか。
いや、違う。
暖かい。
これは、お母さんの手?
俺は、抱きしめられていた。
「母さん……」
声が震えている。そうだ。ずっと前から、俺はこうしたかったんじゃないか……。
お母さんのその腕は、その体は、確かに温かかった。
「佐凪、私も、ごめんね……」
きっと、強くなるってことは、多分こういうことなんだ。
きっと、大人になるってことは、俺の知らないことがいっぱいあるってことを気づかされるところから始まるんだ。
誰がヒーローかなんて、俺が決める。だから、俺は、今までもこれからも、誰かからのヒーローだ。
母さん、父さん。
生んでくれて、ありがとう。
ヒーローになるってこと うすしお @kop2omizu
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