第15話 私だから出来る事
ダンタルクさんが部屋を後にし、私はまた一人になった。
これからどうすればいいんだろう。まさか、翔ちゃんが勇者だなんて。
元々私が魔王になる事を決めたのは、翔ちゃんを探す為だった。だから翔ちゃんがどうしているか解った今、これ以上魔王を続ける理由はない。
でも……私は、目の当たりにしてしまった。人間に虐げられる魔族の姿を、この目で現実として見てしまった。
全部投げ出して人間側に、翔ちゃんの元へ行くのはきっと簡単だけど……。でもそれで、私は本当に納得出来るの……?
「愛奈、少しよろしいですか?」
思考が袋小路に入りかけたところでまたノックの音と、今度はルルベルの声がした。確か今日は同じ境遇だという事で、保護した子供達のお世話を任されていたはずだけど……。
「どうしたの、ルルベル?」
「すみません、子供達がどうしても愛奈に会いたいと……」
「え……?」
あの子達が、私に会いたがってる……? 一体どうしたんだろう?
「解った。入って」
「では、失礼致します」
その言葉と共に、部屋の扉が開く。そしてルルベルと、綺麗な格好になった村の兄妹が中に入ってきた。
「……あ、服、着替えさせてもらったんだね……」
「……」
入ってきたのはいいものの、二人はモジモジとしてなかなか話し出そうとしない。それを見たルルベルが、二人の肩を優しく抱き締めた。
「大丈夫ですよ。愛奈が優しい人だというのは、あなた達もよく解っているでしょう?」
「……ルルベルお姉ちゃん……」
「さ、あなた達が伝えたい事を、恐れず言いなさい」
ルルベルの言葉は、二人に勇気を与えたようだった。二人はそれぞれに真っ直ぐ私を見て、そして、大きく頭を下げた。
「愛奈お姉ちゃん、ごめんなさい!」
「ごめんなさい!」
「えっ?」
一瞬何で謝られたか解らずに、思わずキョトンとしてしまう。そんな私に、二人は泣きそうな顔を上げた。
「お姉ちゃんは、本当におれ達を助けに来てくれたのに……おれ達、信じなくて……なのにお姉ちゃんは、必死でおれ達を助けようとしてくれて……」
「おねえちゃん、いっぱいけられてた……いたかったよね、ごめんなさい……!」
「えっ、えっ、あのっ」
遂には本当に泣き出してしまった二人を、私は慌てて抱き締める。全身に伝わる少し高めの体温が、涙の温かさが、とてもとても尊いものに感じられた。
「大丈夫。お姉ちゃんは大丈夫……あなた達を無事に助けられて、本当に良かった……」
「ひぐっ、お姉ちゃん……うわあああああんっ!!」
二人が私にしがみつき、大声を上げて泣く。私は二人が泣き止むまで、ただ強く、二人を抱き締め続けたのだった。
「……おれ達、愛奈お姉ちゃんともういっこ、話したい事があるんだ」
やがて気の済むまで泣いたのか、少ししゃがれた声で、お兄ちゃんの方が口を開いた。
「話したい事?」
「……お姉ちゃんの友達の、お兄ちゃんの事」
それが誰の事を指しているか解って、ドキリとなる。……そういえばこの子達をあの木の根元の穴に隠したのは、翔ちゃんだって言ってた。
「おにいちゃんのはなしをするとね、みんなこわいかおするの。あいつはわるいやつだっていうの」
「お姉ちゃん、あのお兄ちゃんは本当に悪い人なの? だってお兄ちゃんもお姉ちゃんと同じ人間なのに、おれ達を助けてくれたよ? なのに何で、お姉ちゃんには何も言わないでお兄ちゃんの事は悪く言うの?」
純粋な疑問をぶつけられて、私は何と返すべきか悩んでしまう。……魔王という立場からすれば、勇者である翔ちゃんは悪い人と言うべきなのだろう。
でも、私は……。
「……大丈夫。あのお兄ちゃんは、悪い人なんかじゃないよ」
しばらく考えてから。私は、二人にそう返した。
「みんなお兄ちゃんの事、ちょっと誤解してるだけなの。お兄ちゃんは、いい人だよ」
「うん……そうだよね。お兄ちゃんはいい人だよね」
そう言って微笑むと、二人はホッとしたような表情を見せた。……これでいい。保身の為に、翔ちゃんを裏切りたくはない。
そして、もう一つ。やっぱり今はまだ、魔王を辞めたくはない。
きっと人間は、これからも攻めてくる。その時魔族を纏める人がいなければ、せっかく助かったこの子達もいずれ……。
その為にももう一度、私は翔ちゃんと会わなくちゃいけない。翔ちゃんが勇者なら、そして人間側の行動を良く思ってないなら……この状況をどうにかする方法も、一緒に考えられるはず。
私は魔族が、この子達やルルベルやダンタルクさん、今まで出会ったみんなが穏やかに暮らせるようにしたい。魔王を辞めるのは、きっとそれからでいい。
魔王の生まれ変わりというだけの、ただの人間の私にどこまで出来るかは解らないけど……。それでもする後悔は、きっと小さい方がいいから!
「お姉ちゃん、またおれ達と会ってくれる?」
「おねえちゃんとおにいちゃんのはなし、わたしたちにきかせて!」
「うん。いつでも会いに来て。私達の話、いっぱいしてあげる」
子供達の頭を優しく撫でながら。私はまず、自分が何をするべきか考える事にした。
これが、私の物語の本当の始まり。
魔王愛奈として立ち上がった、その第一歩。
私の、この日の決意がきっかけとなって——。
この世界の魔族と人間の在り方は、大きく変わっていく事となる。
私と幼馴染みは、前世で殺し合った魔王と勇者だったらしい。 由希 @yukikairi
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