第10話 異変と異変
ウォレスのもとに手紙が届いたのは、絵の中からリスがいなくってしばらくしてのことだった。
「王妃様が倒れた、と……」
ウォレスはエインフェルトが暮らす古城と外をつなぐ唯一の窓口である。彼のもとには定期的に外の情報が伝えられる。
夜中、ウォレスはランプの灯りを頼りに手紙を読んでいた。その手紙には外の様子、つまりは王国の現状についてが記されていた。
「何かが起きているのは、確実ですな……」
王妃であるマリアレッタが倒れた。それ以外にも宮殿に住む何人かが病を患い床に伏せっている。原因は調査中。
「こちらと何か関わりがある、のか」
呪いの影響か。しかし、呪いは封じ込めているはずである。
ただ、気になる点はある。逃げ出した絵とエインフェルトの脚だ。
数日前、エインフェルトの描いた絵が突然消えた。消えたと言っても盗まれたりなくしたわけでわない。
描いた絵が紙の中から消えたのだ。それも1枚ではなく、調べたところかなりの数の絵が消えていた。
エインフェルトがこの城に戻って来て数ヶ月。その間、エインフェルトは毎日何枚もの絵を描き続けている。毎日毎日飽きもせずだ。
そんなエインフェルトの体にも変化が起きている。呪いで動かないはずの脚の感覚が戻り始めたのだ。ほんの僅かではあるが、感覚を取り戻した場所が現れた。
これは何を意味するのか。絵と脚に何か関係があるのか。
「消えたのは動物の絵ばかり。自らの意思で紙から抜け出したのか」
絵が意思を持つなどあり得ないことだ。しかし、これも呪いの影響だとすると辻褄が合う。
呪いの影響。呪いが漏れ出している。エインフェルトの体に封じ込めている呪いが外に漏れ、漏れ出したことでエインフェルトの脚の感覚が戻り始めた。とも考えられる。
だとすると一大事だ。しかし、確証はない。今のところウォレスの憶測に過ぎない。
それに呪いが漏れ出したとしてもこの城にいる限りはまだ問題はない。城には結界が張ってあり、悪影響を及ぼす呪いや魔法は外に出ることはないし、入ってくることもない。
そう、外に出ることはないのだ。
ウォレスは少しだけ罪悪感を覚える。
エインフェルトの母である王妃マリアレッタから手紙が届いた。その返事を書いてくれとウォレスはエインフェルトから頼まれた。
ウォレスはそれを快く引き受け手紙を書いた。手紙を書き、エインフェルトにも読ませて聞かせた。
そして、その手紙にエインフェルトが描いた自分の自画像を添えて王妃に送るはずだった。
ウォレスはまだ手紙を送っていない。と言うか焼き捨てた。今では手紙も絵も灰の中だ。
しかし、エインフェルトには手紙を送ったと伝えている。そんな嘘をついたことに、ウォレスは少しだけ罪悪感を抱いていたのだ。
そして、この手紙のことも伝えないだろう。母であるマリアレッタが病を患い寝込んでいることを。
「ハイリル、ナイリル」
ウォレスは部屋の隅の暗がりに声をかける。するとその闇の中から2人のメイドが音もなく現れた。
「何かあればいつでも対処できるようにしておきなさい」
ウォレスの言葉に2人は無言で頷くと闇の中へ消えて行く。
「何もないのが……。いや、もう何か起きている、のか」
ウォレスはそう言うと深いため息をつき、それから机の上に置かれた1枚の紙に目を向ける。
その紙には絵が描かれていた。
「……笑顔、か」
それはエインフェルトの描いたウォレスの似顔絵だった。
「どう判断するか、彼らは」
何かが起きている。そう判断したウォレスだけでは判断できない。エインフェルトを即処分しても良い状況なのかウォレスもわからなかった。
だから判断できる人間を呼び寄せた。
『王立魔法院』。そこに所属する魔法使い。選りすぐりの優秀な魔法使いたちだ。
「さて、彼らはどう見ますかな」
何かが起きている。だが、何かが起きていてもやることは変わらない。
この国ために役目を果たす。それだけである。
ウォレスは自分の似顔絵に目を向ける。その絵をしばらく眺めていたウォレスは、一度深く目を閉じてから絵に手を伸ばし、その絵を裏返した。
転生したら神絵師でした〈書き直し中〉 甘栗ののね @nononem
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